「猫でもわかるお勉強ってとこだねぇ」

 フグサシ領フグサシ平野。草原に寝そべり、よく晴れた大空をあおぐ者が四人。

「サバイブ……、生きてるってグレイトだね……」

「本当ですダ……。無茶しないで欲しいですダ……。」

「ごめんね……、生きててよかったわ……」

 魔王討伐一行だ。死線を生き延びたような、なんともいえない遠い目をしている。

「スピラは楽しかったよッ!」

 スピラは例の飛び降りを楽しめたらしい。早くも立ち上がり、伸びをしている。

「みんな起きてよッ!遊ぼうよッ!」

 復帰直後だというのにも関わらず、元気いっぱいなスピラ。その様子を見たエイプリルも、ゆっくりと立ち上がる。

「遊びはしないけど、そうね。十分休憩したし、出発しようかしら。帽子、帽子っと」

 灰色のローブとセットの、大きい三角帽を探すエイプリル。隣では、魔王アサクラが黒い半袖セーラー服の草をはらい落としている。

「とはいうものの、ウェア行けばいいのやらドントノウだ」

「わっかりにくい文章ですダ。」

「シャラップ!別にいいじゃん!」

 愚痴りながらブレインも立ち上がる。

「テキトーだよッ!取りあえず歩こうよッ!」

「そうね、のんびりいきましょ」

 スピラとエイプリルの二人が、並んで歩き始める。後ろから

アサクラとブレインも続く。

「あ、今気付いた。あんたたちの正体」

「「?」」

 広大な草原を散歩しながら、エイプリルがそう呟いた。

「〈鉱者(こうしゃ)〉ね、きっと」

「鉱者、ですダ?」

 エイプリルの右側に並んだブレインが、聞いたことのない言葉に首を傾げる。

「そういえばあんたたち、この世界に生まれたばかりね。いい機会だし、この世界のこと教えたげる」

 指を立てたエイプリルは、空中に光の文字を書き始める。

「まず、この世界には五つの種族があって……」

「ストップストップ!どーやってんのそのレター!」

 講義が始まった瞬間、抗議するアサクラ。空中に書く光の文字が気になるらしい。

「え?修行の賜物たまもの?魔素燃やせば光るでしょ?」

「ロジックじゃそうだけどさ……」

 仕組みは解ったが、どうにも飲み込めない様子のアサクラ。エイプリルは、そんなアサクラをよそに講義を再開した。

「続けるわよ。この世界の種族は、『思者ししゃ』『魔者ましゃ』『和者わしゃ』『鉱者こうしゃ』『幻者げんしゃ』の五つ」

「いっぱいだねッ!」

 エイプリルの講義に聞き入る二人。

「特徴としては、思者は器用な魔法、その思者が魔素を取り込んだのが魔者。魔法が総合的に得意ね、不器用だけど」

「魔者は『魔力』の概念があるのもポイントだな」

「マリョク……ですダ?」

 魔精、魔素に似た新しい単語に、早くも混乱し始めるブレイン。

「魔精の代わりのタンク、マジックサーバーのことだ。魔王ちゃんが万智万能(セミアカシックレコード)をユースキャンなのも、これが代わりにコンシュームされるからだね」

「あんたも難儀な喋り方ねぇ……」

「魔王ちゃんのアイデンティティだからねぇ」

 カナを用いすぎて謎言語と化しているアサクラ語。その道に精通しているエイプリルは解読出来たが、ブレインには理解出来なかったようだ。頭を抱えて唸っている。

「さっぱり分かりませんダ……。」

「まあ、ここは分からなくても構わないわ。次の説明に移りましょ」

 腑に落ちないながらも、頷いたブレイン。エイプリルは、和者と鉱者に光の下線を引く。

「和者は、動物が魔素を取り込んで、人の姿をした種族。物理的な魔法を得意とするわ。鉱者があんたたち、モノが魔素を取り込んで、人の姿をした種族ね。使える魔法は、極端だけど強力。頼りにしているわ」

