第30話 2020年3月14日(土)

 智草は少し迷った。こんな事を相談して良いのだろうか。しかし、香澄を除くと共通の知人がいなかった。樹を知っている相手でなければ相談にならない。画面の呼出ボタンをタップした。相手はすぐに出た。

「はい、智草ちゃん?」

「うん」

「なになに?」

「うん、ちょっと相談に乗ってもらえる?」

 さくらは弾まない智草の声に気付いた。何かあったようだ。嫌な予感がした。

「もちろん」

「…………ごめん、ちょっと待って」

 智草には落ち着く時間が必要だった。

「いいよ、ゆっくりで」

 しばらく経ってようやく智草が口を開いた。

「私…………」

 またしばらく間があってから智草は宣言した。

「樹くんが好き」

 予感が的中した。さくらがこの世で二番目に聞きたくなかった言葉だった。

「そ、そうなの?」

 動揺を隠しつつ、さくらはかろうじて言った。

「うん、物凄く」

 電話越しでも本気である事が伝わってきた。

「でも、私の事をどう思っているのか分からなくて怖いの。つい最近まではドキドキして楽しかったのに、今は全然楽しくない。怖くて辛い。何でこんな風になっちゃったのか分からない……」

 さくらは迷った末に答えた。

「それは本気になったからよ」

 罪悪感が細い針の先端となって胸を突いた。

「今までは恋に恋していただけ。楽しかったのは狩りの楽しさ。獲物は誰でもよかった」

「誰でもよくないよ」

 思いを侮辱されたと思った智草は反論したが、さくらは無視して続けた。

「でも、本気になれば目の前にいる相手一人だけ。他の誰かに交換はできない。失えば何も残らない。だから怖くなるの」

「そうなのかな……」

 反発していた智草の心の揺れを感じられた。

「相手も同じ気持ちでいてくれる保証はどこにもない。知られたら最後、今までのように友達でいる事すらできなくなるかもしれない。そう思うと怖くて固まってしまうのよね」

「うん。香澄ちゃんの気持ちがようやく理解できたような気がする」

「その状態を一年間続けるって結構な心臓よね」

「私には無理、耐えられない。どうしたらいいんだろう」

「幸い日向くんと違って周囲に女の子がいない環境だから、時間はあるでしょ。久しぶりに会ってからまだ日が浅いんでしょ。いきなり言って失敗するよりも、もう少し関係を深めてからにした方が良いんじゃない?」

 智草が飛びつく事を承知の上で曖昧な引き伸ばしを薦めた。その分だけ傷が深くなる事も承知の上だった。罪を重ねている痛みを感じた。ユダでいれば自分も同時に傷つく。

「うん、そうかも。確かに今言っても唐突すぎるよね。ありがとう」

 そう言って智草は通話を切った。罪人は誰に聞かれる事もなく呟いた。

「ギルティ」

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