第3話 迷探偵アーサー
キャロット城の城下町
とくだった名産品も無く、ほぼ初期状態のこの城下町という村には必要最低限の設備だけが整っており、野良の旅人曰くここで買い物するぐらいなら少し遠くの領地で買い物した方が良いと言われている。
そんなキャロット村を治める100戦100勝のネットゲーマー、歩くWIKIおじさん事アーサー
遂に念願の新規ギルドメンバーを手に入れた彼だが、その表情には陰りが見えた。
◇
数年間の沈黙を破り、遂に俺とランラン以外のギルドメンバーが加入した。
これで今までの防衛線無敗作戦は上手くいかなくなるだろうが、その分睡眠時間や攻城戦に時間を費やせるとなるとメリットはデカい・・・ただそれ以前に一つ大きな問題があるんだよなぁ・・・
俺は農村の屋根から覗くキャロット城を見て溜息を吐く。
よくよく考えたらウチのギルドには尋常じゃないホモがいる。
そのホモ力はプレイヤーが男だとわかったら女アバターでもホイホイ掘るレベルにはヤバイぐらいだ。
大切なのは中身とか言ってた事があるが、最終的にはホモに落ち着くから深く話すのはやめよう。
ちなみに俺はアズリエルの中身はおっさんだと思ってる。
実際問題ネトゲの美少女キャラなんて普通は中身がおっさんだし、アズリエルのキャラクリはかなり細部までこだわってるから間違ないとは思う。
しかし万が一、万が一という可能性もある。
自分から勧誘しといて何だが、勧誘に必死でホモの存在を忘れてたんだよ。
多少マナーが悪いが何とかして確認しとかないと、もっと厄介な事になりかねないし・・・
俺は露店でキテレツなぬいぐるみを無表情で見るアズリエルに近づく。
「それ、気に入ったんですか?」
「とてもキュート」
・・・彼女の感性は理解出来んが中々可愛いらしいロールプレイをするじゃないか。
嬉しそうにぬいぐるみを引っ張ったり抱きしめるアズリエルを見てホッコリしながらも思考を巡らせる。
「良かったら入団祝いにプレゼントしますよ」
とりあえず情報を手に入れる為にはまず打ち解ける必要がある。
そしてプレゼントを貰って喜ばないやつはいないはず!
しかしアズリエルさんは黙り込み、しばらくして俺を指差す。
「しらないひと」
それだけ言うと無表情でいらないアイテムを売却しだす。
・・・よく分からないが少し警戒されてしまったか?
まだいまいちアズリエルのロールプレイが分からんが、初手は失敗とみて良いだろう。
だが諦めるわけにはいかない
俺はこれでも数々のエロゲーとギャルゲーをこなしてきた猛者、今も俺の目の前にはありもしない選択肢が無数に羅列している錯覚を覚えている。
俺のギャルゲー力とお前のネカマ力・・・勝負といこうじゃないか!
「そうだ!折角だから領地の案内をしますよ!」
俺の提案にアズリエルは少し動きを止める。
「しらないひと・・・」
「同じギルドメンバー何だから知らない人って事はないでしょう?大丈夫大丈夫!」
アズリエルは再び沈黙すると、おずおずと俺についてくる。
よし!第一段階は成功、若干危ない人の手口っぽいがゲームだからよし!
このままアズリエル攻略作戦を開始する!
「アズリエルさんは普段どんな番組を見ているんですか?」
まずは情報を引き出す!
無難オブ無難、好感度が低い相手から嫌われず、かつ好かれもしないが相手の年齢や趣味が絞れる便利ワード。
さぁ・・・どんな反応を見せる?
俺の内心の黒い笑みも知らずに、アズリエルの頭の上にチャットが現れる。
「笑点」
なるほどな・・・え?ご年配の方?
いやいや、これはわかりづらいって!?
普通そこはドラマとかアニメとかあるだろう!?
