第38話 2020年3月22日(日)

 日曜日は病院へは行かない取り決めをしていた。さくらの家族は樹が病室へ出入りする事を許容してくれ、樹が行くとさくらの母はさりげなく二人きりにしてくれた。さくら本人の希望ではあったが、残り少ない家族との時間を奪っているという負い目も感じていた。そこで日曜日は完全に家族の日に決めた。その結果として樹は日曜日にやる事が何もなくなってしまった。出歩く事は論外だったので、家にいるしかなかった。一人で鬱々と家にこもっていると再びやり場のない嫉妬が鎌首をもたげて来る。終わった事であろうが、もういなかろうが関係なかった。名前も顔も知らないその誰かの襟首を掴み、白旗を振る気力も無くなるまで殴りつけたいという暴力的な衝動を感じていた。自分の気持ちに折り合いがつかず、理性で感情をコントロールできなかった。このままではいつかしてはいけない事をしてしまいそうな予感がした。誰かと話す必要があった。


「お、どうした。私が恋しくなった?」

 葉月は相変わらずだ。

「いや、ちょっと教えて欲しい事があって」

「少しはノリなよ。で、何?」

「さくらの彼氏ってどんな奴だった?」

「夜な夜なさくらちゃんの布団に忍び込んでた変態の事?」

「そんな事をしてやがったのか」

「何を言ってるの?」

「他には?」

「これどういうプレイ?」

 樹は我に返った。

「そうそう。何をしたかじゃなくて、どういう奴なのか教えてくれ」

「ん? 足を骨折した間抜けで、さくらちゃんの気持ちがまるで分かっていないお馬鹿」

「それ俺じゃないか」

「そうだよ。自覚はあるんだね」

「俺じゃなくて、その前」

「は? 知らないよ。少なくともこの半年は間違いなくいないと思うけど」

「この半年?」

「同じ病室になってからって事。どこかの変態アニマルが入院して来てからは、恥ずかしい物をしょっちゅう見せられたけどね」

「今年の一月は?」

「知らないって。二十四時間一緒にいる私に知られずにっていうのは不可能だと思うよ、さくらちゃんの性格では特に」

「そうだよな……」

 樹は希望を感じていた。葵の勘違いだったのだろう。

「そうだよ。病院のスタッフにまで知れ渡っているんだよ。見ているこっちの方が恥ずかしくなってくるよ」

「それは俺も恥ずかしい」

「見られる事に快感を感じてるのかと思ってたよ」

「そんな変態じゃないって」

「どうだか」

 今は変態呼ばわりですら心地よかった。

「まあ、いないって事が分かって良かったよ」

「お、男の嫉妬? 過去に男がいたかどうか気になり始めた?」

「うるさい」

「どうにもできない事で責めちゃだめだよ」

「責めないよ」

「嫉妬にかられた男は面倒だからねえ」

「分かったように言うな」

「そりゃ分かるさ、私みたいなお姉さんともなればね」

「はいはい、おませですね」

「ちょっと。馬鹿にしてない?」

「いやいや」

「これでももうすぐ十九になるんだけど」

「は?」

「やっぱり馬鹿にしてたんじゃない」

「へ? 十九?」

「そう見えないって言いたいんでしょ」

「いや、まあ」

 樹はようやくこれまでの葉月の言動が理解できた。

「入院するまでは普通に高校通ってたんだから、お馬鹿な男子の行動なんてすぐに分かるんだよ」

「そうですか……」

「分かったら、これからはお姉様と呼びなさい」

「はい、オネエ」

「略すな」

 樹は笑みが止まらなかった。今夜は気持ち良く眠れそうだ。


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