第22話 2020年3月6日(金)

 そのカフェは屋外のエスカレータを登った先にあった。それ程広くない店内で、他の店と違ってソラマチの建物外にあるため意外に見つけ難かった。樹と香澄は通路を挟んだ向かいにある店のマネキンの陰から、ウィンドウ越しに店内の二人を見ていた。日向は上機嫌で、向かいの智草は口に手を当てて笑っている。傍目にはデート中の高校生にしか見えない。

「私、やっしーからあんな風に誘われた事一度もない……」

 つぶやいた香澄が哀れに思えた。

「智草は日向の部屋で二人きりになった事ないけどな」

 樹なりの精一杯のフォローだった。

「それに……何で智草は『智草』なの?」

「で、どういう作戦でいく?」

 香澄の発言の意図には気付いたが、黙殺して本来の目的に話題を戻した。

「分からない」

「お前まで丸投げかよ」

 香澄は申し訳なさそうに答えた。

「水野には感謝してるよ、本当に。教えてくれなかったらこんな事が起こってるなんて知らないままだった。でも何も思い付けない。苦手なんだよこういうの」

 確かに権謀術数は苦手そうだ。かと言って樹に何か知恵がある訳でもなかった。どちらも経験不足だった。

「だいたい校則違反だろ、やっしー!」

 香澄が文句を付け始めた。

「それだ。学校に電話して取り締まりに来てもらう」

 樹が提案した。

「騒ぎになるよ。それなら火災報知器鳴らした方がまだ……」

「落ち着け。どう考えてもそっちの方が騒ぎ大きいぞ」

「やっしーは図体だけなら大人に見えるし、智草は童顔だから通報すれば条例違反で……」

「消防の次は警察か? どんどん騒ぎ大きくしてどうする」

「じゃあ智草の学校に電話して、お宅の生徒が不純異性交遊をって……」

「ここまで来るのに一時間はかかるぞ。それにお茶は不純じゃないだろ」

「学校は何やってんのよ。女子校なんだから男子とお茶するのなんか禁止すべきでしょ!」

「これ以上ないモンスターだな。他校の校則を自分の都合で変えさせる気か?」

 しばらく考え込んだ後、香澄が意を決した。

「いつまでもここにいてもしょうがない! 凸るよ」

 言うなり香澄は店を出てカフェに入って行った。

「マジ? ノープランで決行かよ」

 樹も仕方なく松葉杖で遅れて付いて行った。カウンターで会計を終えた香澄は出来上がったコーヒーを渡すランプの下へ行き、周囲を手持ち無沙汰に歩き回る。柱の裏側の席には智草と日向が座っている。

「あれ? 智草じゃーーん」

 香澄は無計画に突撃を敢行した。

「香澄ちゃん。どうしたの?」

 早速困った、理由は用意していない。

「いや、水野にちょっと茶しようって誘われてさ」

 咄嗟に口から出た。

「樹くんも一緒なの?」

 香澄は振り向いて樹を呼んだ。

「おーーい、水野。ここ、ここ。智草とやっしーがいるよ」

 レジにいた樹には香澄の発言が聞こえていなかった。猪突ぶりに呆れて適当に返事した。

「はいはい」

 樹は香澄の飲み物も一緒に危なかしげにピックアップしようとしたが、松葉杖で手が塞がっているのでどうにもならなかった。香澄が二人分のカップを取って隣の席に運んだ。樹はノープランの割には上手く行っていると思っていたが、席に座った瞬間に香澄に売られた事を知った。

「樹くん、どうしたの? 朝から香澄ちゃん誘ってお茶なんて」

 樹は香澄をじっと見た。香澄は視線を反らして外を見ている。『後でおぼえてろよ』と樹は心のノートに書き込んだ。

「ああ。あまり来る事なかったから、たまにはと思ってね」

「そうなんだ。偶然だね」

 智草はニコニコと笑い、それ以上追及しなかったので樹はホッとした。

「私も友達が遊びに来た時に案内するくらいで、自分ではあまり来ないんだよね」

「確かに近いと逆に行かなくなるよね。東京都民は東京タワーに行かないみたいな」

 日向が同意した。

「観光地の宿命だよね。イメージと実際の生活にかなりギャップがあるんだよね」

「毎日ソラマチでランチとかな。しねぇって」

 樹も同じ意見だった。

「ははは、時々言われるよね」

「学校もそんな感じ? 場所柄何か言われたりしない? 俺、親戚の叔父さんから赤坂で遊び歩くとか言われたんだけど」

 日向が智草に話を振った。

「ウチもそういう風に言われたりする事もあるけれど、実際の生活は地味だよ。結局そこに校舎があるってだけだよ。第一、学校の近くで制服着て遊んでたら通報されて先生が飛んでくるよ」

