第17話 2020年3月1日(日)

「うわあああああっ」

 香澄は頭を抱えている。

「いよいよだと思うと落ち着かないよね〜〜」

 日向はのんびりと言った。

「落ち着かないからって病院に来るなよ」

 明日は都立高校の合格発表日だった。

「まあ、そう言わずに。さすがに平然とはしていられないからさ」

「平然としてるじゃん」

 葉月が言った。

「そう見えるだけだって」

 日向が笑顔で答えた。

「笑顔で言われてもねえ。あれくらい取り乱してくれると分かりやすいんだけど」

 葉月は顎で香澄を差した。

「あいつは合否待ちというよりは死刑執行待ちだから」

「そこっ! 落ちる前提で言わないでくれる?」

「頭抱えて絶叫するのもやめてくれるか。ここ病院なんで」

「何よ、その傍観者な態度」

「傍観者なんだよ。俺関係ないし。残念会はどこがいい?」

「祝勝会って言ってくれる?」

「あくまでも勝つつもりなんだな」

「当たり前じゃない。私は白旗の振り方なんか知らないの」

 結果が確定するまでは常に強気の発言をする習慣が染み付いていた。

「頭抱えて絶叫するのは白旗じゃないのか?」

「あれはどうなるか分からないフラストレーションの叫び」

「この期に及んでどうなるか分からないって、最後の瞬間まで宝くじを楽しめるタイプだな」

「そこまで確率低くないわよ」

「宝くじが当たる可能性は十年連続で交通事故に遭う確率と同じだっけ? いい勝負じゃないか」

「失礼ね。確変リーチ来てるわよ」

 香澄の口から年齢不相応な単語が飛び出してきた。

「今年の受験者でその言葉を知ってるのはお前一人だけだろうな」

「通ってる訳じゃないわよ。兄貴の入れ知恵よ」

「史上初じゃないか? 入試をパチ呼ばわりする奴」

「あんたが宝くじとか言うからでしょ」

「まあまあ。今となってはもう出来る事はないんだから心静かに待ちましょうよ」

 さくらが諌めた。


 三月最初の日は暖かく春の兆しを感じさせた。夕方の喫煙所跡には季節の移り変わり目の香りが漂い始めていた。

「樹が初めて好きになったのは私だって言ってたじゃない」

「うん」

「私も好きになったのは樹が初めてだよ」

「うん」

「本当じゃない好きは除いてね」

「はいはい」

「好きなって初めて意味が分かったの」

「意味なんてあんの? 好きは好きってだけじゃないの」

「私、樹の笑顔が好き。嬉しそうな樹の顔が見たいって思う。好きになるって相手を幸せにしたいって思う事なんだね。でも、それは相手のためじゃなくて自分のため。お互いに相手を幸せにしようとする事で一緒に幸せになって行く。きっと、そういう意味なんだよ」

「うん。それなら何となく分かる」

「だから私は樹に笑顔でいて欲しい。私のために」

「俺もさくらに笑顔でいて欲しい。俺のために」

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