「ちなみに鉱者は、ユーザーと能力、つまり特質をワンサイドでシェア出来る。サポートが得意な種族だぞ」

 鉱者の字を丸で囲み、ここぞとばかりに称える二人。ブレインは青白い頬を染める。

「御期待に応えれるよう頑張りますダ。」

「グッドラック!がんばれよー!」

 アサクラの声援に、ブレインは親指を立てた。

「で、最後は幻者だけど……、スピラは?」

 解説を再開しようと思ったところで、隣にいるはずの、橙の少女がいないことに気付く。

「え?スピラならゼアー……ザッツ?」

「ブレインも知りませんダ。」

 周りを見渡す三人。よく見ると、遠くに大小二つの人影が見えた。スピラの声も聞こえる。

『おねーさんッ!なにしてるのかなッ!』

「ファンディット!見つけた!」

「いつの間にあんなとこまで!?」

 駆け足で向かう三人。もしかしたら拐われたのかもしれない。そんな不安が焦燥感になる。



「……おねーさんッ!遊ぼうよッ!」

「んー?あたしかい?なにしましょうかー?」

 全力疾走で来た三人だったが、会話の内容に呆気をとられる。

「スーピラァ?なぁにしてるのー?(怒)」

「ん!ねぇねも遊ぼうよッ!」

 勝手に傍を離れたスピラを怒ろうとしたエイプリルだが、スピラの純粋な瞳に、思わず両手を挙げる。

「……あーもう!わかった!遊びましょ!先も長いし!」

「やったーッ!」

 やけくそで叫ぶエイプリル。と、そこへ、先程までスピラの相手をしていた人が近づいてくる。

「お嬢さんの連れかい?あたしだから良かったものの、悪い人に連れてかれちゃあ大変だからね。以後気を付けたほーがいいよ……、おや?」

 鉄の軽鎧にバケツ状のグレートヘルム、肩には長柄武器のハルバードを担いでいる。一目で兵士だと分かるその女性は、初対面のエイプリルにも気さくに話しかけてきた。

「ごめんなさい、以後気を付けるわ……、あれ?」

 素直に頭を下げるエイプリルだったが、顔を上げて驚いた。そのグレートヘルムに見覚えがあったのだ。

「あんた、さっきの箱運んできた……」

「奇遇だねえ!『まほうつかい』のお嬢さん!」

 あの、休暇を貰った瞬間一目散に帰った兵士だ。向こうもエイプリルを覚えていたようで、数時間ぶりの再会となった。

「ユーが運んでくれた人?センキュー!魔王ちゃんはアサクラと申す。ナイストゥミートゥー♪」

「こ、これは丁寧に魔王様、あたしはフグサシ王国直属の兵士長、『キッサ』といいます。あー、どもです」

 飄々とした口調だった女兵士キッサは、アサクラに話しかけられた途端、グレートヘルムを外して敬礼した。さすがに魔王相手では緊張するらしい。

「これが和者ですダ?独特な耳が有りますダ。」

「おおうびっくりした!魔王様、この子は?」

「ダ。ブレインですダ。」

 アサクラの後ろから顔を出したブレインに驚くキッサ。その声にさらに驚いたブレインは、また頭を引っ込める。

「飲み込みが早いと教えがいがあるわね。この人は猫の和者みたい」

 グレートヘルムを外したキッサの顔には、ピンク色の小さな猫の鼻があり、茶色と黄土色が交ざった髪からは、猫の耳が覗いている。背後では尻尾も動いている。猫らしいパーツが、大人びた立ち姿に愛嬌を与えている印象だ。

