第8話 戦う力は無いけれど

 防衛線開始より40分、街の郊外


 ランランロットの猛攻により窮地に追いやられた俺は、アズリエルさんの奇策により見事勝利を掴んでいた。


「だい しょうり」


 俺はランランに刺さったケツ・ホルグをつんつんしているアズリエルさんを見ながら苦笑する。

 ケツ・ホルグは必殺の槍、投擲すれば必ず男の貞操を破壊すると言われている。

 だがまさかそれが使用者本人も含むとか誰も想像しないだろjk。


「しかしまぁなんとも哀れな・・・」

 

 恐らくケツ・ホルグの元となったゲイボルグは、槍も通さない体を持つ男達のケツを貫き絶命させたという伝説もあるが、使用者本人のケツまでは貫いた事は無かっただろうよ。


「そしてアズリエルさん、あんまりそんな汚い物を触らない」


 未だランランのケツに刺さったケツ・ホルグをつつくアズリエルさんを持ち上げると、アズリエルさんは無表情なままコクリと頷く。


 ・・・いつもの無表情・・・だよなぁ。

 ランランとの決戦の最後に見せたアズリエルさんの笑顔モーション、スクリーンショットにも残ってないし俺の幻覚だったのだろうか?

 最近アズリエルさんのチャットを脳内変換させる癖がついてたから、そのせいかもわからん。


「あーさー あーさー」


 なんかすっごい心がモヤモヤする中、ピョンピョンしているアズリエルさんの頭を押さえる。

 アズリエルさんは俺の腕を振りほどきながらインベントリの中身をこちらに見せてくる。

 なんだなんだ?戦利品でも手に入れたか?

 ランランは大して良い物は持って・・・


「けつほるぐ げっと」

「今すぐ捨てなさい」


 アズリエルさんは今回の戦で一番頑張ったのに、よりにもよって一番汚い物を手に入れたか。

 トラウマになりそうなブツを若干引き気味に見ていると、アズリエルさんが無表情にブツに視線を落とす。


「でもこれ うるとたかい」

「わかった、今後の資金の足しにする為俺が預かろう」

「・・・わかった」


 アズリエルさんの頭の上でしばらくチャットアイコンが流れたが、チャットを打つのが面倒になったのか素直にブツを渡してくる。

 正直触りたくもないが今回ランランに軍団を壊滅させられてしまったし、これも金の為だ・・・それになんかアズリエルさんがこれを持ってると気分が悪いし。

 

「しかしランラン一人でこれ程の脅威とはな・・・」

「なかま」

「・・・仲間だったら知ってたんじゃないかって?俺はあくまで味方の観点からしか見た事が無かったからな、敵として見た場合の脅威だ」


 アズリエルさんが何で自分の言おうとした事がわかったの?って顔をしているが、アズリエルさんが何を考えているかは大体わかるようになってきたからな、俺がアズリエルソムリエとなる日は近いのかもしれん。


「そして俺達の全体士気ゲージは38か、アズリエルさんは兵団全滅で残り5%」


 俺とアズリエルさんで50%づつ分けたとして・・・俺は精神的ダメージだけで17%も士気ゲージが減ったのか?見事だよランラン、正直俺が戦で士気ゲージを下げたのはお前が最初で最後だと思うよ。


 俺は苦笑気味にゲージを確認し・・・100という数字を見てフリーズする。

 その100は相手の士気ゲージが存在する場所に位置しており、それはつまり・・・


「離れろ!アズリエルさん!」

「え」


 メニュー画面からランランの方に視線を戻した俺の視界に、人形のように崩れ落ちるアズリエルさんの姿。


「あああああああ、さあああああああ!」


 そして次の瞬間画面から発せられる野獣のような咆哮、本来ボイスが存在しないこのゲームで、それも決して人間が発するような物ではない。

 しかも・・・

 

「恐慌のバッドステータス!?プレイヤーが覚えれるスキルにそんなの付与できるものはないぞ!?」


 という事はあれか?レジェンドオブキングにおいてたまに起こるプレイヤーの暴走システム。

 これは操作プレイが制限されるかわりに、一時的にボスのようなステータスを得るというシステム。

 とは言ってもほぼプレイヤーの操作は受け付けないうえに、発動条件が不明と言われ、一種の暴走デバフと呼ばれていたりもする。 


 俺は明らかな緊急事態に後ずさる。

 ランランは周りが見えていないのか、獣のような咆哮をあげながら虚空を殴っている。

 今なら気づかれずに逃げれ・・・


 る、という所で、しかし俺の足はピタリと止まってしまう。

 見てしまったのだ。

 HPは真っ白。

 産まれたての小鹿のようにフラフラなアズリエルさんがランランに向かって拳を振り上げている所を。

 拳を振り上げるといっても、子供が大人を軽く叩く程度のそんなパンチ。


「まけな い」


 その表情はいつもと変わらず無表情、頬には痛々しい痣が残っている。

 そんなアズリエルさんをランランがユラリと振り向き、ニタリと笑みを浮かべる。


「まけな い!」


 アズリエルさんは恐らくさっきよりも強いだろう拳を叩きつけ、そのまま気絶のバッドステータスで倒れてしまう。

 ランランはそんなアズリエルさんの首元を掴もうとし・・・


「おいランラン、お前のターゲットは俺だろ?」 


 自分を指さしながら登場した俺の姿を見て動きを止める。


「ああああしゃああああぁ!(ネッチャリ)」


 あああああああやっちまったああああああああ!


 ランランの叫びと俺の心の声がシンクロする。

 何で逃げなかったかな!?俺ってそんなキャラじゃなかっただろうに!?

 感情のまま動いてしまった自分に後悔をしながら涙を流す。


 俺は覆いかぶさるかの如く接近してくるランランに正面からぶつかる。


「はぁはぁ!あーしゃー!はすはすくんかくんか」

「い、いやぁぁぁぁぁぁ!?思った以上にキモイんですけどぉ!?」


 見れば士気がどんどん減っていっている、このままじゃあ負けちまう!

 何とかこの場を打開せねば・・・!いや、違うな。 

 

 俺にはアズリエルさんみたいな戦略性もないし、ランランのような武力も無い。

 俺が戦闘に置いて出来る事・・・それはただ当然に構え・・・ただ当然に・・・


「耐えるのみ」


 覚悟を決めると同時に士気ゲージの低下が止まる。

 そんな中ランランは機敏な動きで俺の拳を回避しながら、ボクシングのようにヒットアンドウェイを繰り返す。


「おいおいランラン、男同士の肉と肉のぶつかり合いだってのにお前は一発も俺から殴られないつもりか?」


 理性を失っているであろうランランの動きが鈍る。

 俺とランランの友情パワーで言葉が通じた? 

 いや違う、ゲームのキャラは何かしらの要因で暴走状態でも、操作するプレイヤーはいたって平常運転。

 つまる話全力で暴走状態のキャラの妨害をすれば動きが鈍る。


 動きが鈍ったランランの腹に一発。

 俺の貧弱パワーでは大したダメージは与えられないが、当たらないよりはマシだ。

 カウンター気味に顔をモロ殴られたが、大した問題は無い。


 俺は僅かに減ったHPゲージを見ながら笑みを浮かべる。

 ランランがいかにパワースピードに特化していたとしても所詮は2点特化。


 何発も飛来してくる拳を受けながら、それでもさほど減らないHPゲージ。

 つまる話。


「HP一点特化の俺には痛くも痒くもないんだよなぁ!さぁランラン、戦終了まで殴り合おうじゃねぇか!」

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