第二十話 カルとタヌキは悩む
「正直言うと私を持ち出した時点で、こいつは天罰もんだなって思ったんだけどね。秘刀と崇めらている物を、しかも獣を切り捨てるのに使ってくれちゃってるんだから、やれやれだよ」
そこだけ聞くと「罰当たりな」と怒っているようなギンちゃんの言葉だ。
しかしギンちゃんは怒ってなどいないのだ。その様子は尻尾がふよふよしているのを見ればわかる。なんだかタキチの飾り紐みたいだ。
「でも理由がね、殺されかけている力なき少女を助けるためだったんだからね、それじゃあ致し方ないって思ったんだ。それにお前の父親が私を手に取った時にわかった。アンタの父親の心はとても綺麗だった。ただ側にいた少女を助けたいって想いだけだったんだよ」
カルは何も言えず、唇を引き結ぶ。まぶたを閉じ、想像してみたいと思うが父親の姿は見たことがないからわからない、母のことも。
できることなら、このまふたの裏に呼び起こしてみたいのに。
多分だけどね、とギンちゃんは続ける。
「レンは冤罪だったんだろうね。そうじゃなきゃあんな綺麗な心の持ち主が罪人としてしょっぴかれるなんておかしいと思うよ。でもそれを証明する術はないから。結局捕まって処刑されちゃったんだよね。不憫だけど、そういう奴はこの世の中にごまんといるから……仕方がないんだよ」
カルは目を開け、ギンちゃんを見る。彼は全てを見通すような黒い眼で、心配そうに自分を見ていた。
カルは微笑を浮かべた。
「俺は大丈夫だよ。ギンちゃんのような神様みたいな……って、あんたは神様か」
「そうだよ、私は神様だ。偉いんだよ?」
「ははっ、全くだな。そう、だからあんたみたいな存在がそう言ってくれるだけで、俺は嬉しいよ。父は悪い人間じゃなかったんだって、わかったから、それだけで……」
罪人だって聞かされた時にはゾッとしてしまった、キユウに憎まれているとわかって胸が痛かったけれど。父は悪い人間ではないのだ。
良かった、それだけでも。と納得させようとするこの気持ちも。当然、この神様にはお見通しなのだ。
「でもカルは両親に愛されていたことを知りたいのだろう? どんな姿でどんな表情でカルのことを見ていたのか。そしてアンタの伯父である人物が自分のことをどう思っているのか、知りたいのだろう?」
ギンちゃんの問いにカルは小さく笑った。それが問いの答えとなる。
「私の正体は命の鏡……秘刀たる所以は鏡のように美しき刀身が見てきたものを映すからだよ」
カルはハッと、まぶたを開ける。
つまりギンちゃん――秘刀は見てきたものを映せるのだ。
「しかぁし! ここでちょっと厄介なことになっているわけだよ。それをアンタになんとかしてもらいたいわけだ!」
ギンちゃんは急に声高らかになる。そういえば『頼みたいことがある』と出会った時に言っていたのだった。
飛天に戻ると「お使いお疲れ様ー」と、スーはキッタと共に笑顔で出迎えてくれた。
そして買ってきた饅頭はカルの希望通り、休憩のお茶菓子として出してくれたのだ。
「やった! 饅頭だ!」
「カルにーちゃん、おまんじゅう好きなんだ?」
宿に入ってすぐに上がり段の上にキッタと並んで座り、カルは饅頭を頬張る。甘い物が好きで、あんこが特別昔から好物なのだ。
「母さんが、よく作ってくれたからな」
育ててくれた方の母が。
産んでくれた母の記憶は全然ないけれど、ギンちゃんが言っていた命の鏡を手に入れれば母の顔ぐらいは見ることができそうだ。
……どんな人なのだろう。
「スーおねーちゃんの作る、ようかんもおいしいんだよー、ぼくだいすきっ」
キッタが饅頭を頬張りながら無邪気な笑顔を浮かべると、スーも嬉しそうに笑った。その様子を見ていたら、自分の母親もスーのように笑顔で見守ってくれていたのではないか、そんな期待をしてしまう。
のんびりとみんなで饅頭に舌鼓を打っていたら奥の部屋から「うぉーい」という、ちょっと間の抜けた呼び声が聞こえた。どうやらクウタがスーを呼んでいるようだ。
「あら、クウタさんもお腹空いたのかしら。キッタ、私は夕食の準備もあるから見てきてくれる?」
キッタは一度は「えぇー」と駄々をこねたが、スーに細い目でにらまれたので「わかったよぅ」と不貞腐れた表情を浮かべ、奥の部屋へと走っていった。
静かになった周囲にふぅっとカルは息をつき、饅頭を頬張りながら“命の鏡を手に入れる方法”を考える。先程、ギンちゃんに言われたのだ。
ギンちゃんの本体である命の鏡を手に入れて欲しいのだ、と。
レンが再逮捕された時、所持していた秘刀も回収され、それは巡り巡ってこのバスラに住む、とある金持ちの屋敷に安置されているらしい。その金持ちは悪どい商売をしているキデツという名の男で、ギンちゃんも側にいて身の毛がよだってしまうとのことだ。
だからなんとかして手に入れてほしい。そうしたらリラとレンの姿を見せてあげるよ。
ギンちゃんはそう言っていたが。そんな金持ちの屋敷など警備が厳しいに決まっているし、金で買える物でもないだろう、ましてや自分には手持ちもないわけだし。
(やっぱ、盗むしかないんじゃね?)
タキチのいい加減な提案にカルはため息で返す。
(俺は親に誇れる強い剣士になりたいんだぞ。それが盗人になってどうすんだよ、あの世の親に怒られるわ)
(だけど金ないんだし)
(……わかってるから言うな、悲しくなる)
どうしたものか。口の中はあんこの味を噛み締めながら頭は悩む。
すると店先に吊るされた赤い暖簾がふわっと揺れた。
「なぁにシケた面してんだ?」
現れたのはいつも飄々とした伯父だった。
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