第1話 ちくり……
「あんたさ、いつも一人でここにいるよね」
僕は自分に向けられた声の方へ顔を向けると、そこには明るい栗色の髪をしたショートカットの女子が、くりくりとした大きな目で僕を見ている。
昼休み、僕はほとんど人が来る事のない中庭の片隅にあるベンチで横になり、昼寝をしているところだった。
確か、
関わりたくない。
その声に反応してしまった事を後悔している。
「ねえ、聞こえてるんでしょ」
寝転んでいる僕の顔を上からのぞき込んだ栗原が問いかける。
「……」
その問いかけに対して答える事さえも億劫で、無言のまま、起き上がる事なく瞼を閉じている。栗原とは話す事はないと言う僕の意志の表れのつもりである。
「……はぁ」
大きなため息が聞こえてくる。
いやいやいや、ため息をつきたいのはこっちだよ。せっかく、気持ち良く昼寝をしていたのを起こされたんだから……と思った瞬間、僕は襟首を掴まれ、信じられない勢いで上半身を起こされた。
「あんたねぇっ、私がこれから大切な話しをするんだから、起きなさいよっ」
栗原は僕の襟首を掴んだまま、眉間に皺を寄せ大きな声でまくしたてる。耳の側で大声を出され、鼓膜が破れてしまうんじゃないかと心配になってしまった。
なんなんだよ、こいつは……僕が呆気にとられていると……
「……ぷっ、あははっ」
栗原は僕の襟首から手を離し指さして笑いだした。栗原は大きな目に涙を浮かべ頬が紅潮している。何がそんなに面白いのだろうか。
僕がぽかんとして見ていると、少し落ち着いたのか、ふーふーと肩を上下に揺らしながら涙を拭っている。
「だって、あんたのそのびっくりした顔が、とても間抜けだったから」
必死で呼吸を整えながらそう言う栗原。
そりゃ、びっくりするよ。突然、襟首掴まれて引っ張り起こされたんだから。そんな経験は人生でそうそう起こらないと思う。
「まぁ、それは良いとして……あんたさ、彼女とか好きな人いるの」
何が良いのかよく分からない。
そして、なんでクラスの中心にいる栗原が、僕の様にいつも一人で行動している真逆の人間に対してそんな事を聞いてきたのかが、もっと分からない。
僕と栗原は同じクラスではあるが、全く話した事もないし席が近いという事もない。
「……あぁ、ごめんごめん。私じゃないんだ。」
栗原は僕の心を読んだかの様に、ぱたぱたと手を振りながら慌てて言った。
「二組にさ、
二組の山川遥香……図書委員……
僕は自分のクラスメイト全員の名前と顔を覚えているかどうかも怪しいのに、ましてや他のクラスの生徒、しかも女子なんて知るわけもない。図書室も何度か利用した事があるけど、その時にいた図書委員は男子しか見た事がない。
僕は栗原の質問に対して、無言で首を左右にふった。
本当に知らない。
「やっぱり……あんたさ、自分のクラスメイトの名前とか顔とか覚えてるかも怪しいもんね、あははは」
栗原から嫌味ではなく、本気で僕がそうなんだろうと思っている様子が伝わってくる。そうなんだけどね。
「まぁ、良いや。で、遥香はあんたの事が気になってるみたいで、どうなの、いるの?いないの?」
栗原は僕の顔をじっと見つめ答えを待っている。僕は、そんな栗原の視線から目を逸らし俯いた。
健全な男子なら、とても嬉しい事なんだろうけど、僕は本気で嫌だなぁとしか思えなかった。
いや、僕が健全な男子生徒じゃないという訳ではない。僕だって女子には興味がある。だけど、そんな事よりも、ただ関わりたくない、それだけだった。
「そういう人はいないよ……」
僕は俯いたままそう答えた。
「へぇ、やっぱりいないんだ」
栗原は嬉しそうに、そして、僕に彼女とかいないのは分かっていたよという様な口調だった。
「……でも、いるとかいないとか関係なしに、僕は、この手の話しに関わりたくないんだ。だから、山川さんにもそう伝えておいてくれないかな。」
僕はぼそぼそと呟く様に、栗原の顔も見らずに俯いたまま言った。
「何それ、別に遥香と付き合うとかじゃなくて、友達になれば良いじゃない」
「……ごめん、本当に関わりたくないんだ」
「……」
俯いたまま顔も上げずに答える僕を栗原はじっと無言で見ている。多分、呆れているんだろう、頑なに拒否する僕を。
「……まぁ、良いや。私は遥香から聞いてほしいって頼まれた事は聞けたし、あとは……」
栗原はそう言いながら、ブレザーのポケットからメモ紙を取り出すと、それを無理やり僕の胸ポケットへと押し込んだ。
「はい、これに遥香の連絡先が書いてあるから」
「……連絡先なんて僕は要らないよ」
「まぁ、連絡するしないかはあんたの自由だけど、メモを渡しといてって遥香に頼まれたから、私は遥香との約束を守っただけ。確かに渡したよ。」
それを僕へと伝えた栗原は、くるりと背を向ける。もう、用が済んだんだろう。
「あんたは関わりたくないって言ってたけど、残念、あんたの意思なんて関係なしに関わっちゃたね。だってあんたは、遥香の気持ち知っちゃったから」
僕の方を振り向きもせずにそう言うと、たたたっと軽い足取りで走り去って行った。
あと十分で昼休みが終わる。
僕はのろのろとベンチから立ち上がり、制服の埃を落とし、ふと空を見上げると、雲ひとつない青く澄み渡る空がとても眩しかった。
こめかみにちくりとした痛みを感じる。
久しぶりのこの痛み。
あぁ、だから関わりたくないんだ。
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