第2話 日常
がらり……
教室に着いたのは、昼休みが終わるぎりぎりの時間だった。急げばもう少し余裕を持って着いたのだろうけど、僕はそんな気にもなれず、のろのろ、のろのろと歩いて来たのだ。
教室に入ると数人のクラスメイトが僕の方をちらりと見たが、直ぐに視線を仲間たちの方へもどす。そりゃそうだ、この高校へ入学して一ヶ月ちょっと経つが、クラスメイトの誰とも深く関わる事がなかったから。
聞かれたら答える、挨拶されたら返す、ただそれだけの関わりで、友達、恋人、なんやかんやあるけど、そんな深い関わりは持ちたくない。
僕の事を誰も気にとめない、関わろうとしない、そんな生活がしたくて、この学校を選んだんだから……
運動場側の窓際の列、その一番後ろの席。
そこが、僕が座っている場所。誰からも見られる事もなく、空気の様に過ごせるそんな場所。
僕は、その席に静かに座ると、机の中からそろりと静かに教科書とノートなどを取り出し、次の準備を始める。
机の上に取り出した教科書などを並べ、ふと教室の前方を見ると、栗原がこっちを見ているのに気づく。
栗原は僕と目が合うとさっと視線を逸らし、何事もなかったかの様に、机の中から教科書を取り出し始めていた。
「あんたの意思なんて関係なしに関わっちゃたね」
ちくり…
また、こめかみに痛みが走る。
僕は人差し指でこめかみを軽く押しながら、窓の外へ視線を移した。
運動場では体育の授業が行われている。どこのクラスかは分からないけど、多分、上級生の様だ。
活発に動いている生徒、だらだらと動いている生徒、隅の方で話ばかりしている生徒。
どこの学年、どこのクラスでもよくある体育の風景。
日常は特に大きな変化もなくただ過ぎていく。
ずるずる、ずるずると。
僕は、そんな変化も何もない日常を心から望んでいるんだ。
眠たいな……
栗原に昼寝を邪魔されたからか、普段よりも早く睡魔が襲ってきた。頭の中がぼやっとしてくる。僕は睡魔に抗う事なく、静かに両目を閉じた。
目が覚めたのは、授業の終わりを知らせるチャイムの音。
むくりと体を起こすと、カバンからペットボトルを取りごくりと喉を潤した後、イヤフォンをつけ、また目を閉じた。
まだ、眠い。
そういや……次は移動教室だったかな。どうだったかな……いいや、誰からも声を掛けられる事はないだろうから、このままサボってしまおう。
目が覚めたのは帰りのホームルームが終わる頃だった。体を起こし教壇の方を見ると、担任が眠たそうな目をしながら何やらむにゃむにゃと喋っている。
ホームルームも終わり、部活に行く人、帰る人、友達とお喋りを始める人、それぞれがそれぞれの行動を始めたせいかクラスがざわざわしている。
僕もさっさと帰ろう。
誰ともさよなら、また明日などの挨拶をせずに、空気の様に教室から出て行く。
僕が帰るなんて事なんて、クラスメイトの誰ひとりとして気にも止めないから。
廊下を歩いていると、たくさんの同級生とすれ違う。僕は誰とも顔を合わせる事なく下を向いて歩いている。
「さよなら」
その声は周りの雑音にかき消されそうなほど小さく頼りなかったが、はっきりと僕の耳に届いていた。
僕はふと立ち止まり、声のした方を見た。顔を向けた先には、同級生か上級生かも分からない人たちが何人もいる。
あぁ……その中の誰かが誰かに挨拶をした声が、たまたま、僕の耳に入って来たんだろう。そうじゃなきゃ、僕にさよならなんて挨拶をする人がいる訳はないんだから。
そんな時、ふと廊下の掲示板に目がいった。
『図書委員より、図書室利用のお知らせ』
白いA3の用紙にゴシック体で書かれた、なんの面白みもない、ただの図書室の利用案内。
図書委員……
昼休みに栗原から渡されたメモを思い出した。無理やり僕の胸ポケットに捻りこまれたメモ。
胸ポケットからメモを取り出した。
綺麗な字で名前と連絡先と、何度も書き直した様子が伺える跡の上に「よろしくお願いします」と、他の字より薄く弱々しく書かれていた。
僕はメモをくしゃくしゃっと丸め、近くにあったゴミ箱の中に捨て、靴箱へと向かっていく。
校舎の外では、運動部の掛け声、吹奏楽部の楽器の音、誰かの話し声が嫌でも耳に入ってくる。
そんな中を、僕は相変わらずのろのろと校門まで歩いて行く。校門まで続く道沿いには、桜の木が等間隔に植えられている。
入学式の頃は、桜が咲いていたな……
ほんの一ヶ月くらい前の事を思い出し立ち止まると、少しの間、今は花もなく緑の葉っぱだけの桜の木を眺めていた。
ふわりと風が吹いた。
風が心地よく頬を撫でていく。
僕は桜の木から眺めるのをやめ、校門の方へ歩き出す。
校門を出ようとした時、僕はそこに寄り掛かり誰かを待っているのであろう一人の女子に気がついた。
黒く真っ直ぐな髪の毛をした、少しつり目がちの女子に。
その女子とふと目があってしまった。
彼女は少し困った様に微笑むと、直ぐに下を向いた。知らない男子と目があって、困惑してからの愛想笑いだろうと、僕は一人で納得し校門を出た。
ちくり……
まただ。
今日は、よく痛みが出てくるな……
こめかみを人差し指で軽く押さえ、軽く息を吐きバス停へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます