第31話 2020年3月15日(日)

 面会制限開始から一週間が経過した。出血の止まらない傷口から流れ出す血のように時間が失われて行く。残された最後の一握りの時間が消えて行く。昨日の智草からの電話でさくらは決心した。これまでの嘘と向き合う覚悟を決めた。

「お母さん」

 さくらは荷物の中身を整理している母の背中に言った。

「何?」

「あとどれくらい時間残ってる?」

「二十分くらいじゃない?」

 母は面会時間の残りを答えた。

「私の命は?」

 それを聞いた瞬間に母は固まった。恐る恐る振り返ったその顔は蒼白だったが、真っ直ぐに見返す娘の目を見て悟った。どう伝えるか、あるいは伝えないか、ずっと迷っていた。だが恐れ、避けて来た事は突然にやって来た。

「冬は越せないだろうって所までは知っていた。でも今は?」

 そこまで知っているとは思わなかった。ごまかす事は不可能だ。もう子供ではない。

「分からない。春まで生きられたなら夏までって思いたい……」

 六年間付き添った母が初めてさくらの前で泣いた。さくらを抱き締めた母の涙が背中に落ちるのを感じた。

「いつから……知ってたの?」

「ここへ来た頃。変だと思ったんだよね、転院したのに何も始まらないから」

 立ち聞きした事は隠した。今さら小さな罪の一つや二つ増えた所でどうって事はない。

「でも、どうにもならない事はもういいの。問題はまだできる事。私はこのまま消えて行くのが嫌。残された最後の時間を幸せな物にしたい」

 娘が何の事を言っているのか母は理解していた。

「面会制限は……ウィルスの事は知ってるでしょ」

「緩和ケアは面会制限を緩めてるって聞いたよ。本当はここへ来た時から緩和ケア患者だったんでしょ? 本来いるべき所へ戻るだけじゃない」

「さくら、感染したらあなたは絶対にもたない。残り少ない時間すらも無くなるのよ?」

「このまま最後の時間を使い果たすのはもっと嫌。それに、ここにいたから安全って訳でもないでしょ?」

「さくら、お願い生きて……一分でも長く」

 母の腕に力が入る。これまでさくらは全て言われた通りにしてきた。母の背に回した腕に力を入れると、さくらは言った。

「ごめん。でも、私幸せになりたい」

「……樹君?」

「このままもう二度と会えないと思うと耐えられない。私にはもう時間が無いの」

「それに命をかける気?」

「命って何? 呼吸さえしていれば生きているって言えるの? 命は時間と記憶でしょ。一緒に過ごした時間とその思い出だけが命じゃない。でも今の私にはどっちも無い。それで生きているって言える?」

 強い意思表示だった。いつのまにか子供ではなくなっていた事に改めて気付いた。

「初恋にのぼせ上がってるのよ」

「そういうお年頃なんだよ。お母さんはそういう時なかったの?」


 樹は着信に気付いた。さくらからのメッセージだった。

『明日から面会に来て』

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