第十九話 銀狐の正体

 頼まれたお使いは何軒かの店をハシゴするものだった。野菜に果物、お菓子にお茶。宿のおもてなしで使うものばかりだ。

 この中にはカルの大好きな饅頭のお使いも入っていたが、これは後でおやつ代わりに出たりしないかなと子供みたいな期待をしてしまう。


 お使いの場所として木造の店が立ち並ぶ通りを歩き、色とりどりの暖簾が揺れる様子を見ながら事件の情報がないかなーと出かける前は思っていたのだが。いざ出かけるとそれどころではなかった。体力の消耗が……めちゃめちゃ激しすぎる。


「タキチ……ダメだ。クウタが回復してくれないと俺、事件のこと何もできない」


「情けないねぇ。それでも妖刀使いの剣士様か?」


「剣士って言ったって、そんな大したもんじゃ……」


 カルはゴニョゴニョと文句を述べたが、タキチは「はいはい腹減ってんだな」と軽く受け流していた。

 早くやることをやって戻ろう……。

 お使いの頼まれた品が書かれた紙を見ながら、カルはあちこちの店を巡り歩いた。両手にはたくさんの品物が入った風呂敷包みが二つ、三つ……まるでどこかの旅行土産が入っているみたいだ。


「これで全部だな。さっさと飛天に戻ろ」


「あれ、アンタ。雑貨屋さんでも始めたのかい」


 カルが足を一歩踏み出した時だった、どこかで聞き覚えのある声がした。見ればいつのまに現れたのか、足元にはあのしゃべる銀色の毛並みの狐がちょこんと行儀よく座っていた。


 思わずカルが「あぁ!」と大きな声を上げると銀狐はしっぽをビクンと揺らして「なんだよ」と逃げる態勢だ。


「ちょっと待て! 色々聞きたいことがあるんだ。 だからどっか行くな、俺の質問に答えろ。じゃなきゃ、狐鍋にしてやる!」


「なんだかえらく身勝手でドギツいことを言っているなぁ。まぁいいや。じゃあ場所変えて話そう」


 銀狐はこっちこっちと尻尾を揺らし、先を歩いて誘導した。

 その間に「タキチに本当にこの狐は知り合いじゃないのか」と聞いてみたが。だから知らないってば、とタキチは言った。

 しゃべるタヌキにしゃべる銀狐……自分には変な能力でもあるのかなと思ったが、面倒なので深く考えるのやめておいた。


 銀狐は人気のないバスラの町中を分断する川原まで歩いてくるとあらためてこちらに向き直り、ちょこんと砂利を踏んで座った。


「はいどうぞ」


「はいどうぞって、ずいぶんあっけらかんと」


「私に聞きたいことがあるんだろう、こっちだってアンタに頼みたいことがあるんだから早いところ交渉しようじゃないか」


 銀狐の方も自分達に話があるらしい。ならばちょうど良い。カルも銀狐の隣に座り、風呂敷包みを崩れないように側に置いてから。たくさんある聞きたいことを遠慮せず、口にした。


「あんたは何者なんだ。なんで狐なのにしゃべるんだ。他の奴には声は聞こえないのか。それとあんたは俺の両親を知っている、それはなんでだ。

あんたはタキチも見えるみたいだけど、妖刀であるタキチの存在がなぜわかるんだ」


「おいおい、質問が多すぎやしないかい、まぁいいけどさ」


 矢継ぎ早の質問にも動揺しない銀狐の落ち着いた様子に、この狐は人間で例えたらだいぶ年上なんじゃないかという気がする。


「そうだな、まずは私は、まぁ狐の姿をしているが本当の姿は別にある。これはまぁ仮の姿だ」


「名前はあるのか」


 銀狐はちょこんとした姿勢を崩さぬまま、首を横に振る。名前というものはないらしい。

 だがそれでは不便というものだ。


(じゃあさぁ、狐だからコン太でいいんじゃね)


 タキチがククッとイジの悪い笑い声を上げながら言った。それは先日キユウに「ポン太」と言われた腹いせだろうか。

 それではあんまりだと思ったので「じゃあギンンちゃんって呼ぶわ」とカルが言うと銀狐はため息をついた。


「アンタの名前の発想もなかなかイカレポンチだけど、まぁいいや……」


 そう呆れながらもギンちゃんの尻尾をフリフリと揺らす仕草が、ちょっとだけ喜んでくれているのではないかとカルは思った。


「それとアンタの両親のことを知っているのは会ったことがあるからだよ」


「え、俺の両親に?」


「そうだよ。正確にはちょっとだけ所持していたっていう方が正しいのかな」


 カルは首を傾げる、所持とはどういう意味だろう。両親はこの狐を飼っていた、とでも……まさかぁ。


「まぁ、ちゃんと暴露するとね、私の本体は刀なんだ。別名“命の鏡”と言われる秘刀なんだよ」


 秘刀。そんな言葉は聞いたことがない。キユウは知っているだろうか、妖刀とは違うのか。

 ギンちゃんはこちらの疑問を勘づいているかのようにフフッと笑う。


「意思があるっていうのでは同じかもしれないけどね。妖刀は別の魂が刀にくっついたもんだろう。私は長年の月日を経て刀自体に意識を宿したものだ。長年崇め奉られたからね。いつの間にか自分の意志を持つようになって、本体とこうして別々に動くこともできる。会話ももちろんできるよ」


 タキチがわぁわぁと声を上げた。


(つまりそれって神様みたいなもんじゃん! すっげぇ、でもなんで狐なんだ?)


「この姿は、まぁ人間の中で過ごしやすいからでもある。だってタヌキみたいな姿をしていては腹も出ているし。尻尾もでかいし情けないだろう」


 サラッと告げられたタヌキへの偏見に、タキチが言葉にならない文句を言っていたが――それは気にしないでおこう。


「つまり、ギンちゃんは本当は秘刀という存在。今はわけあって刀から抜け出して狐の姿をしているわけか。神様だから人の言葉も話せる。妖刀の存在も感じられるっていうわけか」


「さすが、若者は飲み込みが早いね」


 感心してくれる狐の一方でタキチがまだプンスカと機嫌を悪くしている。


「じゃあ、俺の両親が会った……所持していたっていうのは?」


「私はずっとお堂に安置されていたんだ。とある山奥のね。それを罪人として流刑地に送られている最中、アンタの父親のレンが逃げ出してね、偶然に私は手にしたんだ。逃げるには武器が必要だからね。そしてその途中、山ん中でアンタの母親に出会ったんだ。そんでそんな彼女を助けるために使った刀が私だった、というわけだ」


 そんな繋がりがあったとは。

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