マジックパニック!

へーたん

*始まりの城とエクストラメンバー*

「今日からお主には、魔王討伐の旅に出てもらう」

「はぁ?」


 機巧大国『フグサシ』。その中央に位置する巨大な城に、一人の少女が呼び出された。王が開口一番に発した言葉がコレである。

「はぁ、とはなんじゃ。もう一度言うべきかの?」

「いやさ、いきなり呼ばれたからなんだと思えば、魔王討伐ぅ?」

 身長に不釣り合いな大きい三角帽を被った、輝く白髪の少女は、呆れ顔で不服申し立てる。

「確かにあたしはこの国唯一の『まほうつかい』だけどさ、フグサシの技術力だったら、魔王城も簡単に圧殺できるじゃない」

 少女の意見はもっともであった。実際、フグサシにはそれだけの絶大な軍事力がある。しかし。

「それでは芸がないじゃあないか。魔王たるもの、長い旅の末強くなった者に倒されなければ」

 なぜか魔王サイドで話す王に一蹴された。

「……本当にあたしのこと知ってるの?術具でもないと困るんだけど?」

 この国唯一の魔法使いである十三歳の少女『エイプリル』。切れ長の目は、左右がそれぞれ橙と藍のオッドアイ。相対的な色の瞳は世界に数人しかおらず、特殊な運命を生きる者だが、そんな彼女には致命的な弱点があった。

「敵に会うたびに髪の毛使ってると、あっという間に無くなっちゃうわ」

 前髪を弄りつつ訴えるエイプリル。彼女の魔法は己の信用なるもの、即ち己自身を使用している。そのため、多少消費しても問題ない、髪の毛を術具としているのだ。

「ふぉっふぉっふぉ。そのことについては心配いらん。そこの、例のモノを持ってこい」「はっ、只今」

 傍の兵士に、目線で指示を送る王。兵士は素早く宝物庫へ駆けていった。

「ああ、例のアレも頼むぞい」『えぇ……?承知、しました……』

 王の追加注文に、遠くの足音の間隔が長くなる。

「え、なに?ナニが来るの?怖いんだけど」

「安心せい。ただのプレゼントじゃ」

「ただの、じゃないよね絶対!?」

 兵士の様子から、危険を察知したエイプリルは、冷や汗を流し帰還を待つ。

 数分後。

 先程の兵士に加え、新たに3人の兵士が、二人一組で二つの木箱を抱えてきた。どちらも子供一人分ほどの大きな箱で、幾重にも鎖が巻きついている。

「も、持って参りました、王様……」

「ご苦労。お前達には明日の休暇をやろう」

「っしゃあ!ありがたきお言葉でー♪」

 褒美に休暇を貰った兵士達は、疲れを忘れて走っていった。

「え、大きすぎない?なんか厳重に鍵かかってるし」

 想像以上の大きさの贈物に、後ずさりするエイプリル。しかし王は気にせず命じる。

「鍵は防犯のため棄てた。頼んだぞ」

「はぁ!?それ防犯じゃなくて封印じゃないの!」

 無責任な王に、開いた口が塞がらない。それでもなんとか立ち直り、自身の前髪を一本引き抜き、箱に手をかざした。

「まったく……、離れといて。[ジ・オープン開きなさい]」

 不意に、エイプリルの声が木霊こだました。少女の喉から二人の声、別々の詠唱が同時に奏でられる。その声に反応して、巻きついた鎖がガチャガチャと震えだす。

「おお!流石フグサシ最強の魔法師じゃな!」

「あんたがやらせたんでしょ……。あと、あたし一人だから最強なのは当たり前じゃない……」

 ざわつく城内に響く金属音。やがて音が止んだときには、床に転がる鍵と魔法行使の負荷で燃え尽きた糸屑、封印の解かれた箱が残った。

「で、結局なにが……」

『[虚像構築ホログラム]! ブラボー!』

「!?」

 突然響き渡る詠唱と、空中に浮かぶ四つの文字。『ホログラム』の声に応じ、右の箱からエイプリルに似た容姿の少女が飛び出した。

「さっすが〈二重詠唱セカンドボイス〉だねぇ!」

「いやあんた誰!?」

 エイプリルと対称的な黒髪に、この世界に存在しないアゲハ蝶の大リボン。影を映す右目に対し、つり目の笑顔が刻印された銀色の左目。明らかにヤバい奴だと、臨戦態勢をとるエイプリル。

