第三十四話 全ての原因を知る
ギンちゃんの全身が突如、光に包まれた。パァッと狐型の白い発光物となり、それが次第に人の形となっていく。
「え、え、えぇっ⁉」
カルは呆気に取られた。開いた口が何か言葉を発しようとしたが、目の前の出来事を見ながらパクパクとしてしまうだけだ。タキチもこちらの頭が痛くなるほど大騒ぎをしている。
目の前の発光が治まっていくと、そこに現れたのはギンちゃん――銀色の狐ではなく、銀髪の青年だった。袖の長い白い法衣をまとい、今までは下を見ていたのに、背は見上げるぐらい高くなっている。
しかも目鼻立ちのすっきりした美青年だ。
「えぇぇ、なな、何っ!?」
(どぇーっ!なんだよ、ギン太っ! お前、人に化けられるのかよっ! ずっりぃ、何それっ!)
キユウも少し驚いたようにギンちゃんに視線を向けていたが。タキチの交信が、さぞうるさいのだろう、迷惑そうに眉を歪めていた。
驚く周囲をよそに、ギンちゃんの切れ長の目が愉快げに細められる。
「ふふふ、驚いたかな? これが私の人に化けた場合の姿だよ。本体がなければ力が出ないから、ずっとできなかったんだけどね。まぁ、なかなかイケているだろ?」
ギンちゃんは身体をくるりと回転させて楽しそうだ。その様子を抗議するように腰のタキチの赤い飾り紐がパタパタと風もないのに揺れている。
(イケているだろ、じゃねぇよ! ずっるい、おれっちも身体欲しいー!)
(腹の出ているタヌキには無理だな。まぁ私みたいに徳を積めばいずれは叶うかもしれないけど、ざっと三百年はかかるんじゃないかなー)
タキチが(三百年っ!)と悲鳴を上げている中、ギンちゃんは「それよりさ」と言いながらスッと白い手を前に出し、カルの頭の上に乗せてきた。
すると頭の中に先程見た両親やキユウの過去のような、別の次元の出来事とも言うべきことが浮かび上がってきた。
今度は目を閉じなくても頭に浮かんでくる。それは誰かの記憶のように感じられる。
「カル、まだ戦いは終わっていないよね。アンタにはさっき、今まで知りたいと願っていたことを見せてあげた。今度見せるのはアンタが知らなければならないことだ。今では誰も知ることができない事実にして呪刀事件を引き起こした張本人……それは愛らしく、悲しい人物なんだよ」
カルは息を飲んだ。頭に浮かび上がってくる出来事は、瞬く間にカルの脳内に隅々まで行き渡っていく。そして記憶として脳に刻まれていく。
胸の奥がズシンと重く、痛くなっていく。
「こ、これは――」
自分の知らない誰かの記憶のようだ。
暗く、冷たい記憶だ。
悲しい、さびしい、誰もいない。あったかい存在を求めているのに、誰もいない。そんな思いが伝わってくると同時にその気持ちがどれほどつらいかがわかる。魂が冷えて、身震いしてしまいそうだ。
これは会ったことはない人物の記憶だ。
でも自分に深く関わる人物のものだ。
記憶は次第に、誰のものであるのかをカルに伝えてくる。じわじわと人物が思い浮かんでいく。
……あぁ、これは。
カルは悲しくて目を細める。
この記憶が誰のものなのかがわかり、カルは全てを悟った。
(カル、どうしたっ)
タキチが慌てた声を発する。
全ての出来事がカルの脳を巡った後、カルは力を消耗し過ぎたように膝から崩れてしまった。慌ててキユウが「大丈夫か」と駆け寄ってきた。
「ふぅー、これだけの力を使うのは久々だから、なかなか疲れるな」
ギンちゃんはふらりと身体を揺らす。すると美青年の身体がおぼろげになっていき、気づけば見慣れた銀狐の姿になっていた。
力を使ったことで身体を維持することができなくなったらしく、ギンちゃんはくやしげにうめいていたが、タキチが「ほれ、無理するから」と意地悪なことを呟いている。
「……ふん、そこのタヌキ、後で覚えていなよ。それよりカル、今見せたのはある人物の記憶だよ。ほんのわずかしかない時間の記憶だが、それでも色濃く残り、相手の力の源――憎しみとなっている。それが全ての引き金ならば解決してやらないとだよね。優しいカルなら、そうするはずだ」
ギンちゃんの揺れる尻尾を見ながら、カルはうなずく。おかげで全ては繋がったのだ。
行かなくてはならない。
もう一人いた、自分の家族の元へ。
カルは息をつき、今一度刻まれた記憶を一つずつ脳の中でたどっていく。その重さを感じると、少し頭痛がした。
(大丈夫か、カル?)
タキチの心配そうな呟きが聞こえ、カルは彼を安心させるように赤銅色の鞘をなでた。
「……行くのか、カル」
今度はキユウの問いにカルはうなずく。
「行こう、タキチ、キユウ」
カルはこの近くにあるという子供達の墓地へと向かった。
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