第32話 今日も母が双極性障害(人生編)
軍隊式の教育方針とイギリスの寮長並みに厳しい両親の元で育ったと以前書いたが
おかげさまで(?)嫌と言うほど生真面目に育った。
軍隊式の教育方針の父親は子供だった私にはもちろん税金を毎年、クソ忙しい......とても忙しい年末年始に追いたてるお役所なみに厳しかったが、母親にも父親は多少厳しかった。
もともと母親の家系は、祖父の代から孫の私まできっちりしている性格だ(当社比)。
自分でも、本当にめんどくさいと感じる。人には強いらないように心がけているが、溢れんばかりの性格が、たまに駄々もれして迷惑かける。
私が7才くらいの時から両親は、恒例行事のように「離婚する!」と大喧嘩を繰り返した。
幼い頃は、親が唯一のライフラインなので大喧嘩する両親の横でよく泣いていたが、人は慣れる(?)もので20代後半にもなった時、あまりの大喧嘩のうるささに近所迷惑を心配するようになる。
イギリス寮長、否、母親が時に泣くので「市役所から離婚届をとってこようか?」と真顔で言うようになる。
本当に冷徹?冷静に成長したものだ私。
現実を突きつけると軍隊、否、父親が「それは親戚に迷惑かかるし」と女子のように言い出す。ならば喧嘩をやめて欲しい。私は偏頭痛持ちなのだ。痛いのだ、心と頭が。
そんなある日、どんなある日(?)母親が祖父母の介護疲れから眠れないと言い出した。
心療内科で最初はうつ病だと診断された。祖母も晩年は老人性のうつ病を抱えていたが薬を飲みながら特養で普通に暮らしていたので特別には驚かず、祖母の愚痴を聞きながら普通に暮らしていた。
が、何の病気でもそうだが若いほど病気の進行も勢いも早い。
すっかり初歩的な事を忘れていた。
私自身、20代後半に祖母の看護と母親のうつ病と自分の仕事と生活に追われある日過労で倒れ入院した事があり、その後はストレスが限度額(意味が違うが)越えると、まるで自分の心が急ブレーキを踏むように過呼吸で倒れる。
うつ病だと診断されていたはずの母親が、そんな時に突然私に意味もなくケンカを挑んでくる。かと思えばやたら外出したがる。
母親と共に母親の担当医に診断名を聞いたら双極性障害に変わっていた。
これはよくある事らしく、体の病気でも風邪は風邪でも扁桃腺や胃腸やインフルエンザなどいろんな種類(?)があり体調や人によっても診断名が変わるように、心の病も時間が過ぎると変化すると知る。
人生、勉強の毎日。
だが、うつ病は基本的に例えるなら家中のブレーカーが落ちた状態だが私にとっては未知の双極性障害は何の事か分からず、母親のアップダウンにとにかく、振り回された。
まるで台風。静かだと思えば突然、轟音と共に嵐がやってくる。
正直、軍隊並みに厳しい父親すら巻き込まれ私と共に疲弊した。
母親は癌にも罹患しており、そちらは落ち着いていたからほっとしていた。
たぶん、それが母親にとってはとどめだったのだと私は思う。
薬を変えるも、すぐに治まるはずもなく、このご時世にやたら外出したがる。もともとイギリス寮長はアウトドアだが、ただてすら健康な人より免疫が低いので、散歩以外は出ないようにお願いしたらキレた。
「私を支配しないで!縛らないで!」
一瞬、母親の言っている事が分からなかった。
私は恋愛においては、同世代より人生が大変だったので付き合った方は少なく、おまけに相手の方が静かで穏やかな人で、私も静かなので今流行りの(?)メンヘラにすらなったことがないので混乱した。
数少ない人間関係からの経験則から母親の気持ちが割り出せない。
参考文献だ。
こんな時、どんな時だ。私は自分の知識と図書館とネットの参考文献に頼る。
癌の事は母親が治療前には、罹患された家族がいらっしゃった優しい方に泣きつき弱音を吐いてアドバイスまで頂いて今でも、人生相談にまでのってくださる心強い方がいる。
双極性障害だけは周りにはいなかった。
