第四話 社会勉強

 キユウと共に男達を尾行しながら、カルはついでにバスラの中を眺めていた。


 ただひたすらに、バスラは広かった。人口も多く、区域も数か所はあるようで、一日で全ての区域を回れるとは思えない。変な道に入ればすぐ迷子になると思う。さすがこの地方一の都と言われるだけはある。


 昔、少しの間だけ住んでいたはずなのに見覚えのある場所は一切ない。それは栄える都だけあり、様々なものがすぐに形を変えていくからだろう。過去のものは忘れ去られやすいもの。時にはそれが必要だ。過去から離れることもできなければ人は前に進めないのだ。

 特に大切な人達が亡くなった時は……。


(へぇ、カルはこの都に住んでいたことがあるんだな。全くのお上りさんじゃないんだ)


(まぁ、そうなんだけど。俺は全然、思い出せないよ。ホントに小さい頃だけだからな)


 タキチとそんな会話をしながらも足は前を歩くキユウの後をスタスタと追いかけていた。


 次第に男達が人通り少なく、出店通りのにぎわいから離れた方へと進んでいく。訪れる者は特定の者だけなのだろう。塀に隔たれた家々は一つ一つが薄暗く、陰気なような、秘密に満ちているような空気を醸し出している。

 大通りとは違う、閉鎖された空間。空気を肌で感じるだけでなぜかゾワッとした。


「カルは、この通りに一人で来ねぇ方がいいな」


 歩を進めながら、キユウが小声で呟く。

 その理由をたずねてみたが、その答えを聞く前にキユウは何かを見つけたらしく、物陰に身を潜めると自分にも「隠れろ」と腕を引っ張った。


「あそこを見てみろ」


 そう耳元でささやかれると、さっき飲んだばかりの酒の匂いを間近に感じた。

 昔から嗅いでいる匂いだ。キユウがそこにいる、とわかる匂い。たまに臭いなと思うことはあっても嫌な匂いだとは思わない。久しぶりに感じると安心してしまいそうになる。


「……おい、ちゃんと見張れよ?」


 キユウの言葉にハッとし、カルは男達の方へと視線を向けた。


 見れば男達は他の民家とは佇まいが違う、紫色の暖簾が特徴の店へと入って行った。

 そこでは店番らしい上等な羽織を着た男が素早く中から出てきて男達を応対し、彼らから金らしき紙を受け取っていく。それはなかなかの金額だというのが離れた位置からでもわかる。


 ほんの少し経つと、店の奥から綺麗に身なりを整えた人物が男の数と同じ人数現れ、それぞれが男の手を引いたり、腕を組んだりしていく。


 綺麗に化粧をした顔。華やかな着物。その姿に女性と思いきや、目を凝らしてみると。

 着飾った者達は皆、少年だった。自分より少し年下か同年ぐらいか。着物からのぞく鎖骨は指でなぞりたくなるような色気に満ち、手足は無駄な脂肪も美を壊す筋肉もない。絵に描いたら美しい人物画になりそうな美麗な少年達。


 彼らは三組に分かれると、それぞれ思い思いの方へと散っていく。一組は通りを抜けてどこか離れた場所へ。残り二組はすぐ隣の、質素な宿屋の中に。

 そしてすぐに出てくることはなかった。


 カルは理解した。彼らが自らの身体を売って金を稼ぐ少年達であるということを。

 この商売は別に違法ではなく、女性と同じように正当な商売だ。それでも己の欲望を満たすために人を買うのだから、世間体を気にして忍んで行動する客は多い。


 あの男達も人の目に触れぬように店を訪れていたのだ。まるでいけないものに手を出し、そのコソコソする秘事を楽しむように。


 間近でそんな現実を見てしまった衝撃からか、カルの鼓動は早く動いていた。すぐ側にある男の酒の匂いも、それに拍車をかけている気がする、匂いで酔わせてくるようだ。


 キユウに「一人で来ない方がいい」と言われた理由がわかり、カルは「あの少年達のように自分は綺麗ではない」と反論した。しないと秘事を見てしまったという恥ずかしい気持ちが霧散できそうになかった。


 キユウは「そうだなぁ」とのんきに返すと、また自分の頭に手をやり、あやすようにポンポンと優しく叩いた。


「まぁ、お前は俺が鍛えた剣の使い手だ。そこらの男には負けねぇわな」


 とりあえず尾行した男達は秘事を楽しんでいただけとわかり、キユウは早々にこの通りから離れていった。

 その後ろ姿を見送りながら「子供扱いするなよな」とカルは愚痴をこぼした。


(いや〜、うーん。なんかすっげぇもん見たなぁ。だから人間って面白いぜ。でもカルもさ、顔は良いんだから気をつけろよ)


「……顔は、ってなんだよ」


 そんな返しに、タキチは(あはは)とごまかして静かになってしまった。

 全く……けれど自分は絶対に、そんな対象にはならないだろう、だって一応身体は鍛えているし硬いし。でもこういう金を稼ぐ方法もあるんだなと一つ社会勉強になったと思うようにする。

 カルは紫の暖簾を一瞥すると、足早にキユウの後を追った。

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