「水野、良かったな。田舎でも少し希望が出て来たぞ」

「っせ」

「ははは、樹くんは横浜で遊べるよ」

「まだイキってたの? 山のくせに」

って言われてるらしい」

「何、その下位互換」

「校舎が丘の上にあって駅から上り坂。この脚じゃ毎日地獄だわ」

「うーん、あの坂を毎日松葉杖は確かにキツいかもね」

 日向が言う。樹と一緒に試験を受けた時にその坂を登った事があった。

「水野はドMだから丁度いいんじゃない?」

「変な性癖つけんな」

「自分で自分を虐めて、耐え抜いた自分を褒めてあげるってやつ?」

「ははは、修行僧みたいだね」

「確かに昔から修行系が好きだったよね」

「お前までM認定?」

「まあまあ、対象が何であれストイックに努力できるのは才能だよ」

「天才肌にって言われてもなあ」

「天才って言える程の頭じゃないし、それ以外は全てにおいて人並み以下だよ」

 日向は諦めきったように両手を広げた。

「一番厄介な所が出来るんだからいいじゃないか」

「何やっても人並み以下なのに、たまたま得意だった一ヵ所だけフォーカスされて『あいつは』みたいな事言われるのも何だかね。何でそこだけ特別扱いなんだろうね?」

「贅沢な悩みだな」

「そう言われるのは分かってるよ。でも何か一つだけ超得意で他は全部ダメって言うなら別の特技の方が良かったと思うよ。それに一点豪華主義の特技よりは、樹みたいに色んな事を少しずつ出来る方が楽しいだろうなって思うよ」

「全部中途半端で大成しないって事だよ」

「そうだよ。やっしーはやっしーだからいいんじゃん」

 香澄が力説する。

「こんなドMのくせにドSの変態を羨ましがる事ないんだよ」

 樹の心のノートにもう一ページが追加された。

「変わる必要なんかないんだよ。今のやっしーのままが一番……」

 考えずに勢いで言ってしまった言葉の後が続かなかった。

「……いいと思うよ」

「ははは、人間って自分にない物を羨ましがるよね」

 その場の全員に心当たりがあった。

「日向くん、それ言うなら香澄ちゃんなんて日向くんの理想通りじゃない?」

 突然の千草の発言に樹は驚いたが、心の中でガッツポーズをした。

「身体能力が高くて運動が得意。先頭に立つリーダーシップがあるから人が付いてくる。アスリート気質で限界まで追い込んだ努力に躊躇しない。集中力があって短期間で爆発的に成長するポテンシャルがある。おまけに勉強得意な日向くんについて行けるだけの頭もある」

 最後の一つは少し疑問だったが余計な事は言わなかった。

「そんな子、日向くんの人生には二度と現れないと思うよ」

 かなり攻めた発言だ。香澄は顔を赤くして俯いている。

「そうだよね、凄いんだよね」

 日向はあっさり認めた。樹がチラッと見ると香澄は耳まで赤くなっている。

「山田がその気になれば不可能は無いっていうか」

 樹は心の中で思った『ただ一つを除いてな』。

「山田がこうするって決めたら本当にその通りになっちゃいそうだよね」

「そうだね。一点豪華主義の日向くんと総合力のある香澄ちゃんっていい取り合わせだと思うけどな」

 智草がさらに追い込む。樹はプレス機を思い浮かべた。左右から容赦なく二人を挟み込んでくっつけて行く。再びチラっと見ると香澄の脳は活動停止している様子だった。予想外の急激な攻めに呼吸も少し荒くなっている。心臓は全力で五キロ走った直後みたいになっているだろう。

