第三話 再会と怪しい奴ら

 人斬りの事件が起きたのはこの半年間のことらしい。道で噂話をしている人々は不安の声を上げていた。

『安心して過ごせない』

『おちおち外出もできない』


 それを聞いた時、この都では大きな事件が起きているんだと感じた。人斬りなら刀が絡む。それにもし妖刀が関係しているなら妖刀使いとして、なおさら自分の力が役立つかもしれない。


 そう考えながら、カルは皿の上の酒蒸し饅頭を手にしようとしたが――皿はすでにカラだった。追加注文したら「よく食うなぁ」とキユウに言われた……しばらくなんも食べてなかったもんで。


「この事件は半年前ぐらいから起きていてな、もう何人も犠牲者が出ている。上層の人間も触れ書きを出しているぐらいだ――金になるぜ」


 キユウのその一言で、カルは勢いよく椅子から立ち上がった。


「や、やる! それやる」


 キユウは少し驚いたように「あ?」と、おちょこを手に固まった。


「だ、だって困ってる人がいたら助けなさいって両親に言われてるし! それと解決したらお金もらえるんだろ」


 それがもらえれば貴重な資金となる。なるほど剣士ってこうやって金を稼ぐのかと、カルは一つ学んだことに内心で喜ぶ。


(よかったな、カル。金稼ぐ方法わかって)


 だがタキチが、うっかり自分たちの実情をポロッと口にしてしまった。

 キユウは「だと思ったぜ」と鼻で笑い、おちょこを飲み干した。


「その食いっぷり見りゃわかるわ。ったく、育ち盛りが腹減らしてどうすんだ。ここは奢ってやるから食え」


 情けなくて穴に入りたい気分だ。とりあえずタキチを睨みつけ、飾り紐が再びヘニョヘニョになるのを確認してから、カルは届けられた追加の酒蒸し饅頭をこれでもかとヤケ食いしてやった。




 実はバスラは幼少期に過ごしていたことがある。

 しかし幼い頃だったこともあり、カルに当時の記憶というものはないに等しい。

 それゆえ、今感じている空気、見る光景、全てが新鮮に感じる。溢れそうな人の波を見ているだけで胸の中からは興奮が湧き上がってくる。


 バスラのことは自分が住んでいた小さな村でも噂に聞いていた。老客男女、剣士に旅人、商人に農民と多くの職の者が混在しており、瓦屋根の家々が並び、色とりどりの暖簾が風に揺れる市場のある巨大な都だと。田舎に住む者の多くはバスラで店を構えたり、役職に就くことに憧れを抱いているそうだ。


 木造の簡素な出店が並ぶ出店通りも、客寄せや売買の声で実ににぎやかだった。笑い声、話し声も止むことがなく、通りを飾る売り物も豊富だ。刀や槍の武具、みずみずしい果実や野菜、旅に必要な傷薬など多種多様な道具も揃っている。


 あまりの情報量の多さに、カルの目はあちこちを泳いでしまっていた。


(すっげぇー、おれっち達のいた村ん中とは大違いだな。カル、あれウマそうだよ)


 腰に提げたタキチが、肉が焼ける匂いに楽しげな声を上げてはしゃいでいる。

 お前は食えないだろ、と突っ込んでおくと、タキチは悔しげに呻いていた。


 にぎやかな場所というのは見ているだけで楽しくなる。だがそれは同時に不穏な気配を隠してしまうものだ。

 この中に事件の犯人がいるかもしれない。


 カルは市場の出店、行き交う人々に不審なものがないか、逃すまいとして視線を巡らせる。

 すると隣に立つ自分よりも背丈の高いキユウがポンッと頭に手を置いてきた。


「お前、大きな都に来んのは初めてだな。そんな肩肘張ってちゃあ来るもんも来ないし、女にもモテないぞ」


 キユウは「常に余裕を持て」と言うだけあり、ガッシリとその場に陣取って、ただ通りを眺めるという余裕に満ちていた。というよりも、ただ酔って気が抜けているだけのような、気がしないでもないのだが。


 確かに自分はバスラに住んでいたことを除き、大きな都に来たことはなかった。

 むしろこうしてタキチとの旅を始めて、まだ半年あまりしか、実は経っていない。見聞も全然、広いとは言えない。情けないが要するに新米剣士なのだ。


 半年前は両親と共に、バスラのような市場もない、小さな村で暮らしていた。常に平和と静けさに満ち、畑と山に囲まれた田舎の土地。たまに起こるのは獣達による畑泥棒ぐらいで事件も何もない村だった。


 だからこうして大きな事件に関わるとなると、つい気持ちが高揚してしまう。そんな高揚も、早く解決して手柄を立てて金を稼ぎたいという焦りも隣に立つ剣豪に見抜かれているのだろう。

 そう思うと少し気まずさを感じた。

 くそ、かっこ悪いよな、俺……。


 カルは己の気持ちを落ち着けようと一つ深呼吸をする。そんな時、誰かが近づいてくる気配を感じた。


「あの……カル? カル、だよな?」


 ふと呼ばれた方に振り向くと一人の青年がいた。邪魔にならないよう少し伸びた黒髪を後ろで縛り、着物の袖をたすきがけで押さえている。いかにも熱心に仕事中という真面目そうな青年だ。


「なんで俺の名前を? ん、あんたは……」


 どこかで見覚えがあると思い、カルは記憶をたどる。

 すると一人、思い当たる人物がパッと浮かんだ。


「……クウタ?」


「わぁ、やっぱりカルだ! こんなところで会うなんて、お前何してるんだよ!?」


「え、本当に⁉ 本当にクウタなのかっ」


 記憶から引っ張り出した人物は、かつて住んでいた村で多くの時間を共に過ごしたクウタという年が三つ上の親友だった。彼とは共に育ち、山を駆け回って遊んだ仲だ。


 ところがクウタの親の事情もあって数年前に引っ越してしまい、それからは連絡も取れず、離れ離れになってしまったのだ。

 まさかバスラにいたとは。思いもよらない再会にカルは胸を躍らせた。


「クウタ、お前に会えるなんて本当に嬉しいよ、元気そうだな?」


「数年ぶりかー、カルも元気そうで良かったよ


 聞けばクウタはバスラのとある宿で住み込みで働いているらしい。今は仕事中ということで宿の場所だけを聞き、また後で会う約束をしておいた。


 ここで会えたのも何かの縁だ。事件解決のためにはしばらくバスラに滞在しなければならない。クウタに事情を話して、その宿を拠点に事件の解決を目指せたらいいな、とカルは思った

 ……あくまでお金の問題をクウタに相談してから、だが。


「さて、お友達とも約束できたみてぇだから、俺達も仕事と行こうか――あそこを見てみろよ」


 キユウが顎先で離れた位置を示した。

 そこには刀を提げ、周囲の者達とは明らかに違う動きを見せる三人の男達がいた。周りの動きを気にしているふうはあからさまに怪しく、コソコソと会話をする様は何かを企んでいるように見える。


「怪しいと思う者には、とりあえずついて行ってみるとしようか」


 キユウの言葉に、カルはうなずいた。

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