「やだなー!魔王ちゃんはアサクラだよー!皆知ってるでしょぉ!」

「魔王!?王様!どーゆーことよ!」

 箱から這い出る少女アサクラは、さも突然と魔王を名乗った。エイプリルは、矛先を王に向ける。

「おお、アサクラ殿もイタズラが好きよのぅ」

「フグサシの王と魔王ちゃんは、フレンドなのさ」

 肩を組む双方の王。討伐相手とはとても思えない動作だ。

「王様?なにやってんの?」

「いやの、実際話してみると面白い娘でな。あっちの箱はアサクラ殿の贈物じゃ」

 青筋を立て睨むエイプリルの目線から逃れようと、意識を箱に向けようとする王。その効果は多少あったようで、エイプリルも箱に向き直る。

「てことはナニ?左がフグサシからで、右が魔王からってこと?」

「イエスイエス。とりあえずピックアップ、どーぞ!」

 アサクラの声に、渋々箱を覗き込むエイプリル。

「はぁ、仕方ないわね。えっと……?」

 ・・・。

「どうだ。近接戦闘も可能で良いだろう」

王様からの箱には、格納された、メカニカルな赤銅の槍が。

「どう?オシャレでしょ?クールでしょ?」

魔王からの箱には、複雑な刻印が施された、大きく蒼い、囚人の手枷が転がっていた。

「……他に無かったの?」

「無かったな」「無かったねぇ」

「ハモるなぁっ!」

 エイプリルからの確認に、顔を見合わせる二人。エイプリルは堪らず箱を蹴る。

「まったく……、でもまあ、術具としては一級品だし、試してみるか。[フロゥト・ピックその物をあたしの手に]」

 気を収め、先程とは別の詠唱。少女の声に呼応し、双方の術具が浮き上がる。

「さてと、どれほどのものか……!?」

 エイプリルがそれに触れた瞬間、閃光がほとばしった。同時に、何処からか声が響く。

『私の力が必要か?』

 その声は、神秘的な印象ながらも、幼さを内包した、不思議な魅力を感じさせる声だった。光の中のエイプリルは、魅了されたような虚ろな瞳で、上を見上げて声に応えた。

「いや、別に?」

『エッ?』

「得体の知れないもの使うくらいなら、単身で乗り込むけど?」

『エッ?エッ!?』

 ド正論。思わず謎の声も困惑の声色になる。

『えっ!?とっ、とりあえず契約・顕現する!』

「けい、やく……。けん、げん?」

 自暴自棄めいた勢いで叫ぶ謎の声。エイプリルは理解の追い付かない頭で声の言葉を復唱する。

『[コントラクト]![チャージドヒューマンシェイプ]!』

「っ!魔法詠唱!?」

 ぼんやりとしていたエイプリルだったが、詠唱を耳にした途端、正気を取り戻す。危機管理能力は流石と言える。だが、防御をする暇もなく再度閃光に呑まれる。強烈な『力』の奔流と共に。