「一緒にいて安心できるとか、そういう感じは無いの?」

 智草はとことんやるつもりのようだ。

「私は……癒やされるっていうの? キャラ的に優しいって言うか、安心感があるっていうか」

 香澄がかろうじて答えた。

「癒やしキャラか。俺いつもいい人役なんだよね」

「誤解する人が多いみたいだけど、『癒やされる』は必ずしも『タダのいい人』じゃないよ」

 今日のプレス機は絶好調のようだ。

「飾らずに安心して一緒にいられるっていうのは重要なポイントだよ。日向くんはどうなの?」

「ん〜漢字一文字で言えば『楽』かな?」

「一緒にいて楽しくてリラックスできるって事?」

「そうだね」

 樹の視界の隅で香澄が固まっていた。

「やっぱりそうなんだ」

「ん? 何が?」

 この場で日向一人だけが何が行われているのか理解していないようだ。

「ん、何でもない」

 ここで智草が引いた。一日の成果にしては十分だった。

「そう言えば午後は一緒に勉強するんじゃないの?」

「そうだった」

「じゃ、そろそろ行こうか。日向くん、誘ってくれてありがとう。楽しかったよ」

 智草は上機嫌で言った。

 全員で四階のスカイツリー展望台入口の前を通り過ぎ、ファーストフード店横の屋外階段から地上に降りた。東武駅入口を過ぎると、その先の小梅通り西交差点で二手に別れる。香澄と日向はそのまま日向の家に直行し、智草と樹は以前同窓会の帰りに歩いた道を家へ向かった。

「今日はどうした? あの二人をやたらグイグイ推して」

 香澄、日向と別れて声が聞こえなくなった所で樹が聞いた。

「ははは、ちょっと遊んじゃった」

「最初からそのつもりだったのか?」

「今日はたまたま。予想外だったし。二人が来るの」

さっきの喫茶店の会話で樹は上手く切り抜けたつもりでいたので油断していた。

「そ、そうだね」

 樹はかろうじて曖昧に言った。それを見る智草はニコニコしていた。


「うーん、そうだったか。あざといな」

 葉月が言った。

「何が?」

「天性なのかな? 王手飛車取りじゃん」

「だから何が?」

「はぁ〜〜、樹く〜〜ん」

 樹はまた始まりそうな気配を感じた。

「はい、すみませんねえ。また何かやっちゃいました、俺?」

「今回はやられちゃった感じかな。ちょっと引っかかってはいたんだけど、綺麗にやられたね」

「どういう事?」

「あのさ、男の子に誘われた女の子がそれをワザワザ人に言うと思う? 言うにしても友達だけだよ」

「だから行く前に俺の所へ情報収集に来たんだろ」

「逆だよ。情報を与えに来たんだよ。日向くんと明日お茶するって」

「何のために?」

「樹の反応見るためでしょ。あわよくばちょっと焦らせようって思ってたかもよ。樹は何て言ったの?」

 樹は智草が来た時の記憶を探る。

「うーん、何とかやめさせられないかと思ったけどいい手が思い付かなかった」

「やめた方がいいみたいな事言ったの?」

「いや、そこまでは言ってないけど」

「いずれにせよ引き止めようとした、あるいはそう思わせるような事を言ったんだよね?」

「どうだろう? そうなるのかな……」

「で、乱入した時に『水野に誘われて』って香澄ちゃんが言ったんだよね?」

「そうだよ、あいつ俺を売りやがって。誤魔化すのに苦労したよ」

「樹く〜〜ん、分かってる?」

「またそれ?」

「君はその子に日向くんとデートに行くなって匂わせた上に、当日は自ら邪魔しに行ったんだよ。香澄ちゃんまで巻き込んで」

「違うだろ! 行けって言ったのはお前だし、邪魔しに行ったのは山田で、巻き込まれたのは俺の方じゃないか」

「うん、その通りだよ。問題はそう思われていないって事さ。まさか邪魔しにやって来るとまでは思ってなかったんだろうけど、樹がかなり本気で脈アリだと思っただろうね」

「何でそうなる……曲解しすぎだろ」

「いきなり香澄ちゃん推し始めたんでしょ? 日向くんとくっつけようと」

「かなり」

「一石二鳥だよね。友達の恋路のサポートをして、ついでに用済みの当て馬君を処分する」

「そこまで計算してたとしたら相当性格悪いぞ」

「計算なんかしてないよ。人間はそういう風にプログラムされてるってだけだよ。最重要事項なんだから」

「お茶するのが最重要事項かよ」

「相手探しの事だよ。生物は遺伝子を残す為に最適な行動を取るようにできてるんだから。メスの場合には最良のオスをゲットして他のメスを排除して一番の座を死守する事。オスの場合には手当たりしだいに出来るだけ多くのメスと交尾する事」

