第13話 今度こそ
(篤side)
俺と桜と掛川の三人は、近くのコーヒーショップに入った。それぞれ注文した商品を受け取り、窓際の席に座る。俺の隣に桜、桜の前に掛川と言う席順。
桜と掛川は駅前で再開してから、ずっと話し続けている。
二人ともとても仲良しで、掛川が地元から出ていくその日も、二人は抱き合い、泣きながら別れを悲しんでいた。それから三年ちょっとの月日が流れ、積もる話もたくさんあるんだろう。
「勇次がいないのは、残念だけど」
掛川は、少し寂しそうに微笑むと、クリームのたっぷりとのった、ケーキを一口分、フォークで器用に取ると口へと運んだ。
「なぁ……あいつがこの町にいないの知ってるのか?」
俺の問いに掛川はちらりと視線を向けたが、すぐにケーキの方を見て、知ってると答えた。
「あいつとは、連絡取り合ってたの?」
「中二の冬くらいまで手紙で。それからも続いてたんだけど……返事があまり来なくなって」
中二の冬か。
「あいつの両親さ、二年の冬に離婚したんだ」
掛川の指先がぴくりと動いた。
「その前から夫婦喧嘩が絶えなくて、家庭内がぎくしゃくしてて…」
「そうだったんだ……彼からの手紙にはそんなことは一言も…」
寂しそうに掛川がぽつりと言った。
俺はせっかくの再開でこんな話しをするべきかと思ったが、掛川には知ってもらいたかった。
「その時のあいつ、すごい落ち込んでて」
あの頃のあいつは一人でいることが多くなり、部活も休みがちになっていた。俺たちもあいつに色々と声を掛けていたけど、そこまで、親身になれてなかったと思う。
そんな時に、一人の女子があいつに手を差し伸べたんだ。
「おぼえてるか?
俺の問いかけに、覚えてると小さな声で答える掛川。そんな掛川を桜が心配そうに見つめている。
「澤部ってさ、あいつも片親だったから、あいつの気持ちが分かってたんじゃないかな。それでか、あいつのことを慰めたり話し聞いてやったりしてやってたんだ」
よく二人で話してる姿を見かけた。二人が付き合っているんじゃないかって噂がたっていたくらいに。でも、その頃のあいつは、掛川のことを想っていたし、澤部も、あいつが掛川のことをずっと忘れられないってことも知ってたと思う。
でも献身的に話しを聞き、支え続けていた澤部に対して、あいつは心を許し、お互いの距離が近づいていくのを感じていた。
「そんな澤部の気持ちにに、あいつも応えるようになって」
少しづつだけど、一人でいることが減って、部活を休むこともなくなった。
「あいつも澤部に支えられて、それに、部活の方も、全国大会出場を目標に忙しくなってきて」
「その頃のことは、手紙にも書いてあったわ。部活のこと、みんなのこと、とても楽しそうに」
掛川は懐かしそうに話すと、にこりと微笑み、俺に話しの続きを促した。
以前のあいつに戻ったんじゃないかってくらい元気になっていた。
部活に真剣に打ち込み、俺たちともよく馬鹿話などをして笑いあったりした。
俺たちは、そんなあいつの復活をとても喜んでいた。
「そして、全国大会も終わって、時間ができて、あいつと澤部はデートの約束したんだ」
あいつは、献身的に支えてくれた澤部に対して感謝の気持ちと、もしかしたら、掛川への想いに区切りをつける気持ちと両方あったんだと思う。
「でも、澤部はデートの待ち合わせに行く途中に事故にあって死んだんだ」
掛川はびくんと顔をあげ、驚きを隠さず、目を大きく見開いて、俺と桜の顔を交互に見比べた。
桜は、掛川に小さく頷いた。
掛川は、目の前にあるカップをぎゅっと握り、ショックを押さえつけている様子が伺えた。
「やっと両親の離婚を受け入れ、乗り越えて来たかなって矢先だったから」
「その頃から、全く返事が来なくなった」
あいつは、両親の離婚した時と比べ物にならないくらい落ち込み、心を閉ざし、俺たちから距離をおきだした。
いつの間にか志望校を変え、遠くの誰も受験することがなかった私立を受け、誰にも何も言わずにいつの間にか引っ越していた。
