おぼろ
魔道映像機を分解し、金属部品をひとつひとつ錆とりの薬剤で磨く。
実に精巧な作りだ。
エルザは、興奮を覚える。
カーナル男爵の依頼というより、単純にこの魔道映像機が治ったらどう動くのかということに夢中になっていた。
ーーそれにしても、困ったわね。
エルザは、ため息をついた。
経年劣化で壊れてしまっている部品。それは、森の奥に住む吸血植物、バンパイアバインの蔓で作られている。
運が良ければ、市場に出回ることもあるが、まず手に入らないだろう。
耐久性には問題があるのだが、魔力の伝導効率が素晴らしく、他の材料で代用は難しい。
「さすがに、これはひとりでは、無理ね」
エルザは立ち上がった。
引き受けた以上は、材料を調達しなければならない。
ちなみに、市場に出回るバンパイアバインの価格は、護衛をやとって、自力調達するよりも高い。
護衛代は、だいたい二千Gが相場だが、買えば五千Gほどかかる。つまり、修理代の半分はバンパイアバインの蔓ということだ。
無論安全面などを考慮すれば、収益が減っても、仕入れが可能ならそのほうがいいのだが、期限までに手に入る確実性がない。また、市場に出回るものは品質にムラがある。
エルザは、夕刻を待って外に出かけた。
念のため、馴染みの仕入れ先にも顔を出したが、やはり入荷はなかった。
バンパイアバインのほとんどは、魔道具を作っている職人に直接卸すことが多く、店頭に並ぶことはあまりないのだ。
エルザは、宿屋や酒場の多い小路へと歩いていく。
護衛を雇うには、冒険者たちの良くたむろする酒場に行くのが一番手っ取り早い。
夕闇の中、灯りの灯り始めた賑やかな通りには、剣をさして歩いている冒険者たちの姿が見える。
彼らの多くはたいていは自分の家を持たず、宿屋に泊まって、実入りの良い仕事を待っているのだ。
エルザは、比較的大きな居酒屋兼宿屋である『おぼろ』という店に入った。
店内は、カウンターとテーブル席に分かれていて、テーブル席には既に飲んでいる者たちがいる。奥には二階の部屋に上がる階段があった。やや暗めのランプに火がともり、アルコールのにおいと食べ物のにおいが入り交ざっていて、実ににぎやかだ。
「親父さん」
エルザはカウンター席に座り、中にいる年配の男性に声を掛けた。
「おや、エルザじゃないか。珍しい」
店の主人である、フェルが答える。年はもう六十は越えている。エルザがまだ店を始めたころからの付き合いだ。既に頭の毛は無くなってしまったが、それ以外は、昔と少しも変わっていない。
「お久しぶりです。シチューとパンをお願いします。あとお酒を一杯」
エルザは頭を下げ、注文をする。
「それから、ちょっと護衛を雇いたいので、紹介をしていただけないかと」
「護衛って、何をするんだい?」
フェルは酒樽から、酒を注ぐと、エルザの前にそっと置いた。
「バンパイアバインの蔓が必要になりまして」
「バンパイアバインか。そりゃまた、かなり大変だな」
「はい。さすがに一人で行くのは無理だなあと」
フェルはシチューを皿によそってパンを添える。シチューのかぐわしい香りがした。
「ちょっと、待ってな。今、宿帳見てくるから」
「はい。お願いします」
フェルはカウンターの奥に引っ込む。
宿泊客の中に、護衛に向いている人間がいないか確認しに行ったのだろう。
バンパイアバインが相手となると、駆け出しの冒険者では無理だ。フェルとしても、紹介する相手を考える必要がある。
カウンターの奥をのぞきながら、エルザはグラスの酒に手をのばした。
「おや。マーティンさんじゃないですか」
突然、後ろから声を掛けられ、振り返るとそこには、ベン・ケストナーが立っていた。
「あら。先日はどうもありがとうございました」
エルザは頭を下げる。こんなところで会うとは奇遇だ。
「ちょうど良かった。今日は、キラービーの件の打ち上げをあちらでしているところでして」
ベンが指をさす方角を見ると、騎士隊のメンバーが酒盛りをしているのが見えた。今日は騎士隊だけのようで、ミーナの姿はない。
「あの件、実に上の評価が良くて、ボーナスが出たんです。よろしかったら、ご一緒にいかがですか?」
ベンはにこやかに微笑む。
あれだけ大きなキラービーの巣は、騎士隊としてもかなりの収入源になったのだろう。
「ごめんなさい。私、今日は仕事で来ていますから」
「そうですか。残念です」
エルザが断わると、ベンは頭を下げて騎士隊のメンバーのいるテーブルの方へと戻っていった。
挨拶くらいした方がいいのかもしれないけれど、エルザは部外者だ。せっかく身内で楽しんでいるところに水を差したくない。
--それより、ご飯にしないと。冷めてしまうわ。
エルザは、食事を始めた。
よく煮込んだシチューがとてもおいしい。
おもわず食事に夢中になっていると、フェルが戻ってきた。
「どうでしたか?」
「バンパイアバインとなると、チーム組んでいる奴らなら、可能かもしれないが」
「チームですか……」
エルザは、ふうっとため息をついた。
経費はかかるが、背に腹は代えられない。
「やむを得ませんね。今回は護衛なしではさすがにいけませんから、お願いします」
「そうさなあ。ああ、お前が行ければ、一番理想なんだろうが」
にやりとフェルが笑う。視線がエルザの後ろを向いていた。
「騎士さまは、暇じゃないよなあ、アレックス」
「どういう意味だよ、親父さん」
言いながらエルザの隣にアレックスが座る。
「騎士隊の人たちとの打ち上げじゃなかったんですか?」
「ああ。ベンがエルザがいるっていうからな」
振り返ってアレックスが手を挙げると、騎士隊のメンバーが全員、手を振った。
なんかよくわからないけれど、騎士隊のメンバーがアレックスをこちらによこしたみたいだ。
「エルザが護衛を捜しているんだよ」
フェルが面白そうにそう言った。確かに、アレックスが護衛なら理想だけれど、さすがに無理だろう。
「いいんです、気にしないでください。親父さんも無理を言わないで」
エルザは、思わずフェルに文句を言う。フェルは、何も言わず、肩をすくめて見せた。
「いつ行くんだ?」
アレックスが問いかける。
「護衛が見つかれば、出来るだけ早く」
エルザは答えた。
蔓を加工するのに時間がかかるから、それを考えると出来るだけ早く行動するに限る。
「ふーん」
アレックスはにやりと笑った。
「俺は明日から休暇なんだ」
「え?」
何を言われているのかすぐにはわからず、エルザは目を丸くする。
「約束したろ? いつでも声かけろって」
「でも……」
エルザは戸惑う。騎士であるアレックスに、そんなことを頼んでいいものなのだろうか。
「エルザ、頼んでやれ、腕は間違いないし、ひょっとしたら割引もしてくれるぞ。それに行きたがっている」
フェルが笑いながら口をはさむ。確かに腕は間違いないし、アレックスなら気安い。料金については、しっかり払うつもりだけれども。アレックスがいいというなら、断る理由はない。
「わかりました。お願いします」
エルザはそっと頭を下げた。
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