「そこまでクズじゃねえよ!」

「哺乳類の本質なんてそんなモンだよ。幻想抱いちゃだめだよ」

「一番って言うのは何となく分かるけどね」

 横で聞いていたさくらが言った。

「特別でなきゃ嫌だし、絶対に一番でいたいって思うよね」

「俺だったら二番目がいたら許せないけどな」

「オスの場合にはメスの独占は重要事項だからね。自ら出産できないオスの本能だよ。確実に自分の遺伝子を残す為には必須だよ」

「じゃあメスは独占しなくて良いと思ってるのか?」

「ダメに決まってるじゃん。結論は一緒なんだよ。ただ、怒るポイントが違うんだよ。

 怒りの本質は他のメスを自分と同じように扱ったって所なんだよ。そこが違い、分かった?」

「良く分からないけど肝に命じておくよ」


「さっきの話、本気でそう思ってるの?」

 日向の部屋で勉強しながら香澄が聞いた。

「ん? 何の話?」

「水野が羨ましいって話」

「ああ、さっきの」

 日向は困り顔になった。

「やっぱりコンプレックスじゃん、取り柄が無いって。自信持てなくなるよね」

「取り柄がないなんて事ないじゃない」

「たまたま一個だけあったから助かってるけど、もしそれも無かったら?」

「それでもやっしーだよ」

「もし俺が勉強もまるっきりダメだったら山田はここにいた?」

「……それでもいると思う」

「気を使ってくれてありがとう。でも、それは無いと思うよ」

「何でそんな事言うの?」

 香澄は立腹していた。

「山田が何でも出来るからだよ」

 日向が静かに言った。

「そんな事……」

「あるよ。さっき言われてその通りだと思った。山田は凄いよ、確かに人生で一度会うかどうかだと思うくらいに」

「そんなの回りが勝手にイメージで言ってるだけじゃない。私がどれだけお馬鹿か、一年間見てきたやっしーが誰よりも知ってるでしょ!」

「一年間見てきたからだよ」

 香澄は思わず黙った。

「山田だけじゃないよ。樹は器用だし。意固地に自分を曲げない所は二人ともちょっと似てるよね」

「一緒にしないで」

「しょっちゅう漫才やってるのも、多分似たもの同士なんだよ」

「どういう発想?」

「二人とも俺とは違って色々出来るし」

「そんな事ないよ。それに何が出来るかが人間の価値じゃないでしょ」

「でも俺は何でもないよ」

「やっしー、分かってなさすぎるよ」

 猛烈な悲しさが香澄を襲ってきた。

「そお? 回りの人達を見回してそう感じただけなんだけどな」

「日向は名前の通り太陽みたいなんだよ。優しくて、温かい」

 香澄は鼻をすすりながら絞り出すように言った。

「ありがとう。でも俺が優しいのは自分に自信が無い事の裏返しだよ。自信が無いから本気でキツく当たったり、人と衝突したり出来ないだけだよ。腕に自信があれば気に食わない奴を片っ端から殴ってたかもしれないよ」