「ぐっ!あぁっ!眼がっ、焼けるっ!?」



「大丈夫か?そこの、衛生兵を!」

「思ってたよりストロングな反応……、適性はベリーグッドか……」

 フグサシ城内。突如発生した閃光に、混乱に満ちていた。

「っぅ……?なんなのよ突然……」

「目覚めたか。何があった?」

 光に呑まれ気絶していたエイプリルが、目を醒ます。

「なにがって、コッチが訊きたいわよ……。んん、視界が妙な感じ」

「お主、その瞳……」

「えっ……?っ!嘘でしょ!?」

 王が取り出した手鏡を覗き込み、驚愕の声を上げる。

「なんで、刻印が……?しかも、両目……?」

 エイプリルの両目に、刻印が生じていたのだ。左、橙色の瞳には、逆さ五芒星が。右、藍色の瞳には『互』の超異界文字が。

「契約が成立したのですダ。」

「契約?って、ちょっと待った。あんた誰?」

「チッ、バレてしまいましたダ。」

 自然な流れで話に入ろうとした不審者を問いただす。

「ここが『世界』なんだねッ!なんかカンドーだよッ!」

「もう一人いた!?」

 城内を駆け回る不審者その二もいた。視界がぼやけて詳細はわからないが、とても小さい影を見るに、不審者二人は年端もいかぬ幼女のようだ。

「ンー、じゃ、君たち?自己紹介プリーズ?」

「なんで魔王が仕切ってるの……」

 アサクラの呼びかけに、とてとてと集まる二人。丁度エイプリルの目も慣れてきた。

「わかったよッ!私はフグサシ王国錬成『十三機突ヒトサンキトツノ槍』だよッ!よろしくだよッ!ねぇね!」

 槍と名乗った幼女は、橙の髪と瞳に、褐色肌。はつらつとした印象だが、左眼には逆さ五芒星が刻まれている。

「承知ですダ。私は魔人連合錬成『薬毒枷ヤクドクカセのブレスレイン』ですダ。よろしくおねがいしますダ。あねさま。」

 枷を名乗った幼女は、藍の髪と瞳に、青白い肌。陰りを感じる容姿で、右眼に『互』の超異界文字が刻み込まれていた。

「つまり、あんたたちは、さっきの術具ってこと?」

「その通りですダ。」

 なんと、武器が人の形をとったというのだ。エイプリルは驚きを隠せず、王を睨み付ける。

「どーゆーこと?王様?」

 その王を見れば、珍しく動揺し、狼狽えていた。

「知らん!儂らも愛情込めて造ったが、正直魔法なんぞさっぱり解らぬ!そんな手品など出来ぬわっ!」

 あっちに行ってはすぐ戻るを繰り返す、はっきりいって無様な王の姿に、かえってエイプリルは落ち着きを取り戻していた。直ぐに思考を開始する。

「魔法……詠唱……、魔王?」

「ザッツラァイツ!ブレスレインに、ちょっと細工してみたのですだ!」「らしいですダ。」

 真実にたどり着いたエイプリルのもとへ、アサクラが翔んでくる。

「あんたねぇ……。ま、かさばらないし、結果オーライではあるけど」「ダ。」

 足元の枷の幼女の頭を撫でて微笑むエイプリルは、満更でもなさそうだ。

「でもあたし、自分の物には自分で名前を付けたいの。そっちの……槍だっけ?」

「うゆ?」

 槍の幼女を呼び、目の前に立たせる。橙の瞳を覗き、少し考えた。

「……スピラ」

「?」

 エイプリルの呟きに、大きく首を傾げる槍の幼女。まばたきをする彼女を脇から抱え、はっきりと告げる。

「あんたの名前。槍、〈カナ〉でスピアだから『スピラ』に決めた」

 槍の幼女は小首を傾げた後、目を見開く。左眼の刻印が一層輝いた。

「スピラ……?スピラ!わかったよッ!ありがとねッ!ねぇね!」

 名前を受けた槍の幼女スピラは、理解と同時にエイプリルへ抱き付く。よほど嬉しかったのだろう。尻尾があればブンブンと振り回していそうだ。

「そっちは、ブレスレイン、だったっけ?」

