「この草原は、ミーの庭ッス!」

 フグサシ領フグサシ平野。それなりに広大な草原を歩く四人。魔王討伐一行である。

「……広いわね」

「そりゃオープンフィールドっていうくらいだし」

 一日中歩いて踏破できない平野に、タメ息を漏らすエイプリル。

「歩くの楽しいなッ!」

「あんたは常に元気ねぇ……」

「スピラ、元気だよッ!」

 一人、スピラだけは活力があるが、他は同じ景色に飽々していた。

「林っぽい影は見えてきましたダ。」

「そうね、小さくだけどね」

 ブレインが示す目的地が点のようにしか見えない。その事実に、再度タメ息を吐く。

「どうしますダ?加速しますダ?」

 右目にある『互』の刻印を輝かせて提案するブレイン。その提案に、アサクラが真っ先に飛びつく。

「ナイスブレイン!やっちゃって!やっちゃって!」

「キングは妙に浮いているから、必要ないですダ。」

「『物理的に』だよね!?魔王ちゃんへのハンドリング酷くない!?魔王ちゃんクリエイターだよ!?」

 早速反抗期なブレインに、アサクラが泣きつく。 だが、そんなアサクラには目もくれず、エイプリルの顔を見た。

「うーん。遠いし、そうね。お願いすることにするわ」

 楽をしたいというよりは、ブレインに役目を与える目的で頼むエイプリル。事実、その言葉を聞いたブレインは笑顔を見せた。

「それでは参りますダ。[ファストアンドライト]」

 ブレインによる加速魔法の詠唱。彼女の特質〈躁鬱支配マインドメロディ〉により、追加で疲労感も吹き飛んだ。

「身体が軽い!上出来だわ!さすがね!」

「ありがたきお言葉ですダ。」

 想像以上の軽快感に、ブレインの手を握り喜ぶエイプリル。ブレインは青白い頬を紅く染める。

「こやつっ!リアリィ除け者にしやがったぞオイ!」

 なお、アサクラには適応されなかった模様。泣いて訴える。

「さあ、あねさま。行きますダ。」

「……そうね、進みましょ」

「エイプリールッ!キサマも魔王ちゃんをアバンドンするのかぁ!」

 地面にへたれこみ、右目の闇を揺らめかせて手を伸ばすアサクラを、エイプリルは平然と無視。そこに、スピラが駆け寄る。満面の笑みで。

「だいじょーぶだよッ!スピラは見捨てないよッ!」

「スピラ……!あんたって奴は……!センキュー!」

 感謝感激で咽び泣くアサクラだったが、先方二人は嫌な予感を感じとっていた。

「怪しいですダ……。何か、不味い気がしますダ。」

「ええ……。走るわよ、ブレイン」

 忍者の如く颯爽と駆けるエイプリル・ブレインペア。あっという間に遠くへいってしまった。

「それじゃ、スピラ達もいこうかなッ!」

 そう言うや否や、アサクラの首根っこを掴む。アサクラの脳内に、大量のはてなマークが浮かんだ。

「……スピラさん?なにをs……」

 アサクラの疑問が口にされることはなかった。既に行動は終わっていたのだ。煌々と燃えるスピラの左目の逆さ五芒星。魔法行使のしるべである。

「すぅー……[エアプレン・ジェットバーナー]ッ!」

 ゴウッ!後方へ向けて、炎の柱が放たれた。凄まじい出力の『ソレ』の反動、推進力で、スピラが豪速で射出される。その速度は、加速支援を受け全力疾走するエイプリルらに、二秒弱で追い付くほどの驚異的な速度。同乗者の悲痛な叫びが、風に流されたのだった。

「ノーモアダイ!!!」



「サバイブ……。魔王ちゃん死なないけど……」

「速いでしょッ!褒めてほしいなッ!」

 所変わったようで変わらず、フグサシ平野。仰向けに倒れたアサクラがいた。枕元ではスピラが跳び跳ねている。

「そーゆーのは、エイプリルにプリーズ……」

 げんなりするアサクラは、スピラの対応を後方のエイプリルに丸投げする。

「……っと。やっと追い付いた。速いわね、大したものだわ」

「[バフイレイス]。ちょっと疲れましたダ。」

 実際には二十秒遅れで到着した疾走組。汗を拭うエイプリルの元に、スピラが駆け寄ってきた。

「すごいよねッ!褒めてほしいなッ!」

 アサクラに言われた通り、エイプリルに迫る。エイプリルも先程の魔法を見ているので、素直に褒めることにした。

「よしよし、よくできました」

「嬉しいなッ!ありがとねッ!」

 頭を撫でるだけでこの反応をする辺りが、やはり、八歳の外観と同じ精神年齢なのだろうと、エイプリルは思案する。そんなエイプリルとスピラを見て、不満げに頬を膨らませるブレインの姿が。

