みどりの森とたまごさん

深町珠

第1話はじまり

みどりの泉とたまごさん







ちょっとだけ、むかしのおはなしです。




寒い、北の方にある、冬になると雪がたくさん降る村が、


やまあいにありました。





白い峰が、遠く、山の方でとがっています。


海のほうの雲は、鉛色で

時々、朝になると


蜃気楼が出たりする、海の向こうには

何があるのか


ちょっと、不思議な時間もあったりする


海辺で



海岸には、細かい砂がきれいに海に洗われて

足を踏むと、きゅ、と鳴ったりするのですが

それを、海の鳴き声、と呼んだりして。

よく、砂を見てみると、お星様のかたちをしていたり。


打ち寄せる波は、透明で澄み切っているのですけれど

とても冷たい。




夜になると、遠くの汽車の音がとてもよく響き

汽笛が泣いているように、お月様もふるわせるかのようです。







川辺にはきつつきが住んでいて

時々、幹を叩く音があちこちに響きます。



みどりの、森。




まっすぐな針葉樹が多くて、下草は

寒いからそんなに育ちません。


それでも、春夏はやってきますから

短い、温かい季節に

作物を育てて、冬に備える。

そんな山の暮らしです。






その村では、寒くて作物があまり育たなくて村人さんたちは、

冬になるといつもおなかを空かしていました。


「この雪が早く溶けて、春にならないかなぁ、

一年中春だったらいいのにな」


口々にそう言いながら、村外れにある泉に

野菜や漬物を洗いに来たりするのです。


野菜を、泉で洗うと

美味しくなるのですけれど


もし、それが温泉なら

もっともっと、おいしくなるのです。





幾年も、幾年も。

そうして季節はすぎていきます......



ある年の秋の終わりのこと….


泉のほとりにある林の中で

村人のちいさな女の子が、たまごさんを見つけました。

小鳥の巣のような、わら束の中に。



さく、さく、さく.....。

林の中を、朝早くあるいていると

澄み切った風が、頬を撫でていくのと

足もとの草を踏む音が、音楽のアンサンブルのように


その、女の子を包みます。



朝焼け、そよ風、泉.....。

小鳥の巣?。



女の子は、さっぱりと切り揃えられたみじかい髪を揺らして。




着古した着物は、伝統的な模様が大きくデザインされているので

ひょっとすると、お母さんがちいさな子だった頃のものを

直して、着ているのかもしれません。


足もとは、赤い鼻緒の草履のようですが

それも、やや擦り切れかけています。


活発な子なのでしょう、ひざこぞうや

すねがすりきずをもっています。


林を歩くと、どうしてもそうなってしまうのですけれど。



着物の裾を、歩きにくいので持ち上げて走ったりするので

そんなふうになってしまう。



そういう子ですけど、こころはやさしい子です。






きこりの村人が言いました。



「小鳥さんのかな?」


斧を持つ手は、ごつごつして

よく働く手です。


その手をあごにあてて、思案しています。



もう、おじいさんに近い年なのですけれど

瞳の明るい、こころねの素直なひと。








「へびさんのかな?」


もうひとりの村人が、そう言います。

農作業もそろそろ、終わりなのです。

田んぼの畦道で、時々みかけるへびさんが

ちょっとニガテなのですけど、でも

たまごがどんなものなのか、みたわけではなさそうです。


でも、にがてなへびさんのたまごだからと言って

つぶしてしまうのはかわいそう。


そう思っている、優しいひとです。








「いやいや、これは……..?」







村人たちは、たまごさんを囲んで考えます。

鳥の巣みたいだけど、



ここにあったら動物さんに食べられてしまうかもしれない…。


どうしようか?みんなで考えました。


小鳥のお母さんが帰ってくるまで、


そっと見守っていようよ、と誰かが言いました。



それがいい、と言う事になりました。




みんなで、遠くからたまごさんを見守っていましたが、


小鳥のお母さんは、空が茜色に染まる頃になっても



帰って来ませんでした。

「どうしよう。」

「どうしよう。」




村人さんたちは、みんなで考えます。

暖めてあげないと、たまごはかえりません..




