第十八話 偉大な血筋?……でも雑用

「……いやぁ、面白い話だった。カルって、やっぱりすごい奴だなぁ。親友として誇りに思うわ」


「なぁに言ってんだ、すごかないよ。クウタの方がすごいって。色々さ」


 そんなことをお互いに言い合い、布団に寝転がったクウタと目が合ったら、なんだか照れ臭くて笑えてしまった。


「ありがとうな、カル。なんせ、こうやって寝ているだけってものすごい苦痛でさぁ。早く仕事に戻りたいなぁ」


「ならゆっくり寝て早く治さないと、クウタは一応、重傷なんだからな」


「はぁー、なんか逆に治りが遅くなりそうだよ」


 クウタはボヤキながら布団の上で伸びをした。

 あの刀事件から一日が明け、すぐに医者へ見てもらったクウタは深い傷を負ったものの、命に別状はないとのことだ。

 だが医者から絶対安静を宣告されている身なので、しばらくはおとなしくしていないとならない。仕事なんて、まだまだとんでもない話だ。


 そんな時間が暇だ暇だと騒いで「カルの面白い話を聞かせてくれ」ということで。タキチとの出会いの話を聞かせ終わったところ、まだ一時間ほどしか経過していなかった。自分としては事件解決のために出かけたいところではあるのだが……。


「はぁ、早く治らないかなぁ……仕事したい」


「仕事、好きなんだなぁ」


 容体の悪い友人を放ってはおけず、少しだけ側にいてやることにしたのだ。

 しかしキユウのことも心配だ。キユウはクウタの惨状を目の当たりにし、医者を連れて戻ってきた以降はまだ会っていない。


『お前はしばらく、その兄ちゃんの側にいてやんな、親友なんだろ』


 そう言ってどこかに行ってしまったが。彼のことだ、酒をたまに飲みながら刀事件の行方を追っているのかもしれない。

 しかし気になるのが、あの黒い霞のことだ。キユウの後を追いかけ、出て行ったが。その後に会ったキユウは特に変わりはないようだった。それなら“あれ”はどこへ行ってしまったのか。

 これから悪い事態が起きなければいいのだが。


「ところでカル、お前が持っているその刀がタキチっていうタヌキの魂が宿るものなんだろ。何も聞こえないけど、やっぱりしゃべってるのか?」


「あぁ、よっくしゃべってるよ」


(えぇ? おれっちは無口だから滅多にしゃべらないよん)


 この声はクウタには当然聞こえない。


「そっか、不思議なもんだな。俺には聞こえないんだもんなー。それってやっぱりカルの血筋だからか? キユウ先生も聞こえるんだろ」


「俺達だけってわけじゃないけど。刀と会話ができる特殊な力を持つ人間は他にもいるって」


「ふーん、でも俺の周りじゃ、やっぱりカルと先生しかいないよ。すごいじゃん、カルは。すごい人の血を受け継いでんだ」


 すごい人の血と言われ、カルの心がクッと苦しくなった。確かにキユウの家系の血は少しは流れているだろう。

 けれど自分の多くを作り出しているのは母リラと流刑者の父レンの遺伝なのだ。二人はただの村娘と流刑者、すごい存在ではない。

 でも自分は父がどんなだったのかわからない。

 父は、レンはどんな人物だったのだろう。


「もしもーし、お邪魔しますよー、クウタさん、カルさん」


 父について考えていたところで。明るい声でクウタの寝室の襖を開け、入ってきた人物がいた。

 クウタの恋人スーだった。


「クウタさん、大人しく寝ているの? 早く治してくれないとお店が大変なのよ?」


 彼女には、今回のクウタのことは事件に巻き込まれてしまっただけと告げてある。彼がどのような状況に陥っていたか、詳しい話はしていない。話すと心底心配してしまうと、クウタが気にしていたからだ。


「スー、ちゃんと寝てるってば」


「ふぅん……とりあえずは大丈夫そうね。でもカルさんが見ていてくれないと、絶対に仕事やりたい! とか言って店に出てきてしまうでしょ。だから見張りが必要なのよね。カルさん、見張りしてくれてありがとう」


 スーは笑顔で言いながら、クウタとカルのお茶を淹れてきてくれた。言っていることには厳しさもあるが、スーはクウタのことが心配なのだとわかる。本当に良いお嫁さんになりそうな女性だ。


「見張りって、俺は別に何もしていないよ」


「全くだ、人を罪人扱いするなよ」


「仕事してぇとは騒いでいたけどな」


「……言うなよなぁ、カル……」


 カルは茶を飲みながら「そう言えば俺の伯父さん来なかった?」とスーに聞いてみたが、スーは首を横に振った。

 そっか、キユウは来ていないか。無事だといいけど。

 そんな心配をしていたら、タキチに(伯父さん大好きだねぇ)と、いらんことを言われてしまった……くっ、かわいくないタヌキだ。


「スー、お店が大変だったら、カルに少し手伝ってもらったら? 宿代、まけるからって言って」


「えっ、な、何言ってんだよ、クウタ」


 急になんてことを、とカルはクウタに目を向ける。クウタはニヤニヤと笑っていた。

 くそ、仕返しされたっ。


「本当っ? あぁ、そうしてもらえると、とても助かるわぁ! キッタの世話ももちろんだけど、ちょっと細かいことも色々あるから手伝ってほしいことがたくさんあるの。なんだったら一週間分はタダにしてあげるから、カルさん、手伝ってもらえないかしら、お願いっ!」


「い、一週間分!」


 そんなにまけてくれるのか。

 そうなってしまうと嫌だと即答できなくなる。タキチも(いい話じゃん、酔っ払いは大丈夫でしょ)と乗り気だ。


 だが何をやるのだろう。宿の仕事なんてしたことはない。畑仕事なら両親を手伝っていたから、わかるけれど。

 カルが不安に思っていると、すでにスーはカルの手を引っ張ってクウタの部屋から退室していた。

 そしてカルの緋色の着物が汚れないようにと前掛けを手早く身に着けさせ、カルにあれこれと仕事を依頼してきた。


 主な内容は力仕事だった。荷物運び、布団の移動や布団干し、料理の下ごしらえ、簡単な配達。実に多種に及んだ。


(カル、大丈夫か? あのねーちゃんの指示の多さ、尋常じゃないな……鬼だ鬼)


 カルは宿の縁側で休憩をしながらタキチの言葉に頷く。クウタが日頃、これだけの仕事を一日中こなしているとしたら、剣術の修行の方が格段にマシだと言える。


「……でも、一週間分の宿代タダだ……メシも豪華にしてくれるって言ってたから……ひぃ、頑張らなきゃ……」


 旅の剣士が無料の宿代とメシ代に惹かれ、不慣れな宿の仕事をこなす。

 タキチは(悲しいねぇ)と嘆いていた。

 そんな中、無情な明るい声が再び宿内に響く。


「カルさーん、今度はお使いをお願いねっ!」

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