第7話 ……相席、よろしいですか?

 ベッドに寝転がってマンガを読んでいた日菜は、スマホが光ったのに気が付いて手をのばした。窓の外を見ると、すっかり暗くなっている。

 きっと、おじいちゃんからだろう。そう思いながらメッセージを確認した。


 日菜の予想は半分、当たっていて。半分、外れていた。

 お母さんと、お父さんと、日菜と。三人で作った家族グループにもメッセージが届いていた。たぶん、お母さんからだ。


 おじいちゃんの家で暮らすようになって一週間。毎日のようにメッセージは届いている。でも、一度も開いてはいなかった。

 喫茶・黒猫のしっぽにもときどき、電話がかかってきていた。日菜は逃げまわっていたし、おじいちゃんは電話に出ても無言なものだから、代わりに石谷が出て、日菜のお母さんと喋っていた。

 だから、まぁ、一応は日菜のようすは伝わっているはずだ。


 日菜はメッセージを開かないまま、家族グループを削除した。

 ベッドから起き上がって、おじいちゃんのメッセージを開く。


『夕飯できたよ』


 と、いうメッセージのあとに、


『悠斗もいるけどどうする』


 と、いうメッセージと、タカが首をかしげているスタンプが続いていた。昨日の言い合いを見て、おじいちゃんなりに気を使ってくれたのだろう。

 少し考えて、


『食べる。今から行きます』


 と、いうメッセージと、お腹をグーグーと鳴らしているインコのスタンプを送った。

 おじいちゃんからはすぐさま、丸印の書かれた看板を持ったタカのスタンプが返ってきた。


 二階に下りて、洗面所で顔を洗って、髪をくしでとかして。日菜は喫茶・黒猫のしっぽへと向かった。

 喫茶・黒猫のしっぽのドアを開けると、チリン、チリン……と、ドアベルが鳴った。


「……」


 ドアベルの音に、カウンターの中でカップをふいていたおじいちゃんが顔をあげた。カウンターに座っている石谷も振り返って、ひらりと手を振った。

 昨日と同じように、悠斗は窓際の二人用テーブルに座っていた。日菜は唇を引き結ぶと、大股で悠斗の正面にまわりこんだ。


「今日は……あり、がと」


 小さな声で言うと、悠斗はスプーンをくわえたまま、顔をあげてこくこくとうなずいた。いいかげんな返事だ。

 心の中でちょっとムッとしながら、


「相席、よろしいですか?」


 澄ました顔で尋ねた。


 今日の夕飯はシーフードグラタン。昨日のハヤシライスと同じく、これも日菜の大好物だ。どうやらおじいちゃんは、孫娘をとことんまで甘やかすつもりらしい。


 ――今日はちゃんと、味がわかるんといいんだけど。


 グラタンを見つめて、日菜は心の中でぼやいた。

 悠斗はと言えば、もぐもぐと口の中のものをしっかり、じっくりと味わって。ごくりと飲み込んだあと。


「いいよ」


 ようやく、そう答えた。

 答えが返ってくるまで、ちょっと待たされたけど。あっさりとうなずかれて、日菜は目を丸くした。昨日、あれだけ一人がいいだのなんだのと言っていたから、断られるだろうと思っていたのだ。

 日菜の表情を見て、日菜が何を考えているか察したらしい。


「ご飯を食べてるときは本を読んじゃダメだって、ばあちゃんにこっぴどく叱られたんだよ。本を読んでるときじゃなきゃ、別に一人じゃなくてもいいし。……あ、でも平川みたいに口うるさく説教したりするなよ?」


 悠斗の中には、はっきりとしたルールがあるらしい。苦笑いして、


「それじゃあ、遠慮なく」


 日菜は悠斗の正面の席に座った。

 おじいちゃんから石谷に。石谷から悠斗に手渡されたグラタンが、日菜の前に置かれた。


「いただきます」


 手をあわせて言うと、おじいちゃんが無表情、無言でこくりとうなずいた。


「日菜ってコーヒー、飲める?」


 突然、悠斗が尋ねた。

 おじいちゃんと石谷のクセが移っただけだと思うけど……。

 さらりと名前を呼ばれて、心臓がトクン……と、小さく跳ねた。


「牛乳たっぷり入れれば、なんとか……」


「俺も前はそうだったんだよ。でも、この店のコーヒーは牛乳も砂糖も入れなくても飲めるくらいうまくてさ。昨日は日菜、食後のコーヒー飲んで行かなかっただろ?」


 あつあつのグラタンをスプーンですくって、冷めるのを待ちながら、日菜は悠斗の顔をちらりと盗み見た。


 私のおじいちゃんのお店なんだけど、とか。


 昨日、コーヒーも飲まず。

 大好きなハヤシライスの味もわからないまま、夕飯を終えたのは悠斗とのケンカが原因なんだけど、とか。


 昨日のことがあったから結構、勇気を出して、同じ席に座ってもいいかって聞いてみたのに。

 あまりにもあっさりとした返事で、ちょっと拍子抜けなんだけど、とか。


 いろいろと思うところもあったけど――。


「じいちゃんが淹れてくれるコーヒーは世界一、うまいんだ!」


 そんなこと、気にもしていないようすで自慢げに。それこそ自分のことのように、喫茶・黒猫のしっぽのコーヒーについて語る悠斗を見ているうちに、なんだかどうでもよくなってきた。


「きっと、日菜も好きになるよ!」


 あっけらかんとした笑顔の悠斗をじっと見つめた。

 トク、トク……と。鳴り出す心臓を手で押さえて。唇をきゅっと噛みしめたあと。日菜は顔をあげると、


「……うん!」


 笑顔で、そう応えたのだった。

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