第29話 こくり、と……。
冬休みが明け、学校が始まった。
冬休み明け初日から普通に授業をやるのだ。帰る頃にはうんざりしているし、次の日にはもう冬休み気分なんてすっかり抜けてる。
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
冬休み気分がすっかり抜け切った真央と千尋、和真と大地の四人が無言で教室のすみに集合したのは、昼休みのことだった。
真央と千尋は、いつもなら昼ごはんを食べたあと、一階の渡り廊下に向かう。日菜と三人でお喋りするためだ。
でも今日、真央と千尋は日菜といっしょにいないし。日菜の姿は教室にもない。
和真と大地は、いつもなら昼ごはんを食べたあと、他の男子たちとグラウンドに飛び出していく。悠斗を誘って、
「行かない。本、読みたいし」
と、食い気味に断られるのがお決まりのパターンだ。
でも今日、悠斗は席にもいないし、本を読んでもいない。
冬休み明け初日の昨日も。今日の午前中も。悠斗が本を読んでいる姿を一度も見ていなかった。
日菜も休み時間になると必ず姿が見えなくなってしまう。
まるで悠斗から逃げているみたいだ。
――冬休み中に絶対に何かあったな。
真央と千尋は目をつり上げて、和真と大地はため息混じりに、四人は額を突き合せた。
「白石のやつ、何をしてるんだ」
そう言って、和真は教室の前側のドアをちらりと見た。
正確には、ドアに隠れるようにしてしゃがみ込んでいる悠斗を、だ。
どうも廊下のようすをうかがっているらしい。
「日菜を探してるんでしょうね、あれは絶対に」
真央はため息混じりに言って、千尋と顔を見合わせた。
「日菜のようすもおかしかったよね。怒ってんのかな? 落ち込んでんのかな?」
千尋の言葉に、真央はわからない……と、いうように首を横に振った。
「まぁ、原因は白石ってのは間違いなさそうだな」
きっぱりと言って、大地はため息をついた。
廊下のようすをうかがっていた悠斗がハッと顔をあげた。でも、目的の相手――日菜ではなかったらしく、がっくりと肩を落とした。
「野良猫が飼い犬になってるな」
「捨て犬の間違いじゃなくて?」
和真と真央の遠慮のない言葉に、大地と千尋は深くうなずいた。同意、ということだ。
「……放っておいた方がいいのかしら?」
真央は渋い顔で聞いた。お節介かもしれないけど、一言、言ってやりたい――と、思っているのだろう。
千尋と大地は顔を見合わせると、
「いや、放っておかなくていいでしょ」
「白石のやつ、ちょいちょいズレたことするし」
きっぱりと言って、うなずいた。
「私も白石のこと、一発殴っておきたいし。理由は全く知らんけど」
「そうね。何かあったら白石を締め上げるって、私も日菜と約束しているし」
拳を握り締める千尋に、真央は穏やかな口調で同意した。微笑んでるけど、目は全く笑っていない。
女子二人の怒気に、大地は愛想笑いを浮かべながら、こっそり震えあがった。
「よし」
話はまとまったと言わんばかりに、和真がパン! と、手を叩いた。
「それじゃあ、とっ捕まえに行こうか」
その言葉を合図に、和真たち四人はドアの影で挙動不審な動きをしている悠斗へと歩き出した。
***
お昼休みが始まって、日菜は五分ほどでお弁当を食べ終えた。
真央と千尋に目配せだけして、そっと教室を出た。
前の十分休みに今日の昼休みは用事があると伝えてある。でも、休み時間が終わる直前に一方的に言っただけだ。
初詣に行った日、悠斗に告白できたのか。悠斗とどうなったのかも話していない。
真央も千尋も。奈々も彩乃も。無理に聞き出そうとはしてこなかった。
でも、心配しているはずだ。
わかってる。
わかってるけど……日菜にはもう、どうやって正直で、素直な気持ちを言葉にしていいか。わからなかった。
教室がある三階から一階まで、ゆっくりと階段を下りていく。足が重い。
いつも真央と千尋とお喋りする渡り廊下を歩いて、隣の校舎に向かって。さらに真っ直ぐ行くと、来客用玄関にお母さんが待っていた。ビジネススーツに、足元は来客用のスリッパだ。
おじいちゃんの家に引っ越してから、九か月ぶりに会う。
「全く、あなたは……電話をしても出ない。メッセージを送っても見もしない。何のためにスマホを持たせたと思ってるの?」
いや、話すの自体が九か月ぶりだ。
お母さんは腕組みをして、日菜をじろりとにらみつけた。お母さんの怖い顔に、日菜はうつむいた。
正直で、素直な言葉を伝えるには勇気がいるけど、がんばったから真央と千尋と仲良くなれた。
悠斗との距離も縮まって、好きになって。大好きという気持ちを伝えたいと思うようになった。
正直で、素直な言葉を伝えてよかったと思う。思っていたはずだ。
でも、やっぱり。それだけじゃだめなんだ。正直で、素直なだけじゃ――。
お母さんに正直に、素直に、転校したくないなんて言ったって、金切り声で怒られるか。ケンカになるだけだ。
怒られて、ケンカしても、どっちにしろ転校するという事実は変わらない。中学生で、まだ子供の日菜には変えられない。
それなら――。
こくりと、気持ちを飲み込んで、
「ごめんなさい」
変わりに空っぽの言葉を吐き出した。
真央にも千尋にも。奈々にも彩乃にも。悠斗とのことは話さずにおくつもりだ。
話したら、きっと心配させてしまう。気を使わせてしまう。
悠斗とも、もう話さないつもりだ。
このまま、三月を迎えて、三月も終わりになって。日菜は転校して。それでおしまい。
だって、日菜の気持ちを言っても。悠斗の気持ちを聞いても。悠斗とは離れ離れになってしまう。
今までみたいに会えなくなってしまうのだ。
それなら、このまま。
何も言わないで、聞かないで、知らないで。飲み込んで、忘れてしまった方が、きっと楽だ。
――今の私を見たら、悠斗くんはどう思うかな。
お母さんの小言を聞きながら、うつむいて。
――お前みたいなやつがいると迷惑なんだよって。初めて会ったときみたいに怒るのかな。
日菜は泣き出しそうな顔で、笑った。
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