「はい?確かにあたしは猫の和者だが、なにか?」

「さっきまで種族の話をしていたの。気を悪くしたなら謝るわ」

「そんな、全くだよ!この姿で二十六年生きてきたが、そんなに新鮮な反応は珍しくてさ」

 キッサとエイプリルがお互いに礼をし合う。二十五を過ぎた大人が齢十三の娘と頭を下げている光景は、いささか珍妙だ。と、その間から顔を出す幼女。

「はやく遊ぼうよッ!」

「あんたそればっかりね……」

「遊びたいんだよッ!なにかしようよッ!」

 ぴょんぴょんと跳ねて意思表示するスピラ。外観を考えると確かに遊び盛りの年齢だが、魔王討伐の旅だというのにこの調子だと、先行きが不安に感じるエイプリルだった。

「おやおや、さっきの話を聴くかぎり、嬢ちゃんはお勉強から逃げてきたようだねぇ」

「おべんきょはつまらないからねッ!」

 満面の笑顔で応えるスピラの頭を撫でながら、発達した八重歯を覗かせるキッサ。

「ぃよし!あたしが和者について簡単に教えてあげましょう!和者として二十六年生きるあたしの経験譚さ!」

「聞きたいですダ。早く始めて下さいダ。」

「そっちの嬢ちゃんは、えらく乗り気だね……」

 意気揚々に胸を張るキッサ。スピラに教えるつもりなのだが、ブレインの方が興味津々に食いついてきた。

「おもしろいのかなッ?」

「もちろんとも!始めましょう!」

 スピラも興味が湧いたようで、前のめりになっている。そんな様子を後ろから眺めながら、エイプリルとアサクラは会話する。

「彼女に任せてファインかねぇ」

「まぁ、大丈夫でしょ。大人だし」

 完全に保護者目線のエイプリルら。斯くして、和者による和者の講義が始まったのだった。



「そんじゃあ、まずは和者の定義から。わかるかい?」

「動物が魔素を取り込んだ状態ですダ。」

 ハルバードの石突いしづきで、草の地面に文字を書くキッサ。

「どのような条件で魔素取り込むか、なら?」

「条件……ですダ?」

 自身の知識に無いことにはめっぽう弱いブレイン。対してスピラの方は、なにも怖れず勘で答える。

「和者になりたかったらだよねッ!」

「正解!」

「うそでしょ!?」

 実に単純な法則に崩れ落ちるエイプリル。そんなエイプリルの姿に、キッサは苦笑い。

「厳密には、人の姿に憧れたら~、みたいな感じだけどね」

 気を取り直して、と、キッサはハルバードを握り直した。

「和者は、基本的には原形が残る。あたしの場合は耳、鼻、毛色、そして尻尾だね、ほら」

「気持ちいいよッ!」

 キッサが尻尾を揺らすと、すぐにスピラが飛び付いた。ブレインは衝動を抑えたようだが、やはり気になるらしく、指が震えている。

「ぶ、ブレインは誘惑には負けませんダ……。」

「どした?まあいいや。和者の得意な魔法形状は?」

 キッサとしては誘っていた訳ではないようで、ブレインの態度に首を傾げつつも話を続けた。

「あ、それなら分かりますダ。物理的な魔法ですダ。」

 指を立て、自信満々に答えたブレイン。しかし、何故かキッサは意地悪な笑みを浮かべる。

「そうだねぇ!じゃあ、〈物理的〉の定義は?」

「て、定義ですダ?実体があるなら物理じゃないんですダ?」

「ふっふ、その理論なら、木を生やしたり大地を隆起させたりする魔法も物理的魔法でしょうか?」

「違うのですダ!?」

 物理的魔法の定義を尋ねるキッサを前に、自分の常識が通用しないことに困惑するブレイン。キッサは更に問う。

「これなら?武器に炎を纏ったり、風で跳躍力を得る魔法は、物理魔法と言えない魔法でしょうか?」

「実体がないから違うんじゃないのかなッ?」

 もったいぶった言い方に、スピラも混乱してきた。

「ふっふ!答え合わせをしましょう!危ないから離れて嬢ちゃん!」

「えっ!?す、スピラ!こっち来て!」

 高らかに宣言し、ハルバードを振り回すキッサ。息を吸い込んで、深く構える。スピラは急いでエイプリルの後ろに隠れた。

「いくよ!燃え上がれ![バーニングアクス]!」

 ゴウッ!勢いよく振り下ろされたハルバードは、その摩擦で火が灯ったように錯覚される。振り下ろした軌跡には火の粉が散る。ハルバードを振りかぶり、もう一息吸うキッサ。

「かーらーのぉ![ジャンプ]!そいやっさぁーっ!」

 ディンッ!キッサが居た筈の地面が抉れた。深い姿勢から繰り出された跳躍は、最早極低空飛行といった速度。背中に回されたハルバードが、遠心力で再度振り下ろされる。

グオンッ!ザンッ!轟音を立てたハルバードの着撃場所周辺には、チリチリと火の粉が上がる。同時に、草が焼け焦げる独特の匂いも。深く腰を落として着地したキッサは、煤けたハルバードを足下に落とした。

