第7話 その槍が貫く者は

 防衛線開始から10分経過、キャロット城の一室にアーサーの笑い声がこだまする。


「げっへっへ、笑いが止まりませんなぁ!」

「やだぁん!アーサーったらどこさわってのよぉん♡」


 俺は様々な美少女・・・とは言えないがイケるレベルの女達を侍らせながら鼻の下を伸ばす。

 まさかこんなハーレム軍団が完成するとは、アズリエル様様である。

 

 いつもは逃げたり隠れたりと割と忙しい防衛線がこんなボーナスポイントに変わるとはな!

 ランランは今頃俺の部下達に囲まれて身動きがとれなくなっているだろうし。

 遊んでる内に勝手に勝利、これを笑わずにいられるわけがない!


「半ば仕事になっていた俺のゲーム人生は見事娯楽に戻ったってわけだ」


 目を閉じ今までのゲームライフに涙していると、突然画面が美少女フェイスで覆い尽くされる。


「きて」

「・・・アズリエルさん?今は戦闘中では?」


 しかし返答は無く、アズリエルは焦っているかのように俺の服を引っ張る。

 だが、いかんせん元のステータスが低過ぎるせいか俺は微動だにしない。

 

 付いていくのはやぶさかではないが、今の俺はマブイちゃんねーに囲まれてるしなぁ・・・動きたくない。

 しかしアズリエルは急にどうした?・・・さては俺が他の女とイチャイチャしてるから焦ってる感?

 ここに来て俺の魅力に気付いちゃった?でもなぜか俺にとってアズリエルさんは娘みたいな感覚なんだよなぁ・・・


 アズリエルはしばらく俺を引っ張っていたが、動かない事に業を煮やしたのか、その場で上着をはだけさせだす。


「みて」


 え?ちょ、いくら俺になびいちゃったからってこんな場所で?アズリエルってば意外と大胆・・・まぁだがここは紳士的に・・・


「よし、今すぐ見せてみろ」

 

 俺は画面に向かって身を乗り出す。

 娘みたいと思ってる?それはそれ、これはこれ。

 美少女が上着をはだけさせて見て欲しいと言っているんだ、乗らなければ漢とはいえないだろう?


 アズリエルは期待に目を光らせる俺の前に用紙を置いていく。


「・・・何これ?」

「へいしのこようしょ」


 ああ・・・わかってた、ちょっと調子に乗ってるのはわかってた。

 けど夢見たって良いじゃん?エロゲ展開期待しても仕方ないじゃん?俺だってまだまだ性欲旺盛なお年頃なんだからさぁ!


 溜息を一つ、次々と胸元から用紙を取り出すアズリエル。

 しかし大量に並べてるせいでオンラインゲーム特有の重なりすぎてアイテム名がわからん現象が発生してやがる。


「で?これがどうしたんだ?」 


 兵士の雇用書を一枚拾い上げて目を通すが、変わった所は無い風に見える。


「へいし が おとこになってる」

「・・・は?」


 アズリエルに言われるがまま兵士達の名前の横を確認すると、♀と書かれていた欄が♂に刺し変わっている。


「こいつも・・・こいつも!?どうなってやがる!?」

「あらぁん?どうしたのアーサーん」


 驚愕に身を震わせる俺の後ろから、先ほどから俺の傍にいた赤い騎士(エロ設定)が話しかけてくる。

 そうだ、こいつらは今までずっと俺と一緒にい・・・


 しかし俺は両脇の騎士達を見て動きを止める。


 白くてスベスベだった顎は青く、柔らかだった体つきはガッシリした物にさし変わった元女兵士。

そんな兵士達は俺の両脇を固めるようにアームロックを決めている。


 駄目だ、これ以上考えてはいけない、止まれ俺のニート細胞!

 しかしアーサーのニート細胞は、普段働かない癖にここに来て驚異的な速度で働きだす。

 そこに追い打ちをかけるかのように赤い騎士(♂)が低い声を挙げ、ごつい手で尻に向かって手を・・・


「あらぁん顔が真っ青よぉん?」

「いやあああああああああああ!?」


     ◇

 

 戦闘開始から20分経過、キャロット城廊下


「じゅうほへいぶたい のこり10にん」


 ロウソクの光だけが辺りを照らす廊下に、たどたどしいチャットが現れる。

 あと10人だと?って事はすでに40人はヤラれたって事か?いくら男性特攻持ちでも早すぎる!


