キラービー 5

 エルザは、神殿の敷地から出て、荷物の整理をする。

 事前準備はしっかりやったつもりだったが、完全ではなかった。

 最後に投げた油瓶は、あのように発火させる予定で持ってきたものではない。

 あらかじめ用意するのであれば、火を必要としないものを用意しただろう。全てを想定するのは不可能とはいえ、まだまだ読みが甘いということだ。

 エルザの仕事は終わったので先に歩いて帰ろうかとも思ったが、最後まで見届けないのも無責任と思い、エルザは簡易式の椅子に座り騎士隊を待った。

 騎士隊たちが神殿から出てきたのは、思ったよりかなり早かった。

 疲れた様子もあまりなく、けが人もいないようだ。退治したキラービーを、神殿の外に運んで積んでいるようだ。

 巣の中の幼虫については、特に問題ないが、飛び回るキラービーは、寝ている間にしっかり始末しておかないと危険なので、確認作業も兼ねているのだろう。

「討伐は終わったのですか?」

 エルザは、一人で戻ってきたベンに話しかける。ベンは、巣の撤去作業の道具を取りに来たようだ。

「はい。こんなに簡単な討伐は、初めてでした。キラービーはほとんど眠っており、大きな戦闘にならなくて。けが人一人おりません。マーティンさんのおかげです」

「そうですか。お役に立てて良かったです」

 エルザはほっと胸をなでおろした。

「でも、巣から離れていたキラービーが外から戻ってくることもあります。作業は、気を付けてくださいね」

「はい。お気遣いありがとうございます」

 ベンがにこやかに微笑む。

「何かお手伝いすることはありますか?」

「いえ。ここから先は、力仕事ですので」

 ベンは大きなシャベルとつるはしを肩にのせた。

「マーティンさんとアレックスさまのおつきあいは、どのくらいなのですか?」

「え? えっと。養父ちちが生きていたころからだから、もう二十年近いでしょうか」

 エルザは、顎に手を当てて答える。

「代替わりしても、変わらずにごひいきにしてくださって。随分と助けていただきました」

 エルザの返事を聞いて、ベンはなぜか不思議そうな顔になる。

「それだけなんですか?」

「はい?」

 エルザは首をかしげた。聞かれたことには、きちんと答えたはずなのに、質問の意味を聞き間違えたのだろうか。

 その時、神殿の方からベンを呼ぶ声がした。アレックスだろう。作業が始まらないということなのかもしれない。

「ああ、すみません。仕事に戻らねば」

 ベンは突然、慌てて神殿へと戻っていった。

ーー何が聞きたかったのかしら?

 エルザは首をひねる。

 神殿の方に目を向けると、キラービーの山がさらに高くなっていた。



 作業は夕方までかかった。

 巣が、想定以上に大きくて、荷馬車が何度も往復したが、それでも追いつかない。巣のほとんどは売られるらしいが、一部は皇室の方に上納することになっている。

 あまりの多さに、騎士隊全員、残ったものを報酬として持って帰ることになった。

 行きと同じように荷馬車でアレックスに送ってもらうことになったエルザは、巣の他にキラービーの死骸を十匹ほど持って帰ることにした。

「キラービーの死体なんか、どうするんだ?」

「キラービーの持つ毒は、薬の材料になるんです」

 エルザは答えた。

「だったら、もっといっぱい持ってくればよかったのに」

 神殿の前には、まだキラービーの死骸が山になっている。その気になれば、この荷馬車一杯に積むことだって可能だった。

「毒のうから取り出すのに手間がかかるんです。猛毒ですからね。鮮度も大事ですから、たくさんあっても、処理できないことになりかねません」

 エルザは苦笑した。

「それに、あまり良く売れるものではないので」

「ふーん」

 アレックスは納得したらしい。

 ゆっくりと辺りは暗くなり始める。遠くに街の明かりが灯りはじめた。

「それにしても、随分と実践慣れしているな」

「錬金術に必要な材料を集めに行きますので。もっとも、最近は冒険者から買うことの方が多いですけれども」

 最近は店の評判も安定しており、仕入れにお金をかける余裕が出てきた。それでも日帰りで行って帰れるほどの距離の材料であれば、今でも自分でとりに行くことが多い。

「一人でか?」

「そうですけど」

 エルザの答えに、アレックスは驚いたような顔をした。

「一言、声かけてくれりゃ、護衛したのに」

「アレックスさまに護衛代がお支払いできる状態ではありませんでしたし」

 騎士であるアレックスに護衛を頼むことはありえないが、冒険者の時代でもアレックスは凄腕で、雇えば、かなりの代金が必要だった。

「エルザから、金とらねえよ」

「そうおっしゃっていただけるのは嬉しいですが、そういうわけには参りません」

 エルザは首を振る。

「エルザは、そういうとこ、律儀だな」

 アレックスが苦笑した。

 馬車はやがて、エルザの店の前にやってきた。

「騎士になっちまったから、いつでもいいとは言えなくなったけれど、出かけるときは、声をかけろ。護衛代は、本当に要らないから」

「ですから、それは……」

 ダメだと言いかけたエルザの唇に、アレックスの指がふれる。

「大丈夫だ。下心はあるから」

「え?」

 ドキリとしたエルザをよそに、アレックスは馬車から降りた。

「今日は助かった。ありがとう」

 アレックスの手に助けられながら、エルザはゆっくりと馬車をおりる。

「また、世話になるよ」

 エルザが戸惑っているうちに、アレックスは荷台の荷をおろし、再び御者台に戻った。

「じゃあな」

「ええ」

 去っていく荷馬車を見送りながら、エルザは首を振る。

一一冗談よね。

 胸の鼓動は高鳴るけれど。エルザは、それを認めたくはなかった。

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