第16話 2020年2月29日(土)
「おーい、水野」
香澄が病室に入って来た。その後ろに日向も見える。今日は二人共私服だ。
「また病院? よっぽどヒマなんだね」
「暇はどっちだ? 忘れているかもしれないけど、俺は手術したばっかの怪我人。他へどこへ行けと?」
「家で泣いてれば?」
「何でそんな事しなきゃいけないんだよ」
「まあ、今はどこも行けないしね」
日向も暇そうに言う。
「勉強しろよ。日向はともかく、山田は二次募もあるんだろ?」
「私が落ちる前提で言ってない?」
「受かる前提で言ってない?」
「私も滑り止めはあるからいいんだよ」
「ウチの高校受けてたのか?」
「しつこいな。私に男子校行けって?」
「自然に溶け込めるぞ」
「香澄ちゃんが学ラン着て歩いたらモテまくりだろうね」
さくらが嬉しそうに言った。
「そう言えば文化祭で男子の制服を着た事があったね。あの後、女の子達に囲まれて大変だったじゃん」
日向が言った。
「良かったな。すぐに彼女ができそうで」
樹は容赦しなかった。
「何で私いつもそっち系の扱い?」
「だってかっこいいんだもん。仕方ないよね」
葉月も嬉しそうだ。
「それに多分男の子にもモテるよ」
「だといいんだけど」
溜め息交じりに香澄が答えた。
「もう部活は引退したし、四月からは可愛い新一年生なのに」
「うんうん。これまでは上で引っ張る立場だったけど、一転して初々しい新入生になるんだもんね。ここはギャップを狙って可憐な所を見せるチャンスだよ」
「可憐な脳筋? その二つは同時に使う言葉じゃないだろ」
「いいんだよ、使わなくて」
樹のコメントを葉月が切って捨てた。
「まあ、結構な数のクラスの男子が私より背低いし、どうしてもそういう扱いになっちゃうんだよね」
香澄の声は自嘲気味だった。
「抜かれた方としては面白くないんだが」
樹が言った。
「あんたは平均身長だからいいでしょ! 私は平均じゃないからコンプレックスなんだよ」
「モデルさんみたいでカッコいいじゃん。私達からすれば羨ましい限りだよね、さくらちゃん」
「うん。凄く」
平均以下の二人が言った。
「現実の世界じゃ一人だけ頭飛び出す大女ですよ」
「自分一人だけ頭が飛び出していると気になるんだよね。少しでも目立たないように猫背になるし」
平均大幅超えの日向が共感した。確かに日向は猫背気味だ。一方、香澄の背中はそれでも凛と真っ直ぐだった。
「身長差カップルは大変だから、自分に丁度いい高さの相手を選びなよ」
葉月が言った。
「何で?」
平均が聞いた。
「想像してみなよ、電車で並んで立っている所を。横を見たら目の前にはつり革を握った脇の下。顔を見上げれば鼻の穴の中が丸見え。雨の日に一緒に傘に入れば大惨事」
香澄と日向が暗い顔になっていた。
「私、耐えられない。脇の下に顔埋められるとか、鼻の穴全開で見られるとか」
「俺も」
「大丈夫だよ。君達なら身長差そんなにないから」
葉月は当然のように言った。
「え?」
二人同時に言った。
「いいから、いいから」
葉月は楽しそうだった。
「背が高すぎても悩みなんだね」
夕方の喫煙所跡でさくらが言った。
「俺には良く分からないけど、そうらしい。脱げない服ってやつ?」
「自分の意思では変えようがないっていう点ではそうだよね。私は樹に合う身長で良かったけど」
さくらは樹にピッタリとくっついた。
「ほら、丁度いいでしょ?」
樹の口の前にさくらの額があった。樹は静かに額に唇をつけた。
「次はどこ?」
額の感触に気付いたさくらが期待に満ちた目で見上げた。二月最後の日は少し暖かく、喫煙所跡に差し込む日差しは柔らかかった。冬の終わりが近づいていた。
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