あれから俺は

例の件からタケルが帰国するまでの間に、俺の生活は少しずつ変化していった。

学内では突如としてタケルがモテだし、その煽りを食らって俺への声掛けも始まった。主に女子。

何事もなかったかのように接してくる彼女達の神経は本当に謎だ。しかも、何を勘違いしてるのか、恋バナの相談なんぞを持ちかける輩も居て、逆に清々すがすがしくて笑うしかない。

「いや、俺に女心は解らないし、男の疚しさを聞いて腹立つだけだから他を当たりなよ」

何度もそう言って拒否っても、

「でも話を聞いてくれるだけで助かるのよ、ありがとうね」

と、きゃらきゃら笑うだけで懲りずに絡んでくる。

タケルが去ってもそれは続き、以前とは全く別物の視線に悩まされることとなり、これはこれでまた居心地が悪いったらない。

「はぁぁぁ、面倒臭い……」

だが、こうした彼女達の接触のお陰で人並みの社交性が復活したのは事実なので、仕方なく割り切ることにした。


バイト先での仕事も年相応になったことで表立ったものへと変わった。しかし、受けた傷は存外に大きく、相手パートナーを得たいという感情を湧かせることすら苦しくて、結局裏方に戻り生ゴミをまとめてはツマミを拝借し、院へ進むために家路を急ぐ日々を送った。

バイト終えて暗闇が支配する部屋に戻ると、いの一番に有りとあらゆる灯りをつけてまわる。

誰も居ないことを確認する為に。

ひとりの時間は正直いってまだ怖い。

性指向のお陰で学内で近づいてくるのは女子が殆どだからまだいいが、背後に感じる他人の気配に冷や汗が出る事もしばしばだ。

実家に帰る事も考えたが、クソ野郎が戻ることは絶対に無いと確証のあるこの地以外で出くわした時を想像するだけでその絶望は計り知れず、結局やめた。

考えたくないのにふと過るあの場面。

どんなに振りきっても消えない痛み。

下手したら恋愛なんてせずに一生を終えそうだが、最早それが最善な気がしてならない。

「はぁ、ヤバい。囚われるな。飯だ、飯。腹を満たして幸福感を得よう」


◆ ◆ ◆


些か横道に逸れながらも院へと通う生活に慣れて暫く経った頃、ひとつの出逢いがあった。

とあるパーティーで俺を見初めたという、年上の優しさに溢れるひとだった。

あと一歩が踏み出せず断り続けた態度を覆す気になったのは、熱く繰り返されるアプローチに折れたところもある。だが、毎夜の様に魘されることも無くなった今なら、という考えが浮かんだのが一番の理由だった。

彼は想像以上に俺を包んでくれた。その優しさは心地よく、関係は次第に深くなっていく。

何度も深いキスを交わし、服を脱ぎ捨てて触れる肌は熱を帯びて次第に汗ばみながら互いを確かめ合う。

―――これなら大丈夫かも知れない。

漸くその希望を掴み、いよいよ佳境に入ろうとする、まさにその時。

目の前があの場面にすり変わる。

加害者として見下ろす側となって。

(何でだよ!)

結末はご想像通り。

若い身空には事実は受け入れがたく、相手の優しさに居たたまれなくなり別れを切り出した。

こういう時の精神状態は危険だ。独りの時間が追い討ちをかけるように負の思考を連れてくる。

只でさえ肩身の狭い身であるというのに細やかな幸せも逃げていく。生きているのが苦しい。

「……誰か、助けて」


プルルルル。

テーブルに伏せた携帯電話が振動と共に部屋に鳴り響く。画面を覗けばそこに有るのはあの表示。

「本当に、タイミング良すぎ……」

ひと呼吸置いて通話を始める。

『お、やっと出た。元気に掃除してるか?』

開口一番の台詞がそれとは、お前らしい。

「今、何時だと思ってるんだよ、馬鹿タケル」

『まだ日は跨いでないだろ、気にすんな』

コイツはいつもそう。

俺の感情が急激に昂り萎える状態をあたかも側で見てるかのような絶妙なタイミングで連絡を寄越してくる。ある意味、気味が悪い。

「お前さぁ、俺の部屋に盗聴器や監視カメラを仕掛けてるだろ。今なら許してやるから、洗いざらい吐けよ」

凄んでみれば、

『何年経ったんだ、気付くのが遅すぎだな。ソファ退かしてみろ』

嘘だろ、と焦りながらズズイと動かすがお目当ての物は一切見当たらない。

「お前、騙したな!」

『ははは!するわけないだろ、そんな事。代わりに新たな発見がある筈だ、有りがたく思えよ』

「うっ!」

そこに広がるのは驚愕の世界。

そして着信からおよそ一時間。

掃除というものは動かしながらするものだと、どうでもいいレクチャーを受ける羽目となり、更なる清掃の極意と小言が延々と続く。

いい加減本題に入ってくれと懇願すれば、

『近々そっちに行くから時間をくれ』

そう締めくくってプツッと通話が切れる。

「先にそれを言え!」

キレながら携帯をソファへ投げつけるが後の祭。

無視し続けた埃の山の存在にウンザリしながら、溜め息交じりに掃除機をかける。

階下の住人にどやされぬよう気を配りながら。

「うぅ、面倒臭い……」


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