「ブレインも……。なにか……。あ。」

「わ、ワット?ダイしそうな魔王ちゃんに、なにかサムシング?」

 周囲を探すブレインは、不意に、倒れているアサクラと目が合った。

「……使えますダ。[ゲットアップ]。」

「おいストッp、ぐあああぁ!?」

 仰向けのアサクラに、躊躇なく魔法を使用。呻くアサクラ。微かに笑うブレイン。

「これで……、イケますダ。」

「ぁぁあああれええぇぇ!?ベリーヘルス!?回復した!」

 ブレインが使った魔法は、疲労回復。さらに、精神活性化も乗せた。アサクラは、ほぼ完全回復して立ち上がった。そんなアサクラを放っておいて、一目散にエイプリルの元へ。

「ど、どうですダ?ブレインも撫でて下さいダ!」

「ブレイン?よ、よくできました?」

 少し興奮状態なブレインに困惑しながら、しっかり頭を撫でてやるエイプリル。冷静な彼女らしからぬ、大きな笑みでブレインが応える。

「ん。ありがとうございますダ。」

 頬を染める少女の姿は、一般人となんら変わりない。アサクラは、意地悪に口角を吊り上げた。

「さてはあれだな?ジェラシーだな?嫉妬だな?」

「[ヘヴィグラヴィトン]。そんなんじゃないですダ。違いますダ。」

「ぐべぇ……。魔王ちゃんがバッドだったからぁ……、許じで……」

 アサクラはヘラヘラと笑って指摘した。ブレインが重力+鬱を使った辺り、図星だったようだ。せっかく立ち上がったのに、またひれ伏すアサクラ。

「うぐぅ……、なんか見える……。ツリー……?」

 うつ伏せで遠くを眺めたアサクラは、なにかを見つけた。

「木?そんなもの……、ホントね……」

「だれか乗ってるみたいだねッ!」

 エイプリルとスピラもそちらを見る。確かに、100mほど先に、青々と茂る不自然な木が一本立っている。その上に腰掛ける人影も。

「[キャンセル]、行ってみますダ?」

「そうね、気になるし」

 三人は、奇妙な木に向かって歩き始めた。地に伏せていたアサクラは取り残される。

「ゼイ……、魔王ちゃんのこと置いていきやがった……。ドゥ・ノット・レット・ゴウ……逃がさねぇよ[空間転移テレポート]だっ!」



「ふはは!スロウだったな!」

「……なんであんたが先にいるのよ?」

 奇妙な木の前で仁王立ちするアサクラ。エイプリルとブレインがジト目を向ける。

「なぁに〈四字構成ワードクラフト〉に掛かれば、テレポートなどイージーよっ!」

 ピースサインで笑う。が、エイプリルらはその脇を通って、木の上の人に話しかけた。

「イグノア!?」

「うっさい……、そこのあなた?あたしの声が聞こえているなら、応答して頂戴?」

「……」

 木に腰掛ける緑髪に緑のパーカーの少女。身長はエイプリルより一つ上、十四歳程だろうか。後ろ姿に話しかけたものの、返答はない。スピラも声をあげた。

