第20話 ……あり、がとう。
神社へと向かう人たちのあいだをすり抜けて、日菜は待ち合わせ場所の鳥居へと急いでいた。
スマホで時間を確認している余裕はない。もしかしたら、もう待ち合わせ時間を過ぎてしまっているかもしれない。
急がなくちゃ……と、思うのだけど、人が多くて思うように進めない。
ようやく鳥居が見えてきた。
と、――。
「日菜、こっちだよ!」
日菜が向かってくるのに気が付いたらしい。千尋が大きく手を振って、ぴょんぴょんと飛び跳ねているのが見えた。スマホを見ていた真央が、顔をあげて微笑んだ。
部活で遅れるかもと言っていた和真と大地もいる。
「ごめん、遅くなっちゃった!」
鳥居の下に着くなりあやまると、四人は顔を見合わせた。少しの
「時間通りだから大丈夫よ、日菜」
真央がくすりと笑った。
「俺たち、部活が早く終わったんだ」
真央のあとを引き継いで、和真が微笑んだ。
「他の連中も秋祭りに行くからって、早めに解散になったんだよ。絶対、部長が行きたかっただけだって。マネと付き合ってんだろ? どいつもこいつも……うらやましい!」
「クラス委員会やら、なんやらとあったし……結局、俺は着替えただけで部活終了だったよ」
舌打ちする大地と、盛大にため息をつく和真を見上げて、日菜は首をかしげた。日菜の知らないところでいろいろとあったらしい。
日菜を見下ろして、和真はくすりと笑うと、
「木村さんは秋祭り限定のお守りとか。ほしい物の目星はついてるの?」
そう尋ねた。
「えっと……」
「お狐さまだよ、お狐さま! 絶対に買いに行こうって、日菜と約束してるんだよ!」
日菜の言葉をさえぎって、千尋が大きな声で言った。
「お前、好きだよな、そういうの。相手いないのに」
「最後が余計なんだよ、最後が!」
にやにやと笑う大地を、千尋はキッ! と、にらみつけた。
「ケンカ売るなら買ってやる! 大地! 射的、行くよ!」
「ほほう、夏祭りのときに惨敗したのを忘れたのか。今日もコテンパにしてやろう」
「惨敗? ほぼ互角だったでしょ、あれは」
「負け犬の遠吠えだな。夏祭り同様、返り討ちにしてやる!」
「ちょっと、千尋! 黒田くん!」
真央があわてて止めようとしたけど、もう遅い。
千尋と大地の幼なじみコンビは怒鳴り合いながら、あっという間に人ごみに消えていってしまった。
「あっという間にはぐれたな」
和真のぼやきに日菜は苦笑いで、真央はため息混じりにうなずいた。
「千尋もお狐さまを買うつもりみたいだから。気が済むまで射的をしたら、きっと追いかけてくるわ」
「俺たちは先に、社務所に行ってようか」
そう言って歩き出した真央と和真のあとを、日菜はあわてて追いかけた。同い年なのに、なんだか保護者みたいだ。
「日菜、はぐれないように手をつないでおきましょうか」
「真央、それはちょっと……」
訂正。本気で保護者だ。
大真面目な顔で差し出された真央の手を、日菜は苦笑いでそっと押し返した。和真も呆れ顔だ。
「過保護が過ぎるだろ、橋本」
「そんなことないわよ。今日、もしも日菜がはぐれたりしたら、一人になっちゃうのよ。いつもは白石といっしょだってわかってるからいいけど……」
そこまで言って、真央はあわてたようすで口をつぐんだ。悠斗の名前を出して、日菜がまた落ち込むんじゃないかと心配したのだろう。
本当に過保護だ。
真央だけじゃない。たぶん、千尋や和真、大地にも心配をかけてしまったのだろう。もうしわけないという気持ちと、くすぐったさを感じて、
「心配させちゃってごめんなさい。……あり、がとう」
日菜ははにかんで言った。
「ここに来る前に悠斗くんに会ってね。まだ、ちゃんと理由は聞けてないんだけど、私が心配するような理由じゃないって……」
「そっか、よかった」
そう言って、和真がうなずいた直後。真央は和真の顔をちらりと見上げたかと思うと、くすりと笑った。
二人の顔を交互に見て、日菜は首をかしげた。二人のあいだに流れる空気が一瞬、変わった気がしたのだ。
「もしかして、真央たちが……?」
半歩、先を歩いていた真央が振り返って、日菜を見つめた。
「無事に仲直りができたのなら、気兼ねなくお狐さまも渡せるわね」
そうだとも、違うとも言わず、真央は意地の悪い笑みを浮かべた。日菜はパチパチとまばたきしたあと、
「……そうですねー」
すねたように唇をとがらせた。
でも、それも一瞬のこと。真央と日菜と、少し遅れて和真の笑い声が人混みに響いたのだった。
***
境内に飾られた提灯の、オレンジ色の灯かり。たくさんの人たちの話し声や笑い声。無数の光や音に
お祭りの熱気に浮かされて、ふわふわとした足取りのまま歩いて。
住宅街の十字路で手を振って真央たちと別れ、白い街路灯がぽつり、ぽつりとあるだけの暗い道に一人きりになった瞬間。
急に夢から現実に引き戻されたような感覚に襲われて、日菜はきょろきょろとあたりを見まわした。
手にはマヨネーズ抜きのたこ焼きが入ったビニール袋。悠斗に買ってきてと頼まれたものだ。たこ焼きを食べながら、秋祭りに行かない理由を話すから、と。
そう約束したのも夢の中でのことだったんじゃないかと少しだけ不安になりながら、おじいちゃんの家の外階段の下で、
『たこ焼き、買って来たよ』
と、悠斗にメッセージを送った。
送ったメッセージは既読にはなったけど、返信がない。代わりに隣のアパートの窓がガラッと開いて、悠斗が顔を出した。
二階の、一番手前の部屋だ。
「今、行くから。ちょっと待って!」
悠斗は日菜の返事も聞かずに顔を引っ込めると、ピシャリと窓を閉めた。電気が消えたから、お母さんはまだ帰ってきていないのだろう。
ドアの開く音がしたかと思うと、カン、カン、カン……と、軽やかな足音がして。悠斗はアパートの階段を駆け下りてきた。
「おかえり、日菜! どうだった、秋祭り。混んでただろ!」
「うん、すごい人だった。夏祭りのときよりも多かったかも。……はい、たこ焼き」
「マヨネーズ抜き?」
「マヨネーズ抜き」
日菜がこくりとうなずくのを見た悠斗は、にひっと歯を見せて笑った。
「ありがと」
日菜が差し出したたこ焼きの袋を受け取って、悠斗は先に立って歩き出した。
「神社だと寒いかな?」
悠斗が言う神社は、秋祭りをやっていた神社のことじゃない。夏休みの自由研究で毎日のように通った、すぐ近くの小さな神社のことだ。
「コート着てるから大丈夫だよ」
それにお賽銭箱の前の階段に日菜たちが座っているのを見れば、黒猫が駆け寄ってくるはずだ。夏休み中に仲良くなった、かぎしっぽの黒猫だ。
その子を湯たんぽ代わりにひざに抱えていれば寒くない。
日菜の返事にうなずいて、悠斗は小さな神社へと向かった。
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