「イエス!腕輪ブレスレットから名付けたのさ」「らしいですダ」

 スピラを一度引き剥がして、アサクラの方に向き直る。

「枷に腕輪って……、皮肉っぽいけど悪くないわね。よし、あたしからもうひとつ意味を与えたげる」

「意味……、ですダ?」

「『ブレイン』。中々頭が良さそうだからね」

 〈頭脳〉の意味を持つカナを授けたエイプリル。枷の幼女は、エイプリルと目を合わせる。右眼の刻印の輝きと共に。

「ブレイン……、良い響きですダ。感謝申し上げますダ。」

 うやうやしく礼をする、枷の幼女ブレイン。青白い頬に朱が差していた。

「ナイスだよエイプリル!契約はパーフェクトだ!」

「そりゃ、名前付けて強固にしたから、当たり前でしょ」

 親指を立てるアサクラを尻目に二人に呼びかける。

「あんた達、魔法は使えるの?」

 エイプリルの問いに、自信満々に答える二人。

「もちろんだよッ!」

「当然ですダ。」

「じゃあ、ちょっとした試験をしましょうか」

 確認をしたと思えば、またも前髪を一本。

「あたしの『見つけた』魔法であんた達の能力を調べる。[アーチャー「機械弩『オートクロスボウの」魔法の弓』]」

 詠唱の完了と同時に、放った髪が白いボウガンへ。

「よっと」

 バスバスバスッ!無造作に連射された矢は、その先の石壁に難なく突き刺さる。相当な威力だ。

「〈アーチャー〉は『弓師』の意味を持つカナよ。〈オートクロスボウ〉は『機械式のいしゆみ』ってとこかしら。」

 バスバスッ!バスバスバスッ!意味もなく無駄撃ちしながら、解説をしていく。

「この『オートクロスボウ』が、あたしのイメージであり、あたしの性質。複雑で繊細な魔法が使える、といった感じだとあたしは解釈してる」

 上に投げたボウガンが、光を纏って消える。壁の矢も消え、壁の穴と燃え尽きた糸屑が残った。

「よーするに、彼女達にそのソーサリーを使わせると?」

「そ。適性があるなら、自分に合うカナが浮かぶはず」

 頑張りなさい、と呟いて、近くの柱に寄りかかるエイプリル。その前に、ブレインが立った。

「承知ですダ。では、早速参りますダ。……[アーチャー『キューピットボウ』]」

 両腕を前にかざし、詠唱を行う。詠唱に呼応し、右目の刻印が輝く。

「っダ。こんな感じですダ?」

 詠唱が終わると、その手には華美な装飾が施された弓が。淡く輝くその姿は、この世のものとは思えない。

「そうか、自身が術具だから、なにも使わず詠唱出来るのね」

 術具なしの魔法行使に、感嘆の声を上げるエイプリル。

「……感じますダ。これは、呪術ですダ。なので、失礼しますダ、フグサシの王」

「儂の城に傷が……。せめて一言欲しかったぞ……。む?」

 ぶつぶつと呟く王に一礼し、矢をつがえる。ハート型の矢じりが、王に狙いを合わせる。

「いきますダ。」

 ヒュッ!風切り音を残し、真っ直ぐ飛来する矢。

「な、なにぃ!?ごふっ……」

 完璧に王を貫いた矢は、壁に接触と同時に消失した。受けた王の方は、傷一つ生じていない。

「まったく、いきなりなんじゃ、この仕打ちは……」

「フグサシの王、こちらですダ。」

「ん?っぐおお!?」

 ため息を吐く王を、振り向かせるブレイン。手には、どこからか取り出した手鏡があった。

「わ、儂が……、愛おしい!?なんだ!?儂が儂に恋をしている感覚だ!」

「「うわぁ……(引)」」

 矢の影響か、くねくねしながら妙なことを口走る王。エイプリルとアサクラが、揃って一歩引いていた。

「キモいですダ。えい、ですダ。」

 堪らずブレインが、手にした弓と鏡を投げつける。弓の方は光を散らして消えたが、手鏡は鈍い音を立てた。