俺は何も言わずに去って行ったあいつが許せなかった。
ぶん殴ってやりたいと思っていた。
でも、俺はあいつの支えになれていなかった。
今思えば、親友面しながら、遠巻きから見ている一人だったんだと思う。
「実はね、彼と同じ学校なんだ」
掛川は俺たちの方へ顔も上げずに言った。
今度は俺達が驚きを隠せず、えっと声を出した。
確かにO市内に二人ともいることは知っていたが、まさか、同じ学校だったなんて。
「戻ってきた時は知らなかった。ただ、偶然、学校で見かけて…」
申し訳なさそうに、消え入りそうな声で、俺たちにそう言った。
「でも、あの頃と様子も違っていたし、ただ、目があっただけで、声すら掛けれなかった。ずっと……」
一瞬、掛川が言葉に詰まったが、
「あんなに会いたかったのに」
そう言葉を続けた掛川の目には涙が浮かんでいる。
離れ離れになっても、ずっと想い続けていた相手の変わり果てた姿を見た時、大きなショックを受けたことが、その場にいなくても想像できる。
あの頃のあいつは、本当に人が変わってしまっていたから。
「好きな人が死んだなんて……」
「いや、あいつははっきりと澤部が好きになっていた訳じゃないと思うよ」
俺は何か言い訳をするように、ぼそぼそと呟くように言った。
だって、俺はあいつから、掛川と澤部のことへの相談を受けていたから。
あいつは、遠く離れた掛川に心配させたくなかったから、離婚のことを手紙に書かないようにしていた。明るく、元気で過ごしていると嘘をついた。
でも、誰かに話さなければ、自分の心が押しつぶされそうで怖かった。そんな時に、同じような境遇の澤部が現れた。
「デートする直前まで、どうしても忘れられない掛川への想いと、自分を献身的に支えてくれていた澤部への想いで揺れてたんだ」
本当にそうだった。
「仕方ないよ……だって、彼が悩んで落ち込んでいる時に、私は一緒に悩んだり、側にいて支えてあげることなんてできなかった」
掛川は俯いたまま、震える小さな声で言った。
「なんにもできなかったんだから」
コップを掴んでいる手が震えていた。
震えている掛川の両手に、桜が優しく手を添えた。
「それなら、今から動けば良いじゃん。確かに、離れ離れで何もできなかったかもしれないけど、今は近くにいるんでしょ」
「でも、あいつは目があっても、私って気づかなかった」
「忘れてるんじゃないと思う。押し込めてるんだ、思い出せないくらい、深いところに。」
俺は、小さく震えている掛川の手元を見て呟くように言った。
「それなら……あいつの胸ぐら掴んで、私はここにいるよって振り向かせるの。それから、しっかりしなさいって、一発ほっぺた叩いて、目を覚まさせるのよ。今度は、絶対あなたの側にいてあげるって、支えになるって伝えるの」
桜は優しく、でも力強く、掛川に話しかけている。そんな桜へ掛川は、何度も何度も、無言で頭を下げている。
掛川は泣いているんだろう。
大好きで、ずっと側にいたかったあいつと遠く離れて、それでも好きで好きで、そんな気持ちを諦めきれなくて、やっと再開できたと思ったら、知らないところであいつに色々あったあげく、立ち直れないくらい心が壊れてて、自分のことを忘れられてると思い込んで…
俺なら心が折れて諦める。いや掛川も、心が折れていたのかもしれない。でも、それでも諦めず、何とかしたくて、俺たちに会いにきたんだ。会って話しを聞きにきたんだ。
人によっては、掛川の気持ちは重いと言うんだろうけど、そこまで、真剣に他人を想い続けるって、なかなかできることじゃない。
俺は、あいつに会いにいくと決めている言うことを、桜と掛川に伝えた。
今度は、親友面してではなく、真剣にあいつにできる限りのことをしたいと思っている。
桜と掛川は、俺の突然の話しにびっくりしていたが、二人とも、反対せずに頷いてくれた。
今度こそ…
本当の親友として。
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