「そんなのやっしーじゃない。例えこの世で一番強かったとしても、やっしーは人を殴ったりしない」

「そうだと良いけどね。そういう意味では殴ろうと思えばいつでも殴れるのに、そうしないない奴の方がよっぽど優しいんじゃない?」

「そうじゃないよ。やっしーには敵がいないんだよ」

「喧嘩に自信がなければそうするしかないじゃん。処世術だよ」

「水野はやっしーが無敵だって言ってた。私もそう思う」

「俺、激弱だよ。山田と殴り合って負ける自身がある」

「無敵は誰でも殴り倒せるって意味じゃない。回りに味方しかいないから敵無しって意味なんだよ」

 日向の反論が止まった。

「誰でも味方にしてしまえるから争う必要なんかない。そういう才能なんだよ」

「……」

「もっと自分を見て。何が出来るとかじゃなくて、本当の自分に気付いて」

 日向は黙って香澄を見ていた。

「やっしーみたいな人、私の人生には二度と現れないと思うから……」


「ねぇ、樹。お願いがあるんだけど」

 いつもの喫煙所跡でさくらが言った。

「ん、何?」

「私、その子に会ってみたい」

「って、智草?」

「そう」

 樹は恐る恐る聞いた。

「何する気?」

「別に変なことはしないよ。どんな子なのか知りたいだけ」

「マジで?」

「あと、もう一つお願いがあるんだけど」


「何だか、勉強する気分でもなくなっちゃったね」

 香澄が日向に言った。気まずい空気が支配していた。

「私、今日は帰るね」

 まだ早い時間だったが、香澄は荷物をまとめ始めた。重い参考書類は明日も使うから置いて行けば良い。

「ああ」

「じゃあ、また明日」

 急いで荷物を纏めると香澄は走るように日向の家を出た。顔が熱くなっていた。それが走ったせいでない事は分かっていた。真っ直ぐ家に帰る気にはなれない。スマホの画面で時間を確認した。時間的にはまだ大丈夫だ。


「分かった。何とか方法を考えてみる」

 さくらから二つ目のリクエストを聞いて樹は簡潔に言った。

「ありがとう、樹」

 樹はさくらの少し潤んだ目に引き寄せられたような気がしたが、実際にはさくらの方から近づいていた。今日は心なしかいつもより長かった。唇が離れるとさくらはもう一度言った。

「ありがとう、樹」


「いいじゃん、いいじゃん。それだよ!」

 さくらと樹が303号室に戻ると葉月の声が聞こえてきた。

「どうしよう。明日顔合わせる自信がない」

 香澄の声だ。部屋に入ると予想通りだった。葉月はすっかり香澄のコンサルタントになっていた。

「おっ二人共。おいで、おいで。ついにやったよ」

「何があったの?」

 さくらが首を傾げながら聞いた。

「まぁ聞いてよ」

 葉月の話が終わると、さくらと樹は香澄を見た。リプレイを聞かされて顔が紅陽していた。

「ずいぶん攻めたな」

 樹がコメントした。

「そんなつもりはなかったんだってば。話の流れでいつのまにかそそういう事に」

「でも良かったんじゃない。思いを伝えられて」

 さくらは楽観的だ。

「もうこれはジャブではないよね〜〜。かなりのハードパンチを入れたって感じ?」

「むしろローブローだろ。俺が知る限りあいつ免疫ないぞ」

「どうしよう。明日どんな顔して行けばいいの? 顔を直視する自信がない」

「もう『好きだ!』って言ってキスしちゃった方が早くね?」

「香澄ちゃんに同じ事させる気?」

 さくらが窓の外を見ながら言った。

「そんなアニマルな事、香澄ちゃんからはできないよね」

 専属コンサルが却下した。

「無理、無理、無理、無理」

 香澄が激しく首を振る。

「でも、日向の性格考えると進まないような気がするんだよな」

「おっ、友人からの貴重なご意見」

「いや、あいつ自信ないって言ってたんだろ?」

「うん」

「で、山田の事は何でも出来て凄いって?」

「うん」

「なら無いなーー」

「ちょいちょい、どういう事?」

「葉月ちゃ〜〜ん」

 樹は葉月の口調をまねして言った。やり返すチャンスだった。

「男心の分からない人達ですね〜〜」

「ムカつくからさっさと言ってくれる?」

「だろ? 意見が合って嬉しいよ」

「で?」

「多分、あいつ信じてないと思う。コンプレックスって言ってたじゃん。自分みたいな何の取り柄もない奴を何でも出来て凄い山田が? そんなの有り得ないって思ってるんだよ」

「そんな事ない! やっしーの方が……」

 そこまで言いかけて香澄は飲み込んだ。あまり学習していないようだ。

「あいつは言えないと思うよ」

「誰かさんとは違うのね」

 また窓の外を見ながらさくらが言った。

「何か言いたい事でも?」

「別に。世の中汚れのないピュアな人達もいるんだなって」

「それでお互いに怖がってばかりで進展しないなんてアホだろ。それなら多少強引でも……」

「っさいなぁ。だからってそんな迫り方できる訳ないでしょ。そんな恥ずかしい事できる奴いる訳ないじゃん! 引くよ!」

 樹とさくらは揃って窓の外を眺めた。

「でもさ、樹の言っている事が正解だったら難題だよね。どうやって本気だって信じてもらう?」

「その前にやっしーが私の事どう思っているのか分からないと、これ以上は言えない」

「それは親友の出番だね」

 葉月は樹を見た。

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