「みどりのおねーさんッ!スピラと遊ぼうよッ!」

「……ッスね」

「きこえないよッ!もっかい言ってほしいなッ!」

 スピラの大声に、身体を動かす少女。スピラがもう一度叫ぶ。

「はぁ、五月蝿うるさいッスねぇ。聴こえてるッスよ」

 不機嫌な声で、木に腰掛けたまま振り返った少女。瞳も緑色で、緑の大きな丸眼鏡をかけていた。

「まずは[ラップウィズアイビー]ッス。ミーの眠りを妨げるってことは、相応の用事があるわけッスよね?」

 見るからに苛立っている少女は、右手に持った枝を振り、詠唱した。四人の足下から無数のツタが生え、絡みつく。

「なんのつもりですダ。敵……ですダ?」

「『なんのつもり』ッスか?青いの、君たちこそ、なんのつもりッスか?気持ちよく寝ているミーを、いきなり大声で起こすなんて、非常識ッス」

 お互いに敵意を剥き出しで話す少女とブレイン。だが、こちらは身動きが取れない上、相手の方が高い所にいる。圧倒的な優位性を前に、ブレインは口を閉じるしかない。

「ほら、なんか言ったらどうッスか?」

 その優位性を存分に活かし、魔王討伐一行を煽る少女。相当苛立ちが激しいらしい。

「ごめんなさい。あたしはエイプリル、こんな平原に木が生えていることが気になってしまって……。落ち着いて話を聞いてくれる?」

 自らの過失を認め、エイプリルは謝罪する。緑の少女は重く頷き、枝を振る。太いツタが枯れ、光となって消える。

「……こちらもいきなり失礼したッス。ミーはスピナト、〈草原の案内人〉を名乗ってるッス」

 木の上で軽くお辞儀する、緑の少女『スピナト』。エイプリルは、スピナトを味方と判断し、警戒を解いた。

「草原の案内人ねぇ……」

「まあ自称ッスけど、何でも訊いてくれッス」

 ただ、肩書きが非常に胡散臭い。そこが、エイプリルの不安だった。

「妙な雰囲気ですダ。生きてますダ?」

「……一応生きてるッスけど」

「胡散臭い奴ですダ。あねさま、この緑の、本当に信用して良いのですダ?」

「さっきから、随分失礼ッスね!青いの!」

 先制攻撃を受けたことを根に持っているのか、エイプリルの後ろで嫌味を言うブレイン。アサクラは、ブレインの別の思考を読み取り、エイプリルに助言する。

「エイプリル、幻者についてディスカッションしたっけ?」

「そういえば説明してなかったわね」

 幻者の説明の前に脱線してしまっていたことを思い出し、二人を呼ぶ。

「なにかなッ?」

「幻者の説明。幻者は自然的な魔法が得意よ。でも、一番の特徴は身体の軽さ。具体的には分からないけど、とにかく軽いの。理由は解っていない。そも、どうやって生まれているのか解っていない、謎の種族ね」

