第二十一話 同じ血、違う血


 宿屋、飛天の裏には泊まり客は訪れないが、キッタが毬を蹴って走り回っても誰にも迷惑がかからないほどの広さの庭がある。


 そこでカルは赤銅色の鞘に納刀したままのタキチを、キユウは使い込んで傷だらけになった黒い鞘に納刀したままの刀を持ち、鞘の先端を互いに重ね、向かい合わせに立っていた。


 カルは静かに呼吸をする。キユウと手合わせをするなんて数年ぶりだ。なんとなく彼と手合わせをしてみたくなって願い出てみたが、キユウがあっさり了承してくれたのは意外だった。


「さて、お前から打ち込んでみな」


 キユウの言葉が終わると同時に、カルは納刀した刀を振りかぶり、真っ向から振り下ろした。こちらの攻撃を当然のように読んでいるキユウは鞘でそれを受け止め、不敵に笑う。


「昔となーんか違うなと思ったら、そうだよな。お前だって背が伸びてんだから攻撃の位置も目線も違うわな」


「昔と違うからな、油断して当たっても知らないぞっ」


 そうは言っても背丈のあるキユウの方が目線が上なのが、ちょっとだけ腹立たしい。自分も早く成長したいものだ。


 カルは構えを変え、今度は真一文字にタキチを構える。次はキユウの出方を伺うつもりだ。

 キユウは基本に乗っ取り、中段に刀を構えた。両手がしっかりと鍔を握り、真剣ではないとはいえ、切っ先がこちらを向いていると背筋がゾッとしてしまう。

 だがそれよりも、カルはキユウの手に目がいっていた。


「キユウ、左手、痛めてるのか?」


 構えを崩さぬまま、カルはたずねる。今まで意識しなかったが、キユウの左手には黒い皮の手甲がされている。別に珍しい装具ではないが手甲からのぞいている指全てが痣のように青くなっているので気になってしまった。


「人のこと気にしてると、痛い目見るぞ」


 言葉の途中で、すでにキユウは動いていた。カルへの間を一気に詰めてくると肩を狙う袈裟斬りを放ってきた。慌ててタキチを両手で持ち直し、一刀を防ぐ。


(ぎゃあ、なんだよ、こえーなぁ!)


 タキチがぎゃあぎゃあと騒いだ。いったんカルは後ろへ飛び退き、キユウと間合いを取る。こちらは一刀を放ち、一刀を防いだだけなのに呼吸が荒くなったが、キユウは首を左右にコキコキと鳴らして余裕そうだ。


「お前、剣術は誰かから習ってたのか?」


 カルはタキチを中段で構え、前を見据える。


「習った。村を偶然に訪れた親切そうな剣士に、何人か」


「師事はしなかったのかよ」


「してない、そんな対象になりそうな人はいなかった」


 キユウがいなくなってからは村を訪れた剣士が村に滞在している間だけ、剣術を教えてもらったが、どれも大したことはないと感じた。基本的な構え、刀の振り、体幹……それらはあくまで一般的に通用する剣士ができあがるだけだ。

 キユウみたいに容赦なく叩きのめし、散々傷や痣を作らされ、それでもなお追い打ちをかけてきた教えとは全然違う。


 キユウの指導は厳しかったのだ。

 “あることが”起こるまでは。


 カルはゆっくりと息を吐いてから足を一歩踏み込んでキユウに近づき、また真っ向からタキチを振り下ろす。キユウはやすやすとそれを自身の刀で受け止める。


「同じ斬り方ばっかじゃねぇかよ」


「だから今こうして、あんたの技を盗もうとしてるんだ。あんたが教えてくれなかったから。でも俺にはあんたと同じ血が少しは流れている、あんたの技なら、すぐ会得してみせるさっ」


 キユウは眉をピクッと動かす。

 そして「血、ねぇ」と鼻で笑うと、ぶつけ合っていた刀を力づくで押し返し、カルの身体を弾き飛ばす。

 そして素早く抜刀し、横一文字に刀を払った。


「なっ!」


 タキチを構える間もなかった。カルの左腕に痛みが走る。見れば緋色の着物の袖からのぞく腕の皮膚が薄くではあるが切れていた。ジワッと血がにじみ出て赤い玉ができる。

 タキチも慌てたように(カルッ⁉)と叫んでいる。


「……見た目じゃわからんがな、確かにお前には俺の家系の血も流れてる。だから希少な妖刀使いになれたんだろうからな」


 カルはタキチの鍔をギュッと握る。

 そう、これがきっかけだった。

 あの日、幼少の頃、野山でタヌキと出会い、タヌキを救おうとしたが、ダメで死なせてしまい。

 自身の持っていた刀にタヌキの魂が宿って妖刀になった。それは誰しもできるわけではない能力だという。


 野山を降り、キユウが自分と会うなり、驚いた様子で『その刀は?』と聞いてきた。キユウに経緯を話すと、キユウは息をつきながら『これも血筋か』と、何かに観念したかのように呟いたのだ。


 それからだ、キユウの指導が厳しいばかりでなくなったのは。時折『休憩しろ』と言ってくれたり『大丈夫か』と声をかけてくれた。

 今ならなんとなくわかる。妖刀を使えることでキユウは同じ血を感じてくれたのだ。


「だけどな、カル。お前には同時にリラとあの男の血も流れてんだ。むしろ比率はそっちの方が上なんだぜ」


(カル、危ない!)


 タキチの叫ぶと同時に、カルも抜刀した。新録色の刀身がキユウの鉄の刃を受け止め、ギチギチと硬い音を立てる。妖刀タキチの不思議なところは、どんな硬い物を斬っても刃こぼれをしないところだ。きっとタキチが踏ん張ってくれているからだと思う。


「よく受け止めたなぁ、タヌキも案外役立つじゃねぇか」


(こんのっ! 酔っ払い! ろくでなし! てめぇ、それでも身内かよ!)


 タキチが怒り、喚き散らす。今のキユウの一刀は命までは取られないが、くらっていたら腕よりも傷は深かっただろう。タキチが反応してくれたから助かった。


 キユウは、やはり自分の中に流れるレンの血が許せないのだ。けれどリラの血は拒絶していないようにも感じる……。

 キユウにとって、俺はどっちなのだろう。

 憎しみなのか、愛なのか。


「カル、俺に親みたいな、生ぬるいぬくもりを求めるんじゃねぇ。性に合わんし、俺はそんなもんは、いらねぇからな」


 キユウはそう言い捨て、刀を鞘に納めると「喉が乾いた」と去って行った。


(カル、カル、大丈夫かっ? ったく、あのこんちくしょう、何考えてやがんだよ……)


 わかっている、そんなもんを期待しちゃいない。あいつは親じゃない。他人みたいなもんだ。

 けれど同じ血が流れる、唯一の存在なのだ。

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