第5話 2020年2月18日(火)

 今日のリハビリは午後で、新たに階段昇降練習がメニューに加わった。リハビリが始まってまだ二日目だが、終わった頃には足がまた腫れていた。救いは今日からシャワー使用が許可された事だった。樹は久しぶりにシャワーの爽快感を味わった。入院して以来濡れたタオルで体を拭いただけで、風呂は四日ぶりだった。気付かない間に悪臭を振りまいてさくらに嫌われたのではないかと不安になった。不機嫌の理由が体臭だったらダメージは大きい。

 杞憂だった。二回全身を洗って部屋へ戻ったが、さくらの機嫌は変わっていなかった。どこに地雷が埋まっているか分からない。樹は配膳の時間まで面会室で時間を潰す事にした。松葉杖という機動力を手にしたので、ベッドに常駐する必要はなかった。

 六時頃に部屋へ戻るとさくらの機嫌はさらに悪そうだった。何を言われる訳でもないが、全身から不機嫌オーラを放っていた。誰かが地雷を踏んだのかもしれないが、当たり散らされるのは只一人の隣人である樹なのだ。

「どこ行ってたの?」

「面会室でウダってた」

「ふん、楽しそう」

「一人でスマホいじってるだけで、楽しくはないよ」

「そう」

 食事が終わると七時の面会終了時間になる。ここから九時の消灯までをどう乗り切るかだが、樹はうんざりし始めていた。直球で対決してみる事にした。

「さくら」

「何?」

「生理中?」

 さくらが横を向き、樹を睨みつけた。

「正気?」

「昨日からやたら機嫌悪いじゃん。もう八つ当たりされるのもうんざりなんだよ」

「八つ当たりなんかしてないわよ」

「ほら、明らかに機嫌悪いじゃん。それとも俺が何かした?」

 さくらは樹から目を反らし、暫く目の前の机を睨んでから口を開いた。目は机の上の一点から離れない。

「樹、退院するのがそんなに嬉しい?」

「嬉しいに決まってるじゃん! 怪我して喜ぶ奴なんかいる訳ないだろ!」

 さくらの顔がさっと動き視線が樹に戻った。恨めしそうに睨みつけている。

「怪我の事なんか聞いてない! 退院するのが嬉しいかって聞いてるの」

「意味分かんねぇ。何が違うんだよ?」

 二人ともすっかり興奮していた。

「じゃあ、さっさと退院してお友達と遊んできたら?」

 それっきりさくらは消灯時間まで毛布を被って丸くなってしまった。その日は二人そろってモヤモヤとした気分のまま眠りに付いた。

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