 光の文字で、さらさらと解説するエイプリル。木の上のスピナトも頷いて聴いていた。

「個体差はあるッスけど、大体的を得てるッス。なんッスか?新人育成ッスか?」

「ロン、違う……とも言い切れないな。ビーボーン二日ってとこだし」

 スピナトの疑問にはアサクラが答える。第一印象は拭えたようだ。

「ふーん。ところで君たち、何してるッスか?家出ッスか?」

 それはそうと、こんな所に少女が来るのは珍しい。スピナト理由を尋ねた。

「あたし達は、魔王討伐の旅をしてるの。あたしが指揮のエイプリル」

「槍のスピラだよッ!」

「枷のブレインですダ。」

「魔王のアサクラですよー」

 自己紹介を兼ねて、自分の旅の目的と役職を言う魔王討伐一行。

「ふーん……、は?え?魔王ッスか!?この黒いのがッスか!?」

「ブラック言うな!魔王だぞ!」

 やはり、魔王討伐メンバーに魔王がいることに虚を突かれるスピナト。

「そ、それよりも、訊きたいことがあるの。スピナトさんの管轄だといいのだけど」

「あ、なんッスか?出来れば手短に頼むッス。ミーはこの平原と、その周辺なら何でも知ってるッス」

 あくびをしながら、眼鏡を直し枝を掲げるスピナト。事実に驚いただけで、魔王に興味はないようだ。

「えっと、〈血塗られた森〉について教えて欲しいの」

 エイプリルが〈血塗られた森〉のことを口にした瞬間、スピナトは露骨に顔を歪めた。すぐに、スピラとブレインがエイプリルの背後に隠れる。

「あそこッスか?エイプリル、ッスっけ?あんた、何をそんなに死に急ぐッス?」

「ワオ、酷い言われようだぁ……」

 唾でも吐きかねない形相に、一同は震えだす。スピナトはさらに続ける。

「あそこにいるのは、恐怖と絶望、死だけッス。あそこから帰って来ない人を何人も見てきたッス」

「ヤバい所ですダ……。」

 ブレインは縮こまってしまった。前に立つエイプリルも、冷や汗をかく。

「あの林には入らない方が、いや、近づかない方がいいッス。ミーからの警告ッス」

 地に暗い影を落とし、重く囁くスピナト。丸眼鏡の反射で目は見えないが、その目も陰っていることだろう。

「おねーさんも一緒に行こうよッ!」

 しかし、スピラは一切の忠告を聞いていない。この発言にはスピナトも混乱した。

「……こいつ何言ってるッスか?アホッスか?さっぱり分からないッス」

「その……、あたし達は、そこのバケモノを倒しに来たの」

「魔王は黒いのッスよね?バケモノはただの狂人ッスよ?」

 魔王よりも優先することなのかと、訝しむスピナト。

「ブラック言うなって!バケモノバスターは寄り道だよ」

 後頭部に結んだアゲハの大リボンを振って、アサクラは抗議する。

「寄り道ッスか……、後悔するッスよ」

「それは大丈夫。あたしは既に悔やんでいるから……」

「先悔ッスか……。指揮官は大変ッスね……」

 後悔は既に終わったと、自嘲気味に笑うエイプリル。スピナトは同情を禁じ得ない。

「そんな趣味悪いとこ行くッスより、もっといい場所を教えてあげるッス。〈草原の案内人〉の誇りにかけてッス!」

 肩をすくめ、枝を立てて挑発的に笑うスピナト。丸眼鏡の奥の瞳も輝いている。

「楽しいとこ教えてほしいなッ!」

「どうせなので聴いてやりますダ。」

 スピラとブレインは乗り気らしい。すぐに木の下へ駆け寄る。

「青いのは、礼儀がなってるッスか、なってないッスか……。とりあえず[スタム・ド・チェアー]座るッス」

 頼られることは嬉しいらしく、スピナトは枝を振り、切り株を出現させた。スピラとブレインが躊躇なく座る。エイプリルも、土を払って静かに座った。最後にアサクラが、座る前に一言。

「さっきから思ってたんだが、中までグリーンで統一なんだねぇ♪しかも中々アダルトっぽいランジェリーじゃん♪」

 パーカーの裾をアサクラから覗かれていたことが判明。うっすら緑掛かったチークが分からなくなるほど、真っ赤に染まる顔。シュバッと、今までの行動からは想像出来ないほどの素早さで、裾を押さえて飛び降りる。

「~~~ッ!![ルートピアシードリル]!!今すぐ死ねッス!!!」

 体格より静かな音で着地したスピナト。と、同時に、アサクラが座ろうとした切り株が、捻れた木の根の槍に変わる。アサクラは素早く飛び退く。緑の揺らぎを纏ったスピナトは、しゃがんだ状態から、後方の木の葉を無数の刃にして飛ばす。アサクラも、宙に浮く半透明の六角形が連なった盾で応戦する。何気無い平原が一気に修羅場と化した。