「おばあと一緒に見る」
あ、ああなるほど。
婆さんが見てるから一緒に見てるのか、びっくりした。
世代的にはオンラインゲームをバンバンこなすジジババが居てもおかしくないから少し焦ったぜ。
・・・しかしこれで少し歳が絞れたな。
祖父母が健在・・・笑点を見て楽しむ程には元気なようだから70くらいか?
そこから父母が産まれてアズリエルさんが産まれてと考えると・・・20代~30代か?
やはりおっさん・・・いや、しかしもう少し情報が欲しい。
「・・・そういえば、アズリエルさんは何か趣味がありますか?」
「げーむ」
「へぇ・・・例えばどんなゲームが好きですか?」
「・・・いろいろ」
しばらくチャットアイコンが出たかと思うと、ぷいっと前を向いてしまった
っく!そういえばこの子は途中で諦める子だった!
だがチャットで伝えるのが面倒になる程にはゲームが好きという事だろう・・・やはりおっさんか?
・・・あまり長文になりそうな言葉は避けた方が良いな、会話が続かない。
「じゃあオンゲーとかもよくやるんだ?他にはどんなオンゲーしてるんだ?」
くくく、オンゲーマーなら自分がやっているオンゲーに関して饒舌になるもの。
しかもその事をブログやプロフィール等で公開している人種は決行多い。
オンラインゲームではこのあたりの情報を元に、芋づる形式で個人を特定出来る可能性がある程の話題だ。
その上オンゲーはオフゲー程数があるわけではない、つまりそこまで長文になる事は無い。
さぁアズリエル・・・どう返す?
「PC自体初めて」
「そ、そっか」
ここに来て黙秘を選ぶか・・・
かなりガードが堅い、こいつは筋金入りのネカマだな?
これだけガードが堅いならランランも下手に手を出せないんじゃないか?いや、ここは通報されるの覚悟で最期の手段を取らせてもらおう。
俺は手をぐっぱさせながらアズリエルの平原でもヒマラヤ山脈でもない、程よく育った双丘にターゲットを移す。
問題はどうやって気をそらすかだが・・・
「あ、あんな所に経験値を沢山落とすモンスターが!」
馬鹿か俺は?何も思いつかなくてつい口に出してしまったが、こんな手に引っかかる訳が無い。
第一ここは腐っても街の中、モンスターがポップする事がありえな・・・
「どこ?どこ?」
めっちゃくいついてらっしゃる!
・・・俺はこんな純粋な子をだましているのか?という罪悪感にかられそうになるが、すんでの所で踏みとどまる。
いや、これは演技、ピュアピュアハートロールだ・・・流石俺の認めた歴戦のネカマ、油断すれば持っていかれそうになるぜ。
俺は冷や汗を拭いながら勢いよく手を振りかぶると、アズリエルさんの胸に手を伸ばす。
・・・どうだ?
一見するとただの変質行為に見えるが、相手がどんな反応をしたかである程度推測出来るという芸当。
秒で反応したら女、長いチャットやあざとい台詞はおっさんだ!
ドヤ顔をしながらアズリエルの顔を覗き込む。
「・・・」
む・・・無反応ーーーーーー!?
え、何?何で無反応なの?おっぱいだよ?おっぱい揉まれてんのよ?
俺何か変な事した?いや、してるんだけどさ!こう反応が無いと罪悪感がふつふつと・・・
「え、えーと?はぐれちゃいけないと思って!?」
沈黙に耐え切れずについ逃げてしまったが、どう考えても苦しすぎる!
顔を青くしながら沈黙に耐えていると、アズリエルと俺の周りに青いリングが形成されていく。
エンゲージリング・・何でこのタイミングで?
困惑しながらアズリエルを見ていると手を握られる。
「これではぐれな い?」
ああ、あああああああああ!