「痛っ……くは無いが、何をする!」

「戻しましたダ。お疲れ様でしたダ。」

「投げなくともよかろうに……」

 元に戻った王は、重みのある物をぶつけられたというのに、一切痛みを感じている様子はない。エイプリルらは解析を始める。

「補助魔法?効果は惚れ魔法のように見えたけど」

「いや、矢本体は肉体活性化オンリーだったゾ。プラスワンはどこから来たのやら」

「アレじゃない?詠唱に特殊効果がつく特質」

「それだ!エフェクトエンチャントだな!」

 アサクラとの共同解析により、魔法の解析が完了。と、唐突にアサクラが浮き上がる。

「こっからは魔王ちゃんのジョブだ!」

「は?」

「起動![万智セミアカシッ万能クレコード]!」

 文字が浮かんだ途端、アサクラの実像にノイズが走り、0と1の羅列が周囲を取り巻く。右目の影は周囲に漏れ始め、刻印のある銀色の左目は、一層光を強くする。

『ブレインよ。貴様の特質に名を与えよう』

「いらないですダ。」

『クイックッ!受け取ってくれよお!』

 異形なアサクラの言葉を、速攻断るブレイン。

『ワンモア。ブレイn』「いらないですダ。」『早いってば!』

 仕切り直しすら赦さない。アサクラ瞬間的に拗ねてしまった。

『いいもん!勝手にやるもん!詠唱にて感情を操作する特質、名付けて[躁鬱支配マインドメロディ]!』

 多少グダりつつも、無事詠唱を終えたアサクラ。四つの超異界文字が浮かぶ。

『ブレインよ。この文字に触れr』「断りますダ。得体が知れませんダ。」『こやつっ!正論をっ!』

「なにこの茶番?一瞬身構えてしまったあたしが馬鹿みたいじゃない」

 全然進行しない儀式。既にアサクラのラスボスオーラは霧散していた。

『ええい、まどろっこしい!セイ!』「ダ?」

 アサクラが、ノイズの掛かった腕を振ると、超異界文字が光になって、ブレインに吸い込まれた。

「……?何もありませんダ。」

 やたら禍々しい姿になった割に何も起きず、拍子抜けしてしまう。アサクラも、すぐにさっきまでの姿に戻ってしまった。

「ふう……、名前を強制する魔法だからねぇ。ワンダーなだけで何も起きないよ」

「本当にただの茶番だった!?」

 あそこまで大規模な魔法を使っておいて、思想概念の上書きだけ。エイプリルは開いた口が塞がらない。

「さ、ネクストスピラだよ。レッツトライ!」

「スピラの出番だねッ!デッカくいくよッ!」

 魔王の手によって進行される試験。長らく暇だったこともあって、スピラはヤル気満々だ。

「んーッ![アーチャー『バリスタ』]ッ!ドーンだよッ!」

「「「「バリっ!?」」」」

 とんでもない言葉に、皆一斉に振り向く。左目の逆さ五芒星が強く輝くスピラの傍らには、弓を模した砲台が。既に放たれた槍は、止まらない。

 ドグォンッッ!!

 凄まじい轟音と土煙。そして、不気味に流れだす空気。

「ねぇね!スゴいよねッ!褒めて欲しいよッ!」

「ホント、凄い、わ……」

「わ、儂の城が……」

 煙が抜けきってあらわになった、直径1メートルは超える大穴。風が吹き抜けるそこからは、遠い山の上の魔王城まで、景色が一望できる。石壁なのだから、堅いことは間違いない。そんな壁が、個人の一撃によって破壊されたのだ。

「パワーもだけど、このパワーで、ホワイ疲れてないの……?」

「消耗していないことが、最も異常ですダ……。」

 通常、魔法を使用する際は、空間中の『魔素』を燃やすため『魔精ませい』という、体力のようなものを消耗する。強力だったり大規模だったりする魔法だと、相応の魔精を消耗し、相当な疲労感に襲われるはずなのだ。