「っと、こんなもんでしょう。兜取ってくれー」

「投げるよッ!それで、答えってなにかなッ?」

 肩を回しながら、グレートヘルムを要求するキッサ。スピラとブレインは、目を輝かせて駆け寄る。

「〈あたし〉は、土や木を生やすことが物理的ちからわざとは思わない。逆に、火ぃ点けたり、跳んだり。こーゆーのが力業ぶつりてきだと考えるのさ」

 グレートヘルムを被りながら語るキッサに、エイプリルが確認する。

「危ないわね……。つまり?物理的だと〈認識〉した魔法が物理的魔法ってこと?」

「そうそう、まさしくそれさ」

「なにその暴論……」

 要は物理っぽいと思ったら、物理的魔法に当てはまるらしい。いっそ清々しいほどの暴論に、エイプリルは天を仰ぐ。

「さて、あたしが教えてやれるのはこのくらいだね。実演は迫力があったでしょう?」

「成る程、ありがとうございましたダ。理解不能であることが理解できましたダ。」

 遠い目をしながらも深々と頭を下げるブレイン。そんなブレインに苦笑いを思わせる声を向けるキッサ。

「そ、そうかい?そいつは悪かった……。詫びと言っちゃあなんですが、魔王様」

「オッ、オウ?なに?魔王ちゃんかい?」

「あんた今寝てたでしょ……」

 目を擦りながらアサクラが応答する。アサクラには既知の内容だったようだ。

「ここの先に、林があるでしょう?あの林の名前を教えましょうかと」

「名前……?なんでそんなことを……、アサクラ?」

 知らずともよいような情報に、エイプリルはいぶかしむ。が、隣のアサクラは真面目な顔になっている。

「ジャストインケース。一応聴いておこう、エイプリル」

 険しい表情のアサクラは、妙な胸騒ぎを感じていた。キッサに続きを促す。

「正しい判断です魔王様。この先の林の名は……」

 今までのざっくばらんな声色から一転、重い空気を吐き出す。果たして、口にしたことは二言だった。

「……林の名は〈血塗られた森〉。『自称、バケモノ』の住まう地です」

「バケモノを名乗る者、ですダ?狂っているとしか思えませんダ。」

 藍色の目を細めるブレインに、キッサは大きく頷く。

「そうなのさ。遠目で見たことがあるが、〈ヤツ〉は完全に狂いきっている。平和な世に、わざわざ血雨を降らせるなんて、イカれてるね」

 肩をすくめ、空笑いの声を響かせる。

「あたしからの警告さ。あの林には入らないほーが、いや、近づかないほーがいい。ま、警告は他人の受け売りなんだが」

 ハルバードを肩に担ぎ、キッサはタメ息を吐いた。

「オーソー……。ありがたいインフォメーションだ」

 アサクラも深刻そうな顔で呟く。

「ねぇね!行こうよッ!スピラは気になるなッ!」

「さっきの話聞いてた!?」

 だがしかし。暗い雰囲気など知ったことかと言わんばかりに、遠くを指差すスピラ。

「……確かに手合わせしてみたいですダ。」

「ブレインまで何言ってるの!?」

 更にはブレインも、額に手を当て遠くを見る。

 そんな彼女らを見たキッサは、俯いて肩を震わせる。

「……」

「ご、ごめんなさいキッサさん!あたしはしっかり警告を理解したわ!」

 警告を無視するスピラとブレインに、キッサが腹を立てていることを感じ取ったエイプリル。すぐさま頭を下げる。しかし、再度グレートヘルムを外したキッサの口から放たれた言葉は、予想だにしなかったものだった。

「……これはこれは、ふっふ!本当に面白いね嬢ちゃん達!あたしは勝てないと諦めたけど、君たちならいけそうじゃあないか!?実際あたしも見ただけだし?挑戦してみるのも一興でしょう!」

