野盗 4
野盗を捕らえた騎士隊は、街道の警備隊とともに帰投することになった。
警備隊長の名前はクリスト・バーナー。終始エルザにも低姿勢で、エルザとしては非常に申し訳ない気分になる。
野盗たちは数珠つなぎにつながれて、引っ立てられるらしい。
外はすっかり夜がふけていた。月もない。穴の上には星空が瞬いていた。
かなり森の奥のため、出発は夜明けを待つことになり、安全を考えて、洞ですごすことになった。
野盗たちは広間に集められ、警備兵たちが交代で見張り、騎士隊も仮眠をとる。
エルザは騎士隊のメンバーと共に穴の入り口付近で、アレックスに右肩に右手をのせえられて壁にもたれて地べたに座っている。警備隊長などの目があるということなのだろうけれど、ケストナーをはじめとする隊員たちの目がエルザには気恥ずかしい。
アレックスとしては婚約者という嘘がバレないように演じているのだろうけれど、その距離の近さにエルザはくらくらする。
「あの。少し離していただけないでしょうか?」
壁を背にして座って仮眠をとろうとしているのだが、このままでは眠れそうもない。
「駄目だ。こんな男しかいないところにいるのに、手を離すわけにはいかない」
「でも、みなさまは野盗と違って紳士です」
少なくとも今周囲にいるのは騎士隊のメンバーだけだ。彼らはエルザが本当は婚約者ではないことを知っている。誤魔化す必要はないのだ。
「エルザ」
アレックスはエルザの左の耳に口を寄せる。甘くて低い声にエルザの胸は大きく跳ねた。
「俺のそばはそんなに嫌?」
「そ……そんなことはないのですけれど」
嫌というわけではなくて、エルザの方が勝手にいろいろと意識して脈が速くなっているだけだ。
「エルザがつかまったって聞いたとき、目の前が真っ暗になった」
「……すみません」
野盗に捕らえられたのは、エルザ一人の責任ではない。今回に関しては不可抗力だったと思う。せめてロゼッタが病人でなければ別の方法を考えられたかもしれないが、あの場合は他に方法がなかった。
「リンたちを逃がすためだとは思うけれど、エルザはいつも無茶をする。それがエルザだとはわかっているけれど、エルザは一人しかいないのだから」
「ごめんなさい」
そういえば前にも同じことを言われた。
「エルザがいなくなったら、俺はどうしたらいいのかわからない」
アレックスはエルザの身体をさらに引き寄せる
「野盗の頭に何をされた? 氷漬けにしたということは、何かあったのだろう?」
肩を抱いている反対の手で、アレックスはエルザの手を握り締める。
「たいしたことは何もされてませんよ。相手は完全に油断してましたから」
エルザ的には、リンたちを逃がすまでのやりとりの方が怖かった。そちらの方は自分の危機というより他人の命を守らなくてはと感じていたからなのかもしれないけれど。
「みなさんが助けに来て下さらなかったら、まずいことになったのは間違いないとは思います」
あの時、アレックスたちが来てくれなかったらどうなっていただろう。
火炎瓶二本で、あの場が切り抜けられたかどうか、わからない。そもそもあの広間を突破しても、入り口まで何人もの野盗はいたし、洞の外に出れたとしても、森を突破できたかどうか自信はない。
「そんな状況でも、燃やすのは『机』なのところが、エルザの優しさだな」
咄嗟の行動の甘さを指摘され、エルザは俯く。
「人が相手の戦闘は専門ではありません。それに、洞窟で火が燃え広がるのは賢明でないですし」
「うん。エルザは無茶をするけれど、無謀じゃない。だから、俺も怒れない」
アレックスの左手がエルザの腕に優しく触れる。エルザの身体がびくんと震えた。
「そんなに緊張するな。これ以上何もしないから」
アレックスは笑い、エルザの左の耳たぶを食んだ。
「あっ」
思わず甘い吐息が漏れて、エルザは慌てて自分の口を手でふさぐ。
周囲を見渡したが、周りの騎士たちには聞こえなかったのか、聞こえないふりをしてくれたのか、誰一人反応はなかった。
「耳で感じるなんて、可愛いな」
くすりとアレックスが笑う。
「からかわないでください」
エルザは俯く。身体がじんわりと熱くなってきている。嫌ではない。だけどこれはアレックスの演技だ。ここにいるのは騎士隊の隊員だけだから、必要のない演技のような気はするけれど。
「からかっているわけじゃないけれど、これ以上は俺の方が無理か」
アレックスは苦笑して立ち上がった。アレックスの体温が離れるとエルザの胸に寂しさが広がる。
「アレックス?」
「野盗の様子を見に行ってくる。心配するな」
周囲に危険はない。だから不安なことは一つもないとエルザにもわかっている。
「ええ」
寂しさにふたをして、エルザは頷く。
今回のことは自分が思っている以上に緊張を強いられたらしい。エルザはそのことに今さらながらに気が付く。
きっと、だからだ。
アレックスにずっとそばにいて欲しいと思うのは。
そして、もっと触れてほしいと願うのは。
エルザは大きく息をつき、配給された毛布をかぶって目を閉じる。
睡魔はなかなか訪れてくれなかった。
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