第15話 2020年2月28日(金)

「うへぇ、マジか?」

 葉月がスマホを見ながら言った。

「TDLが明日から休園だってさ」

「どんどん影響が広がってるのね。残念」

 さくらの言ったに意味はない。仮に休園しなかったとしても、この部屋の誰も行く事はない。

「樹にあげたデートプランもお蔵入りだね」

 以前は樹が誰かと行く他人事のプランだったが、今はその誰かになれない事が寂しかった。


 外はあいにくの曇り空で、冬の弱い日差しが窓から入って来ていた。二人は喫煙所跡の長椅子に座っていた。角を回った先の廊下から様々な声が聞こえてくるが、死角になっているここには相変わらず誰も来ない。

「昨日の約束ちゃんと覚えてる?」

「昨日の今日で忘れたりしないよ」

「忘れないように毎日思い出して」

「分かった」

 樹は渋々言った。内心では受け入れたくない事が態度に現れていた。明日も明後日も今日と同じようにずっと続くと思いたかった。

「樹が好きになったのって私が最初?」

 突然さくらが聞いた。目はじっと樹の目を見上げている。樹は突然話題を変えられ、思考の切り替えに苦労しつつ答えた。

「本当の意味では」

「本当じゃない好きって何?」

 さくらは樹の服の裾を握って詰問した。

「良くあるじゃん、あの子いいなとか。結局何の行動も起こさないで終わるやつ」

「それは誰にでもありそうだけど」

「でしょ?」

「初めてにしては行動が素早かったよね?」

 掴まれた裾が強く引っ張られた。

「そうかな」

「好きって言ってから十秒くらいだったよね?」

 下から頭突きするようにさくらが迫ってきた。

「そうだっけ?」

「やけに手慣れてたし」

 じっと樹の顔を見ている。嘘の兆候を探しているかのようだった。

「いやいや、慣れてないし」

「自然だったよね?」

「そうなるのが自然だったんだよ。見えない糸で繋がってるってやつ」

 この表現がさくらの何かに触れたらしい。口調が和らいだ。

「きっとそうだね。私、樹が退院した時に糸は切れたと思ってた。確かに一瞬繋がった感じはあったけど、それも終わり。最後にちょっとした思い出が出来たから、それを抱えて逝くつもりだったんだ」

 さくらは笑顔で言うが、樹は受け止めきれていなかった。

「でも……泣いちゃった、悲しくて。こんなに辛いなら今すぐ死んでいいと思った」

「……」

「そうしたら二時間も経たないうちに戻って来るんだもん」

 さくらは目の端に涙を浮かべて大笑いした。

「ねぇ、ちょっと早くない」

「早い方がいいだろ」

「本当にちゃんと考えた?」

「考えたよ。でも結論は一つしかなかったから」

「本当に?」

「本当に」

 さくらはじっと樹の目を見上げてくる。また嘘の兆候がないか確認しているようだった。

「私は世界で二番目に辛い初恋をしているの。初めて好きになった人がいる。これからもっと、ずっと一緒にいたい。でも……」

 樹は椅子に座ったままさくらを抱き寄せた。胸の痛みが耐え難くて、これ以上言わせたくなかった。さくらは大人しく樹の肩に額を寄せた。

「私の物語はそこで終わり。その先はない。でも、樹の物語はその後も続くの。世界で一番辛い初恋をするのは樹なの。それを分かって」

 冬の曇った日差しの中でさくらを抱き寄せる腕に力が入った。心の準備は出来ていなかった。

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