 急ぎ足に爪を噛む俺の後ろに、アズリエルが小走りでついてくる。


「どこ いくの?」

「どこに行くか、作戦が失敗したんだから逃げるに決まってるだろ?ランランは腐っても元俺の配下だ、この城の隠れスポットは網羅してるし、最短ルートも把握してる!」


 逃げないと俺の尻が開発されかねない状況なんだよ!

 だが後40分、残りの兵士を全員玉砕させたとしても30分以上逃げ続けろと?


「にげ きれ る?」

「無理だ、ランランの足の速さは異常だからな、俺の足だとすぐに追いつかれる。こんな事だったら騎乗ペットでも買っておけば良かったぜ」


 俺は指から流れる血でステータスを少しづつ減らしながらも、働かないニート細胞を活性化させる。

 しかし普段相手をだましたり陥れたりにしか使わない細胞が働く事がある筈もなく、無意味に時間が経過していく。


「どうすれば・・・どうすればどうすれば!」

「のりもの あるよ?」

「どう・・・へ?」


 思わずポカンとして振り向くと、俺にぶつかったアズリエルが尻もちついて頬を膨らませて?いる。

 だが今はそんなのに構っている暇は無い。


 アズリエルの両肩をガッシリ掴む。


「どこに?いつ買ったんだ?」 

「きへいから もらう」

「・・・!そうか、そんな事も出来るのか!」


 敵のアイテムはその戦においてのみ奪う事が出来る、そしてそれは味方の兵士の武器も同じという事か!

 戦が終わればアイテムは元の所有者に戻るが、今は逃げる間さえ手に入れば良い。


 俺はアズリエルにいいね!を送ると、急ぎ家畜小屋に向かう。

 そこでは今からランランの迎撃に向かう赤い騎士(騎兵)が5人、驚いたようにこちらに視線を向けている。


「すまんがお前等の馬を借りるぞ?」

「へ?は、っは!どうぞご自由に!」


 俺は傅く兵士をほどほどに馬を見比べ始める。

 

 馬の種類は2種類で騎兵と同じ5匹。

 茶色の肌に筋肉が発達した重馬。

 白い肌の斥侯用、奇襲用に速度を重視した軽馬。


 ここで選ぶのはモチロン軽馬、そして軽馬は三匹いる。


「・・・どいつが一番速い?」

「そこまで速度に違いはありませんが・・・しいて言うならこの子が一番速いかと」

「わかった、じゃあすぐにでも・・・」


 俺は馬の手綱を引きながら背後を確認すると、いつものように鶏と睨めっこしているアズリエルの姿。


「おい何やってんだよ?」 

「おかしい」

「あ?何がおかしいんだ・・・」


 よ!と言おうとした所で、近くから「アッー!」という悲鳴が聞こえてくる。

 っち!もうここまで嗅ぎ付けて来たってのか!?

 俺は急いで兵士が選んだ馬に跨る。


「おらアズリエル、お前もさっさと乗れ!んでお前等はあのホモ野郎の足止めだ!」


 兵士が敬礼しながら馬に跨っていく中、しかしアズリエルは馬を見ながら呟く。


「やっぱり」

「何がやっぱりなんだよ!乗らないなら置いてくぞ!」


 アズリエルは俺の鬼気迫った表情に怯える?ように、しかし真っ直ぐとした瞳を向けてくる。


「こっちの馬」

「は?何でわざわざ重馬を?お前は知らないから強そうなのを選んでるかもしれんが、馬ってのは」

「こっちの馬」


 しかし断固としてアズリエルは重馬を指さす。

 何かあるってのか・・・?


 ・・・思えばここまでの戦闘でアズリエルが意味も無く発言した事は無い。


「わかった、おいお前、やっぱりそっちを貸せ」

「ははっ!」


 敬礼する兵士から馬を受け取り跨ると、アズリエルに向けて手を差し伸べる。

 すると今度は素直に後ろに乗り、俺の腰に抱き着いてくる。


 あ、なんか今リア充っぽくない?ネトゲだからネト充か?いやぁ、こういうイベントを・・・


「見つけましたよぉぉぉ!アーサー!」 

「しゅしゅしゅ出発ぅ!?」


 ヒヒンという声と共に馬が駆け出し、背後から「アッー!」という悲鳴が聞こえてくる。

 

