キラービー 4

 吹き上げた炎は、厨房の中で踊り狂っていた。

 火から逃れようと出てきたキラービーも、炎に焼かれテぼたりと落ちてくる。運よく焼かれなかったものも既に攻撃するような力はなく、よろめくように空へと消えていった。

「すげえな」

 入り口近くの地面に伏せたアレックスは、ゆっくりと身を起こしながら呟く。

「……すみません。キラービーの討伐は、火を使わないのが鉄則なのに」

 エルザは謝罪した。キラービーの巣は高価だ。蜜はどの蜂よりも芳醇で濃厚だと言われている。

 火で焼いてしまったら、何も残らない。ほかに選択がなかったとはいえ、あまりほめられない。

「いや、助かった。危ないところだった」

 アレックスはエルザの肩をポンと叩く。

「そもそも、これは役所からの命令でやっているのだから、討伐さえできれば給金は出る。安全第一だ」

「そう言っていただけると、助かります」

 エルザは頭を下げた。

 無論、火を使ってしまった状況になったのは、エルザの責任ではない。そんなことはアレックスもわかっている。たとえ、巣で得られるはずだった副収入に未練があっても、文句は言えないだろう。

「錬金術の腕がいいのは知っていたが、かなり実戦も強いんだな」

「たまたま準備したものが役に立っただけです」

 エルザは肩をすくめる。エルザも魔術は少し使えるが、初歩のものだけだ。錬金術師は、あらかじめ用意したものがなければ、実戦では役に立たない。

 辺りを見回すと、ミーナがキラービーの死骸のそばに座り込んでいた。

「お嬢さんは大丈夫だったようですね」

「あれでも一応、エリートだからな」

 アレックスの言葉は苦い。

 魔術師として優秀だから、今回の討伐隊に選ばれたのだ。

「初陣は、誰でもあんなものですよ。それに、彼女は本来、騎士の後方から援護射撃をする役目なのでしょう?」

 もっとも、役目外の仕事に名乗り出たのはミーナ本人だから、役目外だからできなかったではすまない。彼女がついてきた理由は、おそらく、エルザへの不信感からの行動だろう。街の錬金術師の実力を信用できなかったのは、ある意味仕方がないとエルザは思う。

 錬金術師は、魔術師に慣れなかった『出来損ない』。実際には、魔力の性質による方向性の違いなのだが、そう思っている人間がかなり多い。ミーナもそういう人間の一人かもしれない。エリートなら、なおのこと、そう信じていても不思議はない。

「まあ、一番は俺の判断がまずかった」

 アレックスがため息をつく。ミーナの同行を許したのは、アレックスだ。もちろん、いざという時を想定すれば、それほど間違った判断ではない。ただ、アレックスも、そのいざという時をミーナ本人が作ってしまうとは、想定していなかっただろう。

「危険な目に合わせて、すまなかった」

 アレックスは頭を下げる。

「何事もありませんでしたからお気になさらず」

 危険な場所だということは承知の上での仕事だ。ミスをしたのはミーナであったけれども、何かが違えば、エルザだったかもしれない。そもそも当初の予定通り、一人で神殿に入