もう・・・おっさんでも良いじゃないか・・・
今俺の目の前にいるのは紛れもないアズリエルさん。
中身がおっさんだろうと、男だろうと・・・可愛いければそれで良いじゃないか・・・
完敗だよ、それ程のネカマ力があればランランもおいそれと槍を抜いたりしないだろう。
俺は無表情で首を傾けるアズリエルさんに微笑みかける。
ああ・・・鼻血が出そう・・・
「尊い・・・」
「とうとい?」
あ、つい口に出てしまった。
何かアズリエルさんが黙りこくってしまった。
「価値が高い・大事だ・貴重だ・身分が高い・敬うべきだ」
おっと、なんかすっごいコピペしてきたような文章が出て・・・というかこれは間違いなくコピペだろ。
俺が納得したように頷いていると、アズリエルさんが何やらババアの荷物を変わりにもつ農夫を指さす。
「とうとい」
「あ、ああ・・・確かに尊い光景だな・・・」
俺が言った意味とは若干・・・いや、大分違うがな。
アズリエルさんは渋い顔をする俺の顔を見て首を傾げると、屋台の売れ残りの串を指さす。
「とうとい」
「いや、その」
「とうとい」
「・・・はい」
何かめっちゃ気に入ってしまった。
いや、意味としては間違ってないが、このまま放っておいたらアズリエルさんが恥をかきそうだし・・・教えた方が良いか?
俺がどうでも良い事に頭を悩ませていると、アズリエルさんが少し大きな建物を指さす。
「あそこ」
「ん?ああ、冒険者ギルドですね、このゲームの主体は国盗りゲーですが普通のRPGの要素もあるにはあるんですよ」
俺の説明を聞いてアズリエルさんが無言で冒険者ギルドを見つめる。
もしかして行ってみたいとか?
まぁゲーム好きにとっては武器屋防具屋レベルで大事な施設でもあるからな。
「折角なので冒険者ギルドも案内しますよ」
「うん」
アズリエルは若干嬉しそうに俺の手を引いて歩き出す。
ちなみに表情は一切変わっていないので、若干嬉しそうなのは俺の勘違いの可能性もある。
冒険者ギルドは木造2階建て、入口では酔っ払いが地面に寝ていたりと治安は良くない。
領地運営でこういうところには金をかけていないからな、まぁこのくらいなら金を使う必要も無い。
入口のゴミを掃除して中に入ると、ガランとしたほどほどに広いホールと、壁一面に張られた張り紙が目に入る。
「昼間っからこんな底辺冒険者ギルドに人がいるのには驚いたな、相変わらず暇なのか?」
「おいおい愚ーサー、そいつぁそこの旅の人に失礼じゃないか?」
「お前に言ったんだよ暇人め」
俺はなんかいつも冒険者ギルドにいるつるっぱげの親父に眉を顰めながらもホールを見渡す。
ホールにはつるっぱげの親父以外に、白いふわふわ頭のガキと目元までフードを被ったやつがいる。
こんな場所に冒険者?クリックした感じプレイヤーではないようだが・・・面倒事だけは起こさないで欲しい物だ。
訝し気に冒険者一向を見た俺は、嬉しそう?に張り紙を漁り出すアズリエルさんの後を追う。
一応この張り紙はクエスト用紙なのだが、クエスト難易度別に張られているわけでは無い。
受付を見ると、受付嬢が頬杖つきながら居眠りしている。
流石は初期ランクの冒険者ギルド、まともに稼働すらしていないか。
しかしクエストか、パッと見た感じアズリエルさんのレベルでは厳しいクエストしかないぞ?
アズリエルさんの適正に近そうなクエストを探していると、ちょいちょいと服の端をつままれる。
「これ」
流石おっさん、男の萌えるツボを理解してるぜ。
俺はニヤケ面を正しながらクエスト用紙を受け取る。
「ゴブリン討伐、適正レベルは5前後・・・おいちょっと待て、よく見たらこれ毛喰賊の討伐じゃねぇか」
「けくい?ゴブリン・・・」
アズリエルさんが首を傾げながらクエストの用紙を眺めている
だー!初期ランクの冒険者ギルドはこんな所まで適当なのかよ!?
