第14話 2020年2月27日(木)
突然一斉休校が決まった。樹は午前中のリハビリを口実に午後も学校をサボったので、知ったのは病院のテレビでだった。来週から全国の学校が休校に入る。キナ臭い雰囲気が広がりつつあったが樹は喜んでいた。学校がなくなれば、さくらに会う時間が増える。
「これで来週からは早い時間に来られるよ」
いつもの喫煙所跡で樹が言った。
「ふふ、良かった。休校のおかげだね」
さくらも嬉しかった。時計の一針は血の一滴だった。少しでも一緒にいられる時間が増えるのが心から嬉しかった。加えて樹に伝えたい事が沢山あった。今のうちにできるだけ伝えておきたかった。
「樹」
「ん?」
「初めて入院した夜に私が言った事覚えてる?」
「どれ?」
「沙耶」
「生まれ変わりを見つけた?」
「大切な人を失くすとその人の一部も一緒に死ぬって言ったでしょ」
「ああ、あれね」
樹は少し落ち着かなくなっていた。
「本当だよ」
「うん……」
「私がいなくなった時に樹の一部も一緒になくなるよ」
「分かった」
「どう伝えたらいいのか分からないけど」
さくらは言葉を繋ぎながら続けた。
「私と一緒に死ぬ部分はもうどうにもならないの。樹の一部は私が一緒に連れて行く。それは私の物、大事な樹の一部」
「うん、持って行きな。覚悟はしているよ」
「ありがとう。嬉しいよ、本当に。でも死ぬのは一部だけ、大部分は死なずに生きる」
「うん……」
「お願いがあるの」
さくらがじっと見ている。
「樹には私の生きたお墓になって欲しくない」
「どういう事?」
「樹は引きずりそうだから。下手すればオジサンになるまで」
「そうかな」
「嬉しいよ、そんなに思われたら。いなくなった後もずっと、何十年も思い続けてもらえるなんて幸せだと思うよ。でも、そのために樹が私の墓石になるのは嫌。背中に私の名前を刻んで死んだまま生きて欲しくないの」
樹は押しつぶされそうな感覚を覚えた。
「だから約束して。私の墓標にはならないって。一緒に過ごした時間と、その思い出があればそれでいいの。私の事は忘れないで。でも記憶に殺されるような事にはならないで」
一人取り残される事を実感できていない樹にさくらは念を押した。
「その記憶は私じゃない。私は絶対に樹を殺そうとしたりしないって事を忘れないで」
「分かった。約束する」
樹は約束したが、納得した様子はない。心もとないが、口に出して約束させた事で良しとした。その時が来たら今の約束を思い出してくれる事を期待するしかなかった。
「ねぇ」
さくらは攻め方を変える事にした。
「ん?」
「樹は転校して今の家に引っ越したって言ってたよね」
「うん」
「どうだった?」
「どうって言われても……金曜日に前の学校でお別れの挨拶して、次の月曜日には新しい学校で初めましてだったから」
「月曜日の朝にこう思わなかった? 今頃は前の学校ではいつも通りの朝が始まっている。いつもの学校、いつもの教室、いつもの顔。でも、そこに樹だけがいない」
樹は少し間をおいて思い出すように言った。
「俺だけがそこから消えている……」
「寂しいよね。当たり前の毎日がこの先も続くのに、そこから自分だけが消えているって」
窓の外を見ながらさくらが言った。樹はその横顔を一生忘れる事はないと思った。
「一緒に過ごした時間があるから記憶になる。一緒に過ごす事がなくなれば新しい記憶は生まれない。時間はそこで止まる」
そう言ってさくらは外の風景から目を離すと樹の顔を見上げた。言わなくても通じる事は分かっていたが、あえて口にせずにいられなかった。まだ新しい記憶を作る事はできる。時間が止まる前に一つでも多くを望むと決めていた。
「ねえ、今日はまだじゃない?」
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