第三十三話 さびしさは内緒

(感じたことはないかい、カル?)


(感じるって何を?)


(アンタの伯父は、アンタに厳しいだけだったかい? 優しさはなかったのかい?)


(え……)


(アンタに、何もしてくれなかったのかい?)


 カルは言葉に詰まる。

 だが、そんなことはないのだとわかっている。


(なくは、なかった……)


 最初は厳しかった。でも自分が妖刀を使えるようになり、共に過ごしていた時、キユウの優しさを何度も感じた。気づかってくれたり、おいしい物を食べさせてくれたり。助けてくれたり。


(けど、あいつはある日突然いなくなっちゃったんだよ)


(うん、そうだね。でもさ、それはあっちも戸惑っていたんだよ。カルが自分に憧れを持っている、親みたいな感情を持っている。それは正直、アンタの伯父も嬉しかった……でもそれを自分は返すことができない。だから離れた。どうしていいか、わからないから、ね)


 カルはチラッと地面に座り込むキユウを見やる。


『俺に親みたいな、生ぬるいぬくもりを求めるんじゃねぇ』


 先日、キユウが言っていた突き放す言葉を思い出す。


(慕ってくれるカルに愛情を返せない。手を伸ばそうとしても彼の中にある黒いものがそれを許さなかった。一度手を伸ばして、それを裏切ってしまったら、さらにカルを傷つけるから。だからさ、カルもそこはわかってあげなよ)


(うん……ギンちゃん、もう、わかったよ……)


 決してキユウはそんな本音を語らないだろうが、ギンちゃんがそれを代弁してくれた。

 それによってカルの胸には嬉しいよりも、苦しいという感情が大きく広がっている。


 キユウの気持ちはわかった。

 けれど、そんな気持ちを持っていながらなんで……。

 カルは目を細め、キユウを睨む。


「あんた……死ぬ気だったんだろ、さっき。俺にあんたを殺させようとしたんだろ」


 カルが発した言葉にタキチが(えっ)と驚く。


「あんたはわかっていたんだ。邪念が自分に迫っているのを。事件のことも全てわかっていて、それにとり憑かれればどうなるかもわかっていたのに全てを邪念に委ねた。面を被り、変装をしていたのは自らを隠すため……」


 カルは拳をグッと握りしめる。

 自分は危うく取り返しがつかないことをするところだったんだ。

 邪念が憑いた刀を持てば理性は失われ、特定の人物を殺そうと襲いかかってくる。

 そうなれば自分も本気で応戦をしなければならない。本気でやらねば自分がやられるからだ。

 結果、相手の命を奪うことに――キユウが死ぬことに繋がる、ところだった。


 自分は、キユウを殺してしまうところだったんだっ……!

 白い短刀が助言をしてくれなければ、大切だと思う存在を斬っていたのだ!


「ふざけるなよ、やめろよな。別に俺はあんたのぬくもりなんていらない。優しさなんていらない……でもいなくなって欲しくはないんだよ。どこでもいいから、生きて酒飲んでればいいんだよっ……」


 大事に思ってくれなくていい。

 ただフラッとたまに現れてくれればいいんだ、それだけでいいんだ。今はこの世の中でたった一人の家族なんだから。


 キユウは無表情のまま、目を閉じるとふぅっと長く息を吐く。

 そして「あの時――」と口を開いた。


「お前を見つけ、白い鞘の短刀を手にした時。お前に刀を向けようとする俺を何かが激しく引き止めた。今思えば……あれはリラの力もあったのかもしれない」


 リラ、母さんの力……。

 あの白い鞘の短刀は、母さんに関係が?

 そう思いながら、カルは腰に差した短刀に声をかけてみたが、また声はしなくなっていた。


「お前を殺す気がなくなっちまい、お前に剣術を教えることにした。いつかはお前と対峙して、その時にお前が死ぬも良し。ダメなら俺を殺してくれればいい、そう思っていた。今回その機会が訪れたと思ったのにな」


 そんな……身勝手だ。

 カルは胸がつぶれそうな思いで気持ちを吐き捨てていた。


「……そんなに殺したかったなら俺を殺してくれればよかったんだ。何も知らない幼い頃にやっていてくれれば、ずっと苦しまずに済んだんだ。無駄に悩ませて苦しませて――」


 さびしいという気持ちを抱かせやがって……それは言わなかった。ずっとさびしかったけど、それは言わない。もうバレてはいるだろうけど言いたくない。


 キユウは何も言わなくなってしまった。ただ目を閉じたまま、瞑想でもしているかのように座っている。

 そんな雰囲気に気を使ってくれたのは(あのさ)と声をかけてくる長年の相棒だ。


(なんていうかさ、なんだかんだ、カルは大事にされてたんだよ。だからあの酔っ払いは、あえてお前から距離を置いていたんだ。今回もそうだ、仕事とは言っていたけど邪念も側にいたし、何かの拍子でカルを傷つけるかもしれない……そう考えとけばいいじゃん、楽だろ)


 タキチの提案にカルは大きくうなずいた。


(……そうだな、今はまだ事件の解決もしていないもんな)


(そうそう、あんまり、深刻に考えないことが長生きのコツよ!)


 タキチの毎回のトボけっぷりに(お前、短命だったよな)と返すと、タキチは笑っていた。

 自分を励ましてくれているのだ。そんなタキチの気づかいに応えないわけにはいかない。余計なことは考えるのはやめよう。


(あ、でもさー、おれっち気になることがあんだよ、なぁ、酔っ払い!)


 タキチはキユウにも気を使っているのか声をかけた。


(あんたさ、なんでカルが命の鏡欲しいこととか知ってたんだよっ! どっかで変態みたいに盗み見てたのか⁉)


 タキチの問いに、キユウは「さぁな」と鼻で笑った。


「どっかの尊いタヌキ様がベラベラしゃべりまくっていたからじゃねぇか? 隠し事のくせに声がまぁーデカくてな」


(……え)


 タキチが唖然としている。どうやら今までのタキチの交信がバレバレだったらしい。自分は声を潜めていたつもりだったが。


「……タキチ、お前がいると秘密が作れないな」


(う……わ、悪かったって。小言は後で聞くからさぁ……さ、さっさと事件を追おうぜっ)


 全く、とカルは苦笑いする。とりあえずタキチに対する説教は後にすることにしよう。


(やぁやぁ、みんなの話は済んだかな?)


 ギンちゃんは「やっと出番だね」と銀色の尻尾を振った。

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