「わたし、あたためます。」




たまごを見つけてきた女の子は、

そう言って巣から、そぉっとたまごさんをすくって

両手でやさしく、つつみました。




「ずっと、そうしてるつもりかい?」




村人のひとりが、そうたずねます。




「はい、小鳥のお母さんが帰ってくるまで

わたし、お母さんになります。」






それから…….


その女の子は、ずっとずっと、たまごさんを

あたためました。

来る日も、来る日も。




でも、たまごさんはなかなか、かえりません。


短い秋が終わり、村にはそろそろ冬がやってきます。





眠っている間に、たまごを割ってしまうとたいへんなので

くふうをしました。

お母さんのものだったのでしょうか、お化粧箱のような

ちいさな紙の箱、きれいに千代紙で飾られた

ひきだしに、真綿を敷いて

たまごをそっと、入れて

一緒に寝ました。



冬の寒い日などは、つめたい風が

たまごさんを冷やさないように。


囲炉裏のそばで眠るのです。

寒い村ではそうなのですけれど


埋み火、と言って

灰の中の燃え残りで温まるのです。


炭を燃やし続ければいいのですけれど

あまり、炭を使うこともできなかったりします。


冬は長く、短い夏のあいだに

作れる炭も限られているからです。








それでも、壊してしまうのが怖くて

なるべく、寝ないようにしたり。



起きている時は、なにもせずに

ずっと、たまごをあたためますーー。







雪が降り出しそうに寒いある日のことでした。




女の子は、たまごさんを大事そうにてのひらで包んで。

泉のほとりに、小鳥のお母さんを探しにやってきました。




いつかとおなじような、あの淵も

いまはすっかり、木々の葉も落ちて


草むらだったあたりも、地面がところどころ

霜柱になっていたり。




「ここが、あなたのお家のあたり….お母さん、探していないかしら?」

女の子は、たまごさんに話しかけながら

小鳥のお母さんを探します。


でも…お母さんの姿は、見つかりません。




なんだか、お母さんに逢えなくなった

たまごさんが、かわいそうになって。

女の子は、淋しい気持ちで涙ぐみます….. その時でした。

たまごさんが、ゆっくりと動いて。

ヒビがはいって。




 ぱっかり。





割れたたまごさんの中から出てきたのは..



小鳥のひよこさんでなく、



透明な羽根が背中に生えている、

絵本に出てくる天使さんのような…..。




女の子はびっくりしました。

でも、嬉しくなりました。



「あなたはだあれ?」





「はい、私は…この泉の精。」




それだけ言うと、水晶のように微笑んで


ふわり、と泉の精さんは舞いあがりました。



深い泉は、木々が生い茂り


おひさまのひかりは、こもれびになって

きらきら、と。


金色の粉が、お空から降ってくるようです。




女の子は、びっくり顔から、笑顔になりました。

見上げた泉の精さんも、にっこり。





「ありがとうございます」、とお礼を言うと




碧の髪をなびかせて、泉へと飛んで行き



そして、透明な翼で、泉の水へと触れます。



静かに波紋がひろがって、淵へ。





すると….



泉の水は淡いブルーに染まり、


ふわふわと湯気が上がり始めました。




温泉になったのです。




泉の底から、砂を舞い上げて。



淵のまわりを暖めます。





温泉のお湯が、川を流れて村へと流れると 

田んぼも畠も、春野のように緑になります。

菜の花も咲いて、ちょうちょさんが舞って。

春が来てしまったかのようです….。





それから、この村は、いつも春のように穏やかになって



お米や麦、作物もたくさん採れるようになりました



「これも、泉の精さんのおかげです」


村人たちは、その泉を奉る事にしました。


今でも、泉の水に作物が触れると、



あの時のように泉の水はブルーになるそうです。



それはきっと.....やさしい気持が

たまごさんのしあわせを願って。


たまごさんが、やさしい気持で、その子の。


しあわせを願った。



そんな、ことなのかもしれません。







              おしまい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みどりの森とたまごさん 深町珠 @shoofukamachi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る