第28話 冬休みが……終わっちゃう。
喫茶・黒猫のしっぽのドアを開けると、チリン……と、ドアベルが鳴った。その音に顔をあげたおじいちゃんと石谷は、悠斗の顔を見るなり首を横に振った。
それを見て、悠斗は深々とため息をつくと、肩を落とした。
「日菜とケンカでもしたのか?」
泣きそうな顔で、とぼとぼといつもの席に向かう悠斗に、石谷は遠慮がちに尋ねた。
「ケンカ……なのかな?」
悠斗はイスに座ると同時に、テーブルに突っ伏した。
今日は一月三日だ。
初詣のあと、おじいちゃんや石谷といっしょに食べる予定だったおせちもお雑煮も食べず。日菜は部屋に引っ込んでしまった。
夕飯には下りてくるかも……と、いう悠斗の淡い期待もむなしく。日菜は元旦から今日まで、ずっと喫茶・黒猫のしっぽに姿を見せていない。
明日からは悠斗の方が喫茶・黒猫のしっぽに来れなくなる。お母さんの仕事が休みに入って、おばあちゃんに泊りがけで会いに行くからだ。
「熱は?」
「……」
「ないってさ」
「ご飯は?」
「……」
「少しだけど食べてるって」
おじいちゃんの無言の回答と石谷の通訳に、悠斗は黙ってうなずいた。
テーブルに突っ伏したまま、ズボンのポケットに入れたスマホに触れてみる。初詣のあとから、何度もメッセージを送ってる。電話もしてみた。
でも、どちらも反応はなかった。メッセージにいたっては、既読にもならなかった。
「あやまりたいし、話したいこともあるんだけど。日菜のやつ、全然、聞いてくれないんだ」
泣きそうな声で言う悠斗に、おじいちゃんと石谷は顔を見合わせて肩をすくめた。
「日菜のやつ、お母さんからの電話も出ようとしないんだよなぁ。やっぱり転校のこと、引っかかってんのかな」
石谷の言葉に、悠斗は顔をあげた。悠斗にじっと見つめられて、石谷は困ったように笑った。
「日菜のお母さん、来週の始め……冬休みが明けたらすぐ、こっちに来るんだってさ」
「そうなの?」
悠斗の言葉を肯定するように、おじいちゃんはこくりとうなずいた。
「そっか。日菜のお母さん、やっと正月休みが取れたんだ」
弱々しいながらも笑って言う悠斗に、おじいちゃんは少し迷ったあと。首を横に振った。
「転校の手続きのために、こっちに来るんだってさ。手続きが終わったら、出張先の……どこだっけ? シンガポールだかにとんぼ返りだってさ」
しゃべらないおじいちゃんの代わりに言って、石谷はカウンターに頬杖をついた。
「あと三ヶ月かそこいらで日菜は出て行っちゃうのか。ここの夕飯も、またむさ苦しくなるな」
そう言って、石谷はハハ、と声をあげて笑った。
でも、悠斗もおじいちゃんも暗い表情でうつむくばかりで。石谷の空元気に乗っかってはくれなそうだ。
石谷は肩をすくめると、
「……さみしくなるな」
ぽつりとつぶやいて、コーヒーカップをかたむけた。
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