第2話
地方都市に住む大学生ロバート・クレメンスはその日が素晴らしい一日になる事を確信していた。
3ヶ月前、日本のビデオゲーム老舗メーカーである株式会社キューブが発表したレトロゲーム・スクウェアクエストの無料配信日を遂にこの日迎える事になったからだ。
発表を聞いてからこの3ヶ月の間は楽しみで仕方がなく、大学の課題にも手が付かずこのワクワクを誰かと共用したいとコアなゲームマニアが集うSNSで日々仲間たちと想いを綴りあうのに夢中だった。
ロバートは幼少期から勉強やスポーツに日々注力するよう母キャリーに厳しく育てられた。
キャリーは父親が早くに病で亡くなり女手一つで自分を育てなければならないため強い女性になる必要があったのではないかとロバートは思っている。
母親が思う強い女性像は厳しく躾を行う女性だったのだろうと。
ビデオゲームやコミックス、アニメーション等は悪だと常々ロバートに教えていたが、ロバートは何故そこまで母親が否定するのか逆に興味が湧き、母親の目を盗み友人に借りたゲームをプレイした日からどっぷりハマってしまった。
最初は怖い母親の目を盗んで悪であるゲームをしているという行為にスリルを感じるのが楽しかったが、友人達から借りた様々なゲームに触れる内、ビデオゲームの独創性や想像性、爽快感、達成感に心奪われ、気が付けばゲーム無しではいられなくなっていた。
そこからはゲームを否定する母親に反発したり、言い合いになったりする数年が続いたがロバートが16歳の頃に出来た母親の恋人ダニエル・ホワイトはロバートの味方をしてくれた。
ダニエルは主に日本のアニメが大好きでそれが講じて日本の大学に留学した程のマニアだった。
ビデオゲームも大好きなダニエルはロバートの気持ちを母親のキャリーに代弁し数日かけてロバートがゲームをする事は悪い事ではないと訴えた。
最初は怪訝そうな面持ちが続いたが愛する男性の言葉に次第に懐柔されたのかいつのまにか母キャリーもロバートがゲームに関わる事を認めてくれた。
その様な事がありロバートはダニエルを慕い、ダニエルもロバートを可愛がりダニエルがキャリーと結婚して父親となったがロバートもダニエルも親子というよりも友人として付き合っていた。
晴れて母親の公認を得たロバートにダニエルは様々なアニメやゲームについての知識を教え、一緒にゲームを楽しんだり、長い時間抑圧されゲームに飢えていたロバートはダニエルからの知識をどんどん吸収していった。
いつしかロバートの夢はゲームクリエイターになる事となりプログラミングを勉強し、自作でゲーム作成をするまでに至っていた。
そしてある日スクウェアクエストの存在をダニエルから教えられた。
スクウェアクエストの無料配信は午後12時から開始される。
いつもより早く目が覚めたロバートは興奮で心が落ち着かない。
机のノートPCを開きSNSを開くと同じ様に落ち着かないユーザー達が画面上でスクウェアクエストの話で盛り上がっていた。
部屋のドアがノックされた。
「やぁ、ロバート。おはよう。やっぱり君も早起きしてた!」
「おはよう。ダニエル。それはそうさ。なんたって念願のスクウェアクエストの配信日なんだから。君だってそうだろ?」
「そりゃそうさ!今日は僕たちゲーマーにとって最高の1日なんだから。」
ダニエルはロバートの隣に座りロバートのノートPCを覗きこんだ。
「盛り上がってるな。皆んなワクワクして待ちきれないって感じだ」
「本当にそうだね。僕も待ちきれないよ」
「ところでロバート。君はスクウェアクエストをどの端末でプレイするのか決めたのかい?」
「悩んだけれど、このノートPCにするよ。スクウェアクエストがどんなプログラムなのかも解析もしてみたいし。本当はセルフォンにもダウンロードしたいのだけど仕方ないよね」
スクウェアクエストは現行のビデオゲーム機のみならずスマートフォンやPCでもプレイ出来るようそれぞれダウンロードが可能だ。
しかしサーバーの負担軽減の為、1人につき1端末でのみとの制限が設けられた。
ダウンロード希望者は事前に特設WEBの申請フォームより申請を行いプロダクトコードを入手する必要がありコード使用は一回限りとなっている。
「流石偉大なゲームクリエイターになる男は違うな!僕はNS6でプレイするよ。最新鋭ゲーム機で70年前の伝説のビデオゲームをプレイするなんて最高にロマンチックだからね」
「それは確かに最高にロマンチックだね。それに僕たちはとても幸運だよ。プレイするのが無理だと思ってたからね」
スクウェアクエストの発売からこの日で70年。
当時世界的な社会現象となり何千万本も売り上げたゲームソフトもその殆どが劣化しプレイ不可能となっていた。
運良く劣化を免れたソフトもあるがエネルギー革命が起こり電力を使わなくなったため電力で稼働する当時のハード機は使えなくなった。
現行機でプレイできるよう復刻の要望の声も上がる事もあったが経営判断によりメーカーはそれを行わず新作に注力する方針を取り続けてきた。
70周年記念という節目となる為イベントとして行われる事となったスクウェアクエストの無料配信だが、ロバートやダニエルのような生粋のマニア層は大いに喜んだがそれはほんの一部だけであり大多数のプレイヤーは冷ややかな反応だった。
確かにゲームの歴史を辿れば重要な転換機を作ることとなった伝説のゲームではあるがグラフィックやサウンド等ゲームとしてのクオリティは現代のゲーマーにとって信じられないほど低レベルなもので話のネタにはなるがプレイする価値はないと言うのが大半の考えだった。
しかし、数ヶ月後、あるゲーマーの些細な気づきがきっかけで、スクウェアクエストは全世界のゲーマーのみならず全世界の誰もが注目する出来事へと発展していく。
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