「待ちやがれッス!![カッターシャード]!!ぶっ殺ッス!!!」

「トライイッツ!![強固空鏡ヘキサゴン]!!ハッハァ!!」



「こ、これだから魔者の相手はしたくないッス……」

「魔王から見れば、まだまだスイートだねぇ!その合わないパンツやめたら?」

「こいつ……ッ!」

 約六分後。魔精が尽きて、葉が無くなった木のふもとに座り込むスピナトと、魔力を消費したため消耗のないアサクラ。実力の差は歴然だった。

「……スピラ。とりあえず盾割って吹っ飛ばしといて」

「わかったよッ![ガードクラッシャー]![エアーボム]!」

「えっ?ちょっ!?うわあぁぁぁ……(キュピーン)」

 調子にのるアサクラを場外へ。展開された盾を、波動で概念的に破壊、空気圧で吹き飛ばした。ついでにブレインが、スピナトに回復増進と疲労感軽減を与える。

「これでよし。あたしの連れが、本当に申し訳ないわ」

「[セルフリカバリー]。流石にあれは酷かったですダ。」

「何者ッスかお前達!?」

 どれだけ攻撃しても割れない盾に、その盾を容易く破壊した上で彼方へ飛ばす。実質瞬間回復まで使われる等、強力な技のオンパレードに、スピナトは動転してしまった。

「魔王討伐一行を名乗って……、名乗ったよね?」

「理解してない緑のに、一応言っておきますダ。貴方、魔王と一騎討ちしましたダ。更に言うと、ブレインも魔王製ですダ。」

 強さの理由とまではいかないが、魔王と魔王製鉱者、魔王討伐を依頼された存在がいることを改めて説明する。

「そういえば魔王だったッスね、あの黒いの」

 アサクラが飛んで言った方角を、ぼんやりと眺めて呟く。

「早くおはなし聞きたいなッ!」

 切り株の上に立って、スピラが跳ねた。それなりの時間が経ち、暇だったようである。

「おっと、そうだったッス。さて、どんな場所から説明するッスかねー」

「はいッ!たのしい場所がいいなッ!」

 丸眼鏡のブリッジを指で支えるスピナトに、スピラが挙手して提案する。スピナトは頷き、語り始めた。

「了解ッス。楽しい所といえば、あちらの方にある、〈太陽の種〉ッスねー」

「たいようのたねッ!すてきな名前だねッ!」

「ミーが付けた名前ッスけどね。あそこは大きな向日葵が咲いており、明るいッス。また、人を愉快な気分にする香りが漂ってるッス」

「スピラと行くと危険ですダ。」

 手を叩いて喜ぶスピラを見て苦笑するブレイン。エイプリルも頷いた。

「確かに、解放されなさそうねぇ」

「ブレインは、薬学知識を得れる場所が気になりますダ。」

 次に手を上げたブレインは、薬草群生地帯について訊ねる。スピナトは、少し考えて話し始めた。

「君、回復専門ッスか?結構あるッスけど、そうッスねぇ。あっちの方角にある、〈不死鳥の巣〉がおすすめッス」

「不死鳥、ですダ?蘇生薬ですダ?」

 ブレインの仮説をスピナトは肯定する。

「そのとおりッス。『ヒトリ』という薬草で、心臓に衝撃を与える薬になるッス。濫用禁止ッスよ?」

「わ、分かってますダ。」

 思ったよりも危険な能力に焦るブレイン。エイプリルはそんなブレインを見て微笑む。

「ふふっ、ブレインなら大丈夫よ。スピナトさん、あたしからもいい?」

「構わないッスよ」

 エイプリルの質問は、他二人と比べると、少々つまらない内容だった。

「この平原で、なにも無くて、やたら広々した場所ってあるかしら」

 それを聞いたスピナトは、小さくあくびをして、首を傾げながら答えた。

「ふあ……そッスねー。……あるにはあるッスけど、そんなこと聞いてどうするッスか?修行ッスか?」

「成る程、そうゆうことですダ。流石あねさま、考えましたダ。」

 スピナトには質問の目的がさっぱり分からないようだが、ブレインは理解し、エイプリルに尊敬の目を向けている。

「後で説明するわ。教えてもらえる?」

「まあいいッスよ。丁度、君たちが来た方角から〈血塗られた森〉まで、距離までは分からないッスけど、幅は2kmほどッスかね?〈王の進軍〉があるッスね」

「やっぱり……、はぁ」

 〈王の進軍〉について知ったエイプリルは、灰色のローブをひるがえして、大の字に倒れた。

「なんにもない所を延々と歩いていたのね……。疲れる訳だわ……」

「ですダ……。信じたくないですダ……。」

 隣にブレインも倒れる。続いてスピラも来た。

「スピラは歩くの楽しかったなッ!」

 スピラは倒れこむというより、飛び込んでいた。

「……あまりにここがなにもないから、〈王の進軍〉中腹地点に木を立てて寝ていた、ってことは言わない方がいいッスかね……?」

 眼鏡のつるの部分を摘まんで、控えめに呟くスピナト。当然ながら、ブレインの藍の目に睨まれる。