「え?えぇ!?それでいいの!?」

 親指をビシッと立て、今日一番の笑顔を見せるキッサ。震えていたのは笑っていたらしい。的外れの謝罪をしたエイプリルは、何が起こっているのか、混乱状態だ。

「シュッドビーソウ!そうこなくっちゃ!フェイバリットさ、キッサ!」

「ねぇねも倒そうよッ!バケモノさんッ!」

「あねさま。ブレイン達ならいけますダ。」

 段々とお祭り騒ぎになってきた平野。エイプリルは、顔を真っ赤にして吠えた。

「あーもう!わかったわよ!どうせあたしに選択肢は無いんでしょ!」

「オフコース!そうと決まればセットオフ!」

 エイプリルの同意を得て、直ぐに出発しようとするアサクラ。その後ろ姿をキッサが呼び止める。

「あ、すみません魔王様。一ついいですか?」

「ワット?」

 思わずこけそうになったアサクラに、思いを吐露する。

「……何故こんな所にいるのでしょう……?……魔王様が魔王を倒しにいっているのでしょうか……?……どうしても気になってしまいまして……」

「「「あぁ……」」」

 グレートヘルムを被り直し、ボソボソと呟くキッサ。スピラを除いた三人は、一斉に目を逸らした。

「馴染んじゃって忘れていたわ……。こいつ魔王だった……。付いてくる理由訊き忘れてた……。」

「キング……?ここは説明するべきですダ……。」

「おおブレインよ……。ユーも魔王ちゃんを魔王とコールしてくれんのか……」

「そういうのいいので説明して下さいダ……。」

 言われて見れば当たり前のことの重要事項を訊き忘れていたことに気づいた二人。当のアサクラはアサクラで目が泳いでいる。訊かれたくないことだったらしい。

「あー、訊いちゃいけないことでした?」

 グレートヘルムの上から、頬にあたる部分を指先で掻くキッサ。逃げられないと悟ったアサクラは一つ、観念したような大きなタメ息。

「ドントラフで聞いてくれよ……。えっとだな……、まずな、魔王討伐の依頼主はな……フグサシキングじゃなくてだな……」

「なによ、歯切れ悪いわね」

 言葉に詰まっているアサクラをエイプリルが急かす。

「…………依頼主、魔王ちゃんなんだわ」

「…………は?」

 絶対的に有り得ない一言に、この場の全員が凍りつく。あのスピラさえも、思考を停止してしまっている。

「……そのだな、魔王ちゃんは、リージョア、暇だったんだよね」

「……」

「……ちょっとだな、キリングタイムにと……」

「……」

 一気に静まり返った草原。アサクラの話は、放心状態の皆には届かない。否、一人、辛うじて正気を取り戻した者がいる。

「……仕方ないですダ。[オブリビオン]。」

 藍色の輝き。ブレインの声が響いた。



「……はて?あたしは何を訊いたんだっけか?」

「知りませんダ。そろそろ出発しますダ。」

 フグサシ領フグサシ平野。ふと意識を取り戻したキッサが、首を傾げる。

「なにか忘れているきがするよッ?」

「気がするだけですダ。そろそろ出発しますダ。」

 同じく首を傾げるスピラ。

「あー、ブレイン?虫の居所が悪いみたいだけど……」

「そんなことないですダ。そろそろ出発しますダ。」

 苛ついているようなブレインを心配するエイプリル。

「ブレイn」

「キングは喋らないで下さいダ。そろそろ出発しますダ。」

「スパイシー!?」

 何故か冷たくされるアサクラ。

「そろそろ出発しますダ。そろそろ出発しますダ。」

「ホントに大丈夫なの……?」

 そして、壊れたラジオのように同じ文章を繰り返すブレイン。その目は、ほとんど光を失っていた。右目の『互』の刻印を除いて。

「とりあえず、先に進もうよッ!」

「ですダ。それでは失礼しますダ。猫のねえさま。」

 二人で並んで先を指差す。特にブレイン。どちらかというとここから去りたいように見える。

「はいはい、急かさないで。色々とありがとうね、キッサさん」

「レッツゴー!モンスターバスターズ!」

 保護者二人も、少々抱いた違和感を捨て、足を進め始める。

「ん?おーう。あたしはこっから応援しとくから、がんばりなよー」

 四人の後ろ姿に、キッサは手と尾を軽く振る。四人も各々手を振り返した。

「またねッ!ねこのおねーさん!」

 最後に、スピラが大きく跳ねて、今度こそ魔王討伐一行は去っていった。

「……あ!思い出した!やっぱ待ってー!」

『残念ながらー、無理ですダー。』




 フグサシ領フグサシ平野。木の上に座り込む人影があった。

『眠いッス……。はぁ……、面倒事の予感がするッス……』

  〈NEXTto『草原の案内人』〉

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