第27話 2020年3月11日(水)

「おー、悠斗久しぶり」

「お? 樹」

 悠斗は相変わらずソファーでゲーム中だ。樹と悠斗は小さな頃から知った仲だ。

「日向どうした、急に男連れて来て? 彼女はもう終わった?」

「山田は午後に来る」

「彼女って言っただけで、誰とは言ってないぞ」

「遊ぶな!」

 樹は兄弟漫才は放って階段を上がっていった。小さな頃から何度も来ている日向の家なので自分の家のように上がり込んだ。


「ははっ!」

 樹が笑った。

「山田にしては結構意外でしょ」

「教師のお気に入りだと思ってたけど、裏でそんな事思ってたんだ」

「意外にアナーキーだった」

「でも、努力なんかして当たり前ってのは山田らしいよな」

「樹も似たような事を言ってなかったっけ?」

「俺は勝手にそうするだけ。誰かに言われてやる訳じゃない。でもチームメイトからそれ言われるのはプレッシャー強そうだな」

「山田の事だから言うだけで終わりにはしないんじゃないかな」

「人間なんだからたまにはサボりたくもなるだろ。中には緩く楽しみたいって奴もいるだろうし」

「その辺は上手く抜かせているみたいだよ。山田が部長になってから練習時間が短くなって、オフが増えたらしいから」

「それで勝ちも増えているなら神だな」

「山田に言わせるとこれまでがカス過ぎなんだって」

「無駄な練習ばっかりやっていたんだろ?」

「あれはパフォーマンスであって、練習じゃないって言っていたよ。それじゃ勝てる訳ないよね。と言うより最初から勝つ気ないよね」

「アホくさ。俺だったら速攻で辞めるわ」

「相当辞めたらしいよ。今の三年生が少ないのはそれが原因らしい。表向きは厳しい指導についてこられなかったからって事になっているけど」

「退部した奴が根性なしって事にして責任を全部なすっただけだろ? 本当の問題に向き合う代わりに」

「適切な翻訳だね」

「努力をアピールするのに忙しい奴はベストなんか尽くしていないって言っていたのはそういう事だろ」

「当事者からしたら頭に来るんだろうね」

「ま、その通りだな。人に見せる事が目的になっている時点で目指す所を完全に間違ってる」

「それだけ意見が合うのに、何でいつも漫才始めるかな」

「そこはお約束だから」

「仲いいね。個人競技と団体競技の差はあるにせよ、共通する物を感じるよ」

「脳筋セグメントに入れないでくれ」

「筋トレ大好きじゃん」

「俺の脳味噌は筋肉じゃないぞ」

「山田もだよ。二人とも体育会系ぶるけど、本当は合理主義者じゃん」

「勝ちたきゃ当然だろ。負けて楽しい試合なんかあるかよ」

「そういう所もそっくり」

「結局、日向が付き合いやすいキャラがそういう奴なんじゃね?」

「そうかもね。二人とも自分がどうしたいのかはっきり分かっていて、合理的に非合理な事をするよね」

「結局脳筋?」

「いやいや、正直二人に憧れるよ」

 少し考えてから樹は言った。

「逆に考えれば、俺達にとって付き合いやすい相手が日向なんだろうな」

「それは光栄だね」

「俺はともかく、山田がそういう毒を吐くのは聞いた事がない。多分日向だけだな」

「貴重な本音を拝聴したって事かな」

