第2話



「ねえ、聞いてもいい?」


 ソファでテレビを観ていた海斗は、台所で洗い物をしている母に声をかけた。


「なあに? 海斗」


「今日、公園に変な子がいたんだ」


 黙っているつもりだったけれど、駄目だった。どうしても今日のことを誰かに言っておきたい。そうしないと、いま観ているアニメにすら集中できなかったから。


「やだ! もしかして、変質者とかじゃないよね? そういう人に関わったら駄目よ?」


「違うよ。変な大人の事じゃない。僕より年下の外国の子供のことだよ」


「え、そうなの?」


 皿を持つ母親の手が止まった。


「ルイーズって名前だった。緑色の目をしてて、髪の毛がさらさらの、見た目は普通に可愛い女の子。ただ行動がすごくおかしくてさ。公園にいる子たちに、ずっと同じことを繰り返し言ってるんだ。変だと思わない?」


「それって……どんな風に?」


 いつの間にか、母親は洗い物を中断していた。濡れた手を布巾で拭いて、海斗の座るソファの横に立っていた。


「年上の女の子たちに、ずっと『ありがとう』しか言わないんだよ。それしか日本語を知らないみたい。わけわからないよね。黒いウサギのぬいぐるみを見せて、ずっとありがとう、ありがとうって言ってるんだ。やっぱりおかしい子だよね?」


「違うんじゃないかな」


「え?」


 母親の声の変化に気づいて、海斗はソファから立ち上がった。母親は不思議な表情で息子を見つめていた。


「その子、本当はこう言っていなかった? 『どうも、ありがとー』って」


「あ……そういえば! え? え? ママ、どうしてわかるの? あの子と知り合いなの?」


「ううん。その子のことは知らないわ。でもね、海斗。よく聞いて。ママは小さいころ外国に住んでいたって教えたよね。その国では日本人が珍しかったから、お友だちが全然できなくて、ママはとっても寂しかった」


 海斗の母は昔の痛み思い出すように、胸に手を当てた。


「ママもその子みたいに、ぬいぐるみを持って毎日公園に出かけた。私のはクマだったけれどね。目の色も髪も色も違う、年上の女の子たちに、何度も話しかけたわ。その時の言葉が、『Donnez moi le gateau』なの」


 初めて母から聞く流暢な外国語。海斗には意味がわからなかったが、それはルイーズが懸命に喋っていた、片言の日本語とそっくりだった。


「海斗にこの言葉の本当の意味を教えるわ。そのかわり明日も公園に行って、他の子たちにも伝えて欲しいの。ルイーズちゃんが、本当は何を求めているか、もね」


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