俺は頭を掻きむしりながら討伐対象の頭頂部を指さす。
「最近新たに現れたゴブリンの亜種なんだけどな?ほらここ、ゴブリンの頭の上に毛が一本だけ立ってるだろ?この波平ヘアーが目印なんだが適正レベルはなんと30だ!」
アズリエルさんが目を丸く?しながら首を縦に振る。
「なんでもコイツ等は生き物の毛だけを食べる種族らしくてな、コイツ等が通り去った先には髪も残らないと言われているんだ」
「かみ・・・」
しかもこいつらに謎の物体を頭にのせられた人間は、生涯髪の毛が生えてこないとかいう恐ろしい都市伝説まで流れている始末、明らかに初心者向けのクエストではない。
思わず髪を押さえて身震いしていると、テーブルでこちらの様子を伺っていたフード冒険者が近づいてくる。
「そこのお前たち、ゴブリンか?」
「いや、違います」
「そうか・・・」
フード野郎は何やら落ち込んだように肩を落としてテーブルに戻って行ってしまった。
チラッと見えた感じ恐らく女性だろうが、いくら髪喰とはいえゴブリンだぞ?
腐っても女性の天敵だぞ?
フードから見える装備は相当な物に見えるが、もしかしてクルセイダーでドMだったり貴族だったりするのだろうか?
それともゴブリンに並々ならぬ因縁があるスレイヤーか何かか?
ま・・・まぁそんな事はどうでも良いか、アズリエルさんが新しいクエスト用紙を持ってきてるし。
「街の近くに現れた吸血鬼を追い出して欲しい、適正レベル5だぁ!?」
おいおい吸血鬼の適正レベルは60だぞ!?なんだこのクエスト!
再び頭を抱えながらクエスト用紙を読み進めていると、下の方に注意書きを発見する。
※このクエストはあくまで吸血鬼の立ち退きを目的としている為、討伐になった際の違約金の受付はいたしません。
「悪質すぎんだろ!」
なんなんだこの冒険者ギルドは!?こんな所を運営してるやつの顔を見てみた・・・俺だよ!
クエスト用紙を地面に叩きつけながら雄たけびをあげていると、今度は白頭が近づいてくる。
「へぇへぇ吸血鬼かイ?吸血鬼だよネ?」
ガキはお宝を見つけたようにクエスト用紙を手に取ると、嬉しそうに受付に持っていこうとする。
「お・・・おい、そのクエストはやめたほうが・・・」
「ん、ンー?なんでかな?なんでかナ?」
「何でも何も・・・下手したら吸血鬼と一戦交える事になりかねんぞ?」
白頭は俺の言葉を聞いて腹を抱えながら笑いだす。
なんなんだこのクソガキ?
「それでも良い、それでも良いんだヨ!ボクは吸血鬼の素材が欲しいんダ」
吸血鬼の素材だぁ?こいつはあんな何の役にも立たないゴミ素材が欲しいのか?
・・・それともプレイヤーが知らないだけで何か価値があるのか?
あらゆる可能性に頭のニート細胞を回転させるが、その間にクソガキがニコニコと冒険者ギルドを出て行ってしまった。
「まぁ今の俺には価値の無い情報だろうし、放置で良いだろう」
というかこの冒険者ギルドは本当に何なんだ!全く機能してないじゃないか!
ここに居てもアズリエルさんに有益な情報があるとも・・・
俺はクエストを調べるのに飽きたのであろう相方を見て背筋が凍る。
視線の先ではつるっぱげ親父の頭をキュッキュと音をたてながら、失笑モーションを浮かべるアズリエルさんの姿。
「とうとい・・・」
ウチの子がすみませんでしたー!
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