「……[降矢アーチャー弾幕『ハワチャ』]レディ」

「おっと?なにをしようとしているの魔王?」

 前触れなく出現した二つ目の箱型兵器に、もはやどうツッコめばいいか分からない様子のエイプリル。アサクラは、光のない、右目の闇を撒きながら手を掲げ、振り下ろす。

「……ファイア」

「わー。すごいですダー。」

 ドドドドドシュ!圧倒的な矢の連射が、壁穴へ放射される。が、しかし。バリスタの後では今一つ迫力に欠ける。

「あーもう滅茶苦茶だわー」

「みんなッ?どうしたのかなッ?」

 おかしい破壊力と、おかしい消耗効率を目の当たりにし、当事者を除き放心状態である。

「仕方無いですダ。[シンクジーニアス]ですダ。皆様、起きてくださいダ。」

 みかねた〈躁鬱支配マインドメロディ〉ブレインによる詠唱が響く。その効果は。

「スピラの特質は出力異常よね!間違いない!早速儀式ね!」

「オーケー!スタータップ![万智セミアカシッ万能クレコード]!いくぜ!」

 魔法は思考加速、付与は元気。相乗効果により、一気に動き始める二人。解析は瞬間的に終わり、サクっと覚醒モードへ。左目の笑顔刻印が、より輝いている気がする。

『さあ!威力に比例して消費が減る特質!ネーミング!〈出力異常リバースボンバー〉!』

「おぉ?おおッ!〈出力異常リバースボンバー〉だねッ!うれしいよッ!」

 ブレインと対して、躊躇なく突っ込むスピラ。文字が光になり、スピラの中に吸い込まれる。

「フィニッシュー!お疲れ様ー!」

「王の間は改築じゃ!大工を呼ぶのだ!」

「[バフイレイス]。お疲れ様でしたダ。」

「儂の城がぁーっ!?」

 作業終了に合わせ洗脳を解くブレイン。テンションハイから絶望へ落ちてゆく王を無視してエイプリル。

「色々あったけど試験は修了、二人とも合格ね」

「がんばったよッ!」

「光栄ですダ。」

 二人の頭を撫でる。スピラもブレインも、頬を染めて嬉しそうだ。

「ところで魔王」

「ん?どした?」

 二人を撫でながら、アサクラに話しかけるエイプリル。

「魔王に訊くのも変だけど、あんたもついてくるの?魔王討伐の旅に」

 魔王に対し、魔王を倒しにいくか訊くという、奇妙な質問をしてしまった。答えはすぐに返ってきた。

「オフコース!そのための〈万智セミアカシッ万能クレコード〉だからね」

「え?それ特質じゃないの?」

「ハードなクエスチョンだね。魔王ちゃん本人の特質は〈四字構成ワードクラフト〉。超異界文字四つを、組み立てる詠唱法だ」

 自身の特質について語るアサクラ。

「そういえば、エイプリルの特質は〈二重詠唱セカンドボイス〉だったね。どーやってボイス出してるのさ」

 と、思いきや、さらりと話題をずらす。エイプリルは気づかず答える。

「それ、あたしの特質だったのね。てっきり二つ名かと。答えとしては、なんとなく?」

「……どうでもよいが、いつまで撫でておくつもりだ?そ奴ら茹でダコになっとるぞ?」

 王に指摘され、手元を見るエイプリル。ずっと撫でられていた二人は、顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。

「そろそろッ、恥ずかしいよッ……」

「ま、まだですダ……?」

 犯罪臭のする光景だ。上目遣いで訴えてくる二人をみて、エイプリルも顔を染める。

「ご、ごめん!よ、よし!出発しよう!出発!いくよアサクラ!」

「えっ、ちょっ!ナウなんだって!?魔王とコールプリーズ!」

「うっさい!アサクラ早くきて!」

「来てるから!」

 照れ隠しに、意気揚々と駆け出すエイプリルと、名前呼びに困惑する魔王。一同はそのまま大穴から飛び降りる。

「あねさま!?なにやってますダ!?[ウィー・キャン・フライ]!」

「ねぇね!?これはマズイよッ!?[エアーボム・エアーバック]ッ!」

 エイプリルの凶行に、ブレインは消耗の激しい飛行魔法、スピラは特質により消耗が激しい、弱化大気爆破魔法を詠唱する。

「ありがと二人とも!そのままいくわよ!」

「リフューズダイ!死にたくなーい!魔王ちゃん死なないけど!」

「もうムリだよッ……!」

「もう無理ですダ……。」

 三角帽を押さえ、やけくそで指示をするエイプリルと、絶叫するアサクラ。スピラとブレインは、魔精を消耗し尽くして気絶してしまった。

 少々、否、とてもまとまりのない出発だが、とにかく、不思議な運命を旅する少女たちの、魔王討伐の旅が、今、始まった。



 フグサシ領、フグサシ平野。壁にもたれかかる人影があった。

『王様から休み貰ったし、なにしましょうかねー♪』

  〈NEXTto 『王直属の女兵士』〉

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