「既に言ってるから意味ないですダ。」

「ッスよねー……」

 緑パーカーのフードを被り、目を逸らすスピナト。ブレインがタメ息を漏らす。

「まったく。追加で訊きたいことがありますダ。緑の、よろしいですダ。」

「この流れを利用するッスか。構わないッスよ」

 スピナトが許可すると、ブレインは、アサクラが飛んで言った方向を指差した。

「キングが向かった先には、何がありますダ?こうも帰りが遅いと心配ですダ。」

「キング?黒いののことッスか?あそこなら……。あっ(汗)」

 ブレインが指す先を眺め、思考した直後。急に冷や汗をかきはじめるスピナト。

「え?なにか、まずいことでもある……、みたいね……」

 頬を掻くスピナトの目が泳いでいることで、何らかの被害を察するエイプリル。

「ええとッスね……、最近のことッスけど、あっちの方に〈魔精吸収エムピードレイン〉が発生しているッス。ミーは〈魔精渦〉と名付けたッス」

「あー、〈魔精吸収エムピードレイン〉ねぇ……。まあ、アサクラなら大丈夫でしょ」

 おそらく大丈夫だろうと、ひとまず胸を撫で下ろす。〈魔精吸収エムピードレイン〉とは、魔者を除く全ての種族に絡みつき魔精を奪う、タコ足状の半動物物体だ。捕まったが最後、疲労感他諸々に苛まれ、開放される頃にはすっかり動けなくなってしまう。生態が一切解っていないが、人を殺さないのは間違いない。

「助けに行かないのですダ?」

「呼ばれたら行くけど、あたしたちの方が危ないのよね」

 救助を渋るエイプリル。理由は単純。アサクラは魔者だから、魔精を奪われないためだ。そうこう言っていると、不意にブレインの頭の中に、声が聴こえた。

『[念射通話テレパシー]!ヘルーゥプッ!メェーデェーッ!やめろこっち来rひきゃぁぁぁっっ!?!?』プツッ。

 脳内に響く救助要請。直後、微かな水音と甲高い悲鳴。

「……普通に襲われてましたダ。」

「マジですか……」

 ブレインが真顔で報告すると、ブレインに何が起きたのか、直ぐに把握したエイプリルは、端正な顔をしかめる。

「そろそろ行く感じッスか?ミーはここから動けないッスけど、そッスね。来いッス、青いの」

「ブレインですダ?なんですダ、緑の?」

 相も変わらず牽制しあう二人。だが今回の蔑称には親愛の念が込められていた。

「ここで会ったも何かの縁ッス。ミー秘蔵の、魔精活性の生薬をくれてやるッス」

「頭痛薬の方が欲しいですダ……。さっきのテレパシーのせいで、頭が痛いですダ。で、何故ブレインなのですダ?」

 嫌われている筈のブレインに、物を譲渡しようとするスピナトを訝しむ。スピナトは、チークに隠しきれていない紅い頬で、呟いた。

「……君を気に入ったからッス、ブレイン。……ここまでミーと面向かって反抗心を見せたのは、君くらいッス」

 スピナトの告白を、一瞬理解が追い付かず、瞬きをするブレイン。だが、内容を把握した瞬間、青白い顔を真っ赤に染めた。

「~~ッ!……仕方ないですダ。貰ってやりますダ。……スピナト。ありがとう、ございますダ。」

 お互い目を逸らしながらも、相手を認め、初めて名前で呼ぶ。

「さ、さっさと持っていけッス!ミーはこれから眠る必要があるッス!」

「わ、分かってますダ!あー急がないといけませんダ!」

 照れ隠しにより、素っ気ない態度での受け渡しになった、薬が入った布袋。スピナトが投げた布袋を、空中で掴むブレイン。

「……?なんか負けた気がするよッ?すごく悲しいなッ?」

「どうしたのスピラ?とりあえずこっち来る?」

「なんか、ブレインちゃんに負けた気がするなッ?ふくざつなおとめごころ、かもッ?」

 二人のやり取りを眺めていたスピラが、何故か涙目でエイプリルに駆け寄る。エイプリルは、とりあえず抱いて頭を撫でておいた。

「あっ、スピラ卑怯ですダ!また会いましょうダ!緑の!」

「無駄遣いするんじゃないッスよ!青いの!」

 慌ただしく走っていくブレインの背に、スピナトが叫んだ。魔王討伐一行は、スピナトの声を背負って、旅を再開した。

『やだッ!ねぇねはスピラのだよッ!ブレインちゃんには緑のおねーさんがいるじゃんッ!』

『それとこれとは別ですダ!早く離れて下さいダ!』

「……五月蝿いッス。まずは木の修復ッスね。……黒いのは絶対に許さないッス(怒)」




 〈血塗られた森〉。闇の中、赤い右眼をギラギラと燃やす、血に染まった女がいた。

『エモノのヨカンだぁ……。キヒヒ!セイゼイ、タノしませてモラうぜ?』

  〈NEXTto『呪血弾薬ブラッドブラスター』〉

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