「きへい ぜんめつ」

「尊い犠牲だったよ」

「とうと なんてもない」


 アズリエルは最後までチャットを流す前に黙り込む。


「しかし重馬でも普通に走るより全然速度が違うな!これなら・・・」

「逃がしませんよアーーーーーーーサーーーーーーー!」

「全速力ぅ!?もっと速く走れぇ!?」


 馬にも追いつく速度で地面を駆けるランランに涙を浮かべる。

 ああ、こんな事ならやっぱりもっと速い馬に・・・いや、あの速度だったらどちらにせよ追いつかれていたか・・・


 俺が諦めたように項垂れていると、腰に抱き着いたままのアズリエルからチャットが流れる。


「だいじょーぶ」

「大丈夫って何・・・が?」


 びっくりするほどくっついてくるアズリエルにしどろもどろしていると、ランランが俺達に並走するかのように槍を投擲する構えを見せ・・・舌打ちをしながら槍を下ろす。


「・・・まさか?」

 

 その奇妙な動作に一つの可能性が頭をよぎる。

 ランランのケツ・ホルグは女に向かって放つ事は出来ない。


「まさかアズリエルさんが張り付いてるから俺の尻はターゲット出来ない?」


 俺の発言に無言でピースするアズリエル・・・いや、アズリエルさん。

 つまりアズリエルさんは今、身を呈して俺を守ってくれている。

 な、なんて健気!?ここが戦場でランランが後ろにいなかったら抱っこしてナデナデしたい!

今したら尻に風穴が開くから出来ないけど。


「っく!なんと小賢しい泥棒猫か!ならば馬を狙うまで!」


 吐き捨てるようにランランは叫ぶと、上空に跳躍。

 今度こそ必殺の槍を構え、声高らかに叫ぶ。


「我が一槍は新たなる道♂を切り開く!食らうが良い!ケツ・・・・ホルグ!」


 大絶叫と共に高速の槍が飛来、赤い残痕を残しながら不規則な動きで俺達の後ろに迫る。

 もうだめだぁ!おしまいだぁ!?


 俺が頭を抱える中、しかしアズリエルさんは失笑モーションを浮かべる。


「む だ」


 その宣言の通り、およそ槍にはあるまじき動きを見せていた槍は、不自然に軌道を逸らして俺達の頭上を通り過ぎていく。


「ば、ばかな!?私のケツ・ホルグが外れた!?」


 驚愕に目を見開くランランにアズリエルさんが一言言い放つ。


「このうまは めす!」

「なん・・・だと!?しかしカフェイン卿のネタアイテム、HMによって全ての生き物は♂に変わっているはずでは!?」


 驚愕に目を見開くランランにアズリエルさんが自分を指差す。


「人いがいに 効果がないのは じっしょーずみ」


 な、なるほど!だからアズリエルさんは性転換していないのか!

 そうなるとあの時鶏や馬を見て呟いていた言葉も納得出来る・・・性別が変化してない事に気付いたんだな!

 

 俺は背中でVサインをするアズリエルさんを見る。 


 ・・・この子もしかして結構頭良いんじゃないか?

 感心したように頷いていると、アズリエルさんが俺の腰に顔を埋める。


「この私に何という光景を見せるか泥棒猫!」


 それを見たランランが馬上でもわかるほどに激情してるのが見て取れる。

 けど多分アズリエルさんのこの行動はそういう意味じゃないと思うんだよなぁ。

 というかここに来てアズリエルさんの作戦が俺にもわかってきた。


「そして もくひょうをみうしなった槍 は」

「・・・この場で唯一ターゲット出来る男の尻に矛先を変える」

「・・・!ん!」


 アズリエルさんが言おうとした台詞にかぶせるように言い放つ。

 というかうおおお!アズリエルさんが初めて笑顔モーションを使ったぁぁぁぁ!

 

 俺が急いでスクショボタンを連打する中、空中ではランランが訝し気な表情を浮かべている。


「一体何を言って・・・?」


 その背後には赤い残痕を残し、今まさに獲物を狩らんとする呪いの槍。

 アズリエルがアーサーに抱き着いた事により激情した彼が、その槍を見失うのは当然であり必然、予測しうる未来。


 普段ならもしかしたら避ける事が出来たかもしれない槍に、しかし彼が気づいたのは・・・


「訳がわから・・・なぁ!?やめ、あああ、アッーーーーーーーーーーーーーーーー」

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