英語は特に話せないが、好きなのもあり海外の参考文献も難しい英語は翻訳機頼りで読み漁る。
双極性障害は、(私が噛み砕いて書いてしまうと語弊もうまれるので我が家での例えだと思って欲しい。)うつ病が家のブレーカーが一気に落ちたとするなら、そう状態は家の電気が一気に上がった状態だ。
家が突然ブレーカーが落ちたと思ったら、今度は一気に家中の電気がつきこうこうと明るい。
正直、最初は2才くらいの子供のイヤイヤ期のようなワガママ(未婚でこの例えどうなの)がいい大人が発揮するので、こちらもイライラする。
SNSでも罹患されている方の文章を読むとワガママにしか見えず、読みながらイライラした。
だが、本人は辛いと言う。お祭り騒ぎで楽しそう(?)なのに。
このふり幅と、ワガママと、本人が辛いと言う矛盾に混乱した。
そんなある日、父親も私も限度額(意味違うが)が越えてしまい母親が入院となった。
ブレーカー落ちブレーカー上がりっぱなしの当人を看るのに必死で考えると余裕なんてなかった。
母親が入院しても大変な毎日だが、考える時間が少し出来た。
私が1番引っ掛かっていた事だ。お祭り騒ぎなのに母親もSNSの人達も辛いと泣いてる。周りの人間は限界を越えている。
もし、家の中が1日中ブレーカーが落ちたり上がったりしたら私はどんな気持ちだろうかと、それも自分の意思ではなく病にコントロールされたら。
東京電力さんが看ている自分だとしたら。
母親のワガママもイライラも落ち込みも、SNSの病の方もブレーカーが落ちたり上がったりしたら1日中、家の明かりに左右される事になる。
雷が落ち、停電した時ですら人は不安になりパソコンやバックアップや普及の心配をする。(うつ状態)
逆に家中の電気が上がりっぱなしになれば、光熱費が上がり続け、こうこうとした明るさに戸惑う。(そう状態)
東京電力である周囲の人間は、ブレーカー上げたり下げたりする家の普及に疲弊していく。
ここまで自分で噛み砕き、考えが及ぶのに3年がかかった。
母親の新しい担当医の「騙し騙し毎日を」の言葉にも戦争のような毎日を送っている私は腹がたったが今なら分かる。
生真面目に真正面から受け取っていては、当人も周りの人間も長く短い人生を生き抜けないのだ。
よく戦後生まれの祖母が生前「仕方ないわね~」とどうしようもない物事、人に対して微笑んで言っていた。
若かった私には 分からなかった。何が仕方ないんだと、変えたいなら変えればいいと。
だが、母親が癌と双極性障害に罹患した30代の今なら祖母の気持ちが少し分かる。
人や病や考えを否定したり変えようとするのは、ただの自分の傲慢で自分も相手も辛くなる。
それなら、お互いに否定も変える事もせずに「それなりに、仕方なく」で短く長い人生を生きた方が呼吸が出来るもの。
人それぞれ人生も病も考えも、家族ですら違うのだ。それをどちらかの意見に引っ張り込もうとすれば、最後は悲惨な事になる。
主張しあえば、自分が勝った気でいるが実はすでに自分の弱さに負けているのだ。
自分も相手も辛くなる。大切な祖父母と癌で亡くなった伯父を見送り、母親の癌の発病で私は散々泣いたのに。
自分のためにも、相手のためにも有耶無耶にする事とは違い、騙し騙しの仕方ない毎日でいいのだ。
だから、今日も(入院中だか)双極性障害の母親と生きている。
辛くないと言ったら嘘になる。なぜなら人生そのものが、みんな大変なのだから。
ちなみに、最近人生で初めて入院中の母親から短い手紙をもらった。
その手紙には、私が手術な入院を繰り返す母親を8年間、支えてきた事に対する「ありがとう」の言葉があった。
私は毎晩、好きな人から送られてきた貴重なメールのように、ひそかにその手紙を読み返している。
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