また女装か!屋敷への潜入

第二十二話 つかまった!

 困った。剣士の生業から三日間も離れてしまった、そんな後悔にさいなまれる明くる日のこと。

 剣を振るうのとは違う全身の疲れが抜けきらないまま、カルは今日も宿の仕事に向かう準備をしていた。クウタよ、早く治ってくれ、と心の中で願いながら。


 そう、剣士稼業……と言ってもまだ大きなことをやっているわけではないが。呪刀事件から離れてしまったのは宿屋飛天の大事な働き手である若旦那候補のクウタが怪我により、働けないからである。


 飛天の娘スーに宿賃と食事代を“元からまけてもらっている”のに、さらにおまけをしてくれると言われたから。カルはスーの言うがままに力仕事や庭仕事、お使いや皿洗い、元から請け負っているキッタの世話まで。全く剣士と無関係なことをやり続けているのだ。


(このままここで働き続けてみれば? 食うものには困らなさそうじゃん)


「……食うものが全てじゃ、ないんだっつーの」


 タキチの言葉をつっけんどんに返しながら、カルは着物をたすきがけしようとしていた。

 そんな時、スーから嬉しい知らせがカルの元に届いた。


「カルさーん! 今日からお父さんが知り合いの助っ人で呼んでくれたから、もうお店は大丈夫よ! 三日間もありがとうね。約束通り一週間分は宿代なしだから安心してね!」


 これには天を仰ぎ見て、拝んでしまった。これでスーの呪縛から解放されたのだ。色々もてなされといて失礼な話だが、スーの人使いは常人なら耐え難いものがある。クウタだから耐えられたのかもしれない、惚れた弱味で。


 とにかく、これでやっと呪刀のことを探ることができる。あとキユウのことを探すことも。

 宿の仕事が忙しくて思い出す間もなかったが、キユウはあれ以来、ずっと姿を見せていないのだ。けれどその間、特に新しい事件が起きていなかったのは喜ばしい点でもある。


 カルは部屋で身支度を済ませ、早速事件について調べに行こうと障子を開け放って飛び出した。

 すると宿の部屋を出た廊下で、ひょいと柱の陰から現れたスーが美しい笑みを浮かべながら、カルの腕を掴んできたのだ。


 ギョッとしてしまい、同時にドキドキした。スーの胸が腕にやわらかく当たってきたから。


「ねぇねぇ! カルさんって、お顔がすごーく美人さんよねー」


 スーはカルの顔をジッと見つめ、突然妙なことを言い出す。嫌な予感がしてきた。


「私も少しだけ時間をもらったの。だからちょっと私の用事にお付き合いして下さらないかしら。ね、いいでしょ。なんなら一日分タダにしてあげるから、ねっ?」


 嫌な予感は的中する。せっかく今日は宿の仕事から解放されたと思ったのに。けれど一日分の宿代は浮いた、そこは嬉しいからため息混じりに喜んでおこう。


 カルはスーに連れられ、バスラの街中へ出向くことになってしまった。足が前に進みにくいカルとは対照的に、スーは鼻歌を歌いながらカルの先を歩いている。


(カルってば、お人好しだし、タダに弱い奴だよなー)


(うるさい、人をせこい奴みたいに言うな)


 そんなやり取りをしつつ歩いていると、スーは人の行き交いが多い大通りの、ある店の前で立ち止まった。大きく鮮やかな赤色の暖簾が垂れ下がり、隙間から中を覗いて見るとたくさんの反物や着物、女性用のかんざしなどの小物が棚に飾られていた。


「やぁ、飛天のお嬢さん。お待ちしておりましたよ」


 スーの姿を見かけるや、店番の男がそそくさと出てくる。どうぞどうぞ、とスーが店内に招き入れられ、カルもその後に渋々続く。


 中に入ると店の奥から主人らしき中年の男が現れた。痩せ型でにこにこと愛想の良い笑顔を見せているが逆にその笑顔が少し癖のありそうな雰囲気を漂わせている。いわゆる商売人というやつだ。


「おじさん、こんにちは。婚礼の着物を見せてもらおうと思って。できているかしら?」


 スーの言葉をカルは聞き逃さなかった。婚礼、ということは結婚式用。スーの用事とは、この着物問屋に注文していた着物を見に来たというところか。

 ではなぜ自分も連れてこられたのだろう。


「はいはい、お着物ならご用意できていますよ。お二階で着付けしてみましょうか――おや?」


 スーの影にいる自分の姿を見つけた着物問屋の主人は目を丸くし、興味ありげな様子でササッと近づいてきた。

 そして上下に頭を動かしながら、自分の全体像を熱心に見つめている。あまりにまじまじと見てくるので、カルは「なんですか?」と身構えてしまった。


「ほおほお、面白い御仁をお連れですなぁ」


 主人が癖のありそうな笑顔を、さらににんまりとさせる。その表情には何か企みを感じ、カルは主人とは逆に無表情になる。


「うふふ、そう言うと思ってお連れしたの。彼は旅の剣士のカルさん、うちのお客様よ」


 スーに手を引っ張られ、カルはさらにずぃっと主人の前に出る。身長の低い主人はじっと熱い眼差しでカルを見上げると「お主も着付けしてみないかね?」と、とんでもないことを言ってきた。


 どういうことだかわからず、カルはスーに視線を向け、助けを求める。

 スーはにっこりと笑った。


「旦那さんはね、綺麗な方を見ると自慢の着物を着付けしたくてたまらないの。カルさん、綺麗だから絶対旦那さんのお眼鏡にかなうと思って」


 スーにそう言われ、カルは主人の前から数歩後ずさる。思わず声を張り上げて「無理だ」と言った。


「お、俺は男で剣士だ! なんで着物なんて、しかも女物だろっ?」


 男物の着物ならまだいいが、この店は女物専用の店だ。ということは自分に着せようとしているのも当然そのような仕様になる。

 不意にクウタとの先日の会話でも出ていた昔のことを思い出してしまい、カルはゾッとした。子供の頃、昼寝をしていた時にクウタのイタズラに遭い、化粧をされた時のことだ。


 散々外を出歩いて家に帰り、鏡を見た時の自分の姿……今、思い出すだけでも恐ろしい。クウタもスーも、なぜ自分を変身させたがるのか。妙な恋人同士だ。


「絶対にお断りする」


 カルは断言した。

 だがその決意も数秒後には主人の言葉でひっくり返ることになるのだった。

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