「部長の立場もあるから下手に言えなかっただろうしな。癒やされるっていうのはそういう所もあるんじゃないのか?」

「愚痴りやすい相手なのかな?」

「それもあるかも。聞き上手だしな。日向が相手だとつい口が軽くなる」

「俺があまり人に語るような事を持ってないからだよ」

「あまり拘らなさそうだよな」

「まぁ、そんなに重要案件ばかりの人生じゃないから」

「ストレスフリー?」

「それは別の問題だよ。怒りはしないけれど」

「怒りのソースが限定的ってだけでも仙人に近いぞ」

「なんて言えばいいのかな、ほら樹が言ってたアレ」

「どれ?」

「与えられた服で死ぬまで踊るしかない」

「それ、あんまりいい話じゃないんだけどな」

「でもその通りだと思うよ。俺は俺の服で踊り続けるしかないし、怒った所で服が変わる訳でもない」

「山田が聞いたら怒り出しそうだけどな」

「うん。黙っとこう」


「問題はその先どうするかなんだよ」

 智草のベッドに我が物顔で寝そべって頬杖をついたまま香澄が言った。

「日向くんって自己評価の低い子なんだね。意外」

「多分あまり苦労して今の地位にいる訳じゃないからだよ」

「そうなの?」

「以前期末テストの直前にシリーズ物の小説を貸した事があるんだよ。毎日一冊」

「ペース早いね」

「しかも次の日にはちゃんと返して次の借りてくんだよ。内容もちゃんと知ってたから間違いなく読んでるんだよ」

「テスト前って一緒に勉強してるんだよね?」

「そうだよ。そこから家に帰って読んでるって事だよ」

「凄いね」

「ところがさ」

「うん」

「優等生の足引っ張ってやろうって考えた奴が他にもいてさ」

「ははは。香澄ちゃん、日向くんの足引っ張ろうとしてたんだ」

「そいつも毎日三冊漫画貸してたんだって」

「それも読んでたの?」

「全部読んで次の日には返してたんだって」

「すると日向くんはテスト前一週間は夕方まで香澄ちゃんと一緒に勉強して、家に帰ってから毎日文庫本一冊と漫画三冊を読んでたんだ?」

「有り得ないでしょ。しかもその三人のうち誰が一番いい成績だったと思う?」

「その話の流れから言って日向くんでしょ」

「正解」

「教科書を見るだけで中身が頭に入って来るのかな?」

「らしいよ。そんな感じの事を言ってた」

「頭良い人って便利でいいよね」

「不公平だよね。私がこんなに苦労しているのに、ちょっと見るだけで理解できて頭に入っちゃうとか」

「私も苦労してるよ。普通はそうなんだよ」

「そう言えばやっしーの弟も似たような事を言ってたよ」

「そう言えば弟いたね。えーと」

「悠斗」

「そうそう、悠斗くん」

「ソファーに寝そべって勉強してた」

「八島家の遺伝なのかな?」

「かもね」

「山田家の遺伝みたいなもんだね」

「どうせなら読んだ物が一発で頭に入る力の方が良かったわ。兄貴は良いかもしれないけど、私にはコンプレックスの元なんだから」

 香澄の父親は身長が百九十センチあり、香澄と兄がその血を色濃く受け継いでいた。妹は母方の遺伝なのか平均的な身長だった。香澄の内心の恐怖は、これから成長期に入って父親並の身長に成長する事だった。

「可愛く生まれた方が得だしね……」

「変わったね」

「そお?」

「可愛い方が良かったなんて絶対言いそうになかったのに」

「かな?」

「好きな人が出来ると変わるんだね」

「かもね。相手にされてないけど」

「されてるよ。本当は自分でも分かってるんでしょ?」

「そこまで自信持てないよ」

「嘘。本当に相手にされてないと思ってるなら、もう諦めているはずだよ。一緒にいても辛いだけだもん」

「諦めが悪いだけかもよ」

「諦められないのは可能性があるって分かっているからなんじゃないの?」

「それでズルズルと行った所でその先はあるのかな」

「じゃあ今日から会うのをやめる? それで後悔しないならそうしていいと思うよ。でも、どうなの?」

「……無理」

「それが正直な気持ちならそれに従った方が良いと思うよ。ねぇ、香澄ちゃんはどうしたいの?」

「ずっと……毎日一緒にいたい。友達としてじゃなく」

「やっぱりそうだよね」

 智草がニコニコしながら言った時に玄関のチャイムが鳴った。

「ちょっと待ってて」

 智草が部屋から出て行き、しばらくすると樹と一緒に戻って来た。

「よっ」

「何でここに来てるの? 女子部屋だって分かってる?」

「お前が来てるから遊びに来ないかって誘われたんだが」

「智草、家に入れるのは気を付けた方がいいよ。空気感染で妊娠させられるよ」

「そんな神能力は持ってないし、欲しくもない」

「ははは……」

「暇なら勉強でもしてたら?」

「なら毎日日向の家に教わりに行くかな」

「くぬっ」

「ははは。ダメだよ邪魔しちゃ」

「二人ともグズグズで進展しないなら一緒じゃね?」

 智草はしばらく考え込んでから言った。

「そうか、それだよ」

「何が?」

「二人きりだから進展しないんだよ」

「二人きりじゃなきゃ進展しないだろ?」

「普通はね。でも相手が鈍かったり、奥手だったりした場合にはゴリゴリ行かないとダメじゃない」

「そうなのか?」

 樹は含意に全く気付いていなかった。

「二人ともどうして良いか分からない状態で、どっちもグイグイ行かないから進展がないんだよ」

「はい。すみません」

 香澄が小さくなっていた。

「なら周囲からグリグリしちゃえばいいんじゃない?」

 智草が笑顔で提案した。

「具体的には?」

「私達も参加させてもらえる? その勉強会」

「私?」

 樹が気付いた。

「私一人じゃ変な感じでしょ。協力してよ」

 ついでに樹を巻き込んだ。

「何する気?」

 香澄が警戒して言った。

「両脇からグイグイ攻めてあげる」

「あれをまたやるの?」

 ソラマチのカフェでの会話を思い出した。

「私の神経が持たないんだけど」

「ははは、かなり照れていたよね。あの可愛さを見せればいいんだよ」

「無理」

「何もがんばらなくていいんだよ。普通にしていれば」

「普通でなんかいられる訳ないじゃない」

「照れてもいいんだよ。それも普通だから」

「耐えられる自信がないよ」

「我慢できなくなったらトイレにでも行って。勝負どころなんだから、勝つまでは粘って耐えきって」

「鬼コーチ」

「そういうのは得意でしょ。ちょっと試合時間が長いだけだよ」

「試合終了が見えない……」

「何とか三月中には決めないとね」

「何で三月?」

「四月になれば学校が始まるんだよ」

 智草は当然分かっているでしょと言いたげだった。

「確かに休み中みたいに毎日べったりとは行かなくなるだろうけど、そんなに問題か?」

 樹も分かっていなかった。

「樹くんもいつのまにか発想が男子校になってるね」

「ん?」

「新学期になれば日向くんは学校へ行くんだよ。他の女子が大勢いる学校に」

「うっ」

 香澄が小さく呻った。

「日向くんに同級生の子が寄ってくるかもしれないよ。もしかしたら上級生のお姉さんに優しくされて夢中になっちゃうかもよ。来年になれば日向先輩狙いの一年生がグイグイやって来るかもしれないんだよ。いいの?」

「うう……」

「登校が始まったら日向くんはハンターだらけの場所へ無防備に出て行くんだよ。他にライバルがいない三月のチャンスを逃したら、この先どうなるか分からないよ」

「なるほど、そういう事か」

「地元では香澄ちゃんが狙っているって知れば皆遠慮するかもしれないけれど、四月からは無名の一生徒だからね。誰も遠慮なんかしないよ。一番の地位を奪われたら嫌でしょ?」

「嫌です……」

「じゃあ、どうすればいい?」

 智草は小学生に説教する先生のように質問した。

「試合終了までがんばる」

「でしょ。私もがんばるから一緒にがんばろう」

 智草はニコニコと言った。


「無茶しそうな気がする」

「そうね、その場面はちょっと見たい気がするけど」

 布団の中でさくらが答えた。

「面白い事になりそうだな」

「樹、楽しそうだね」

「暇になっちゃったからね」

「うん……」

 毎日何時間も話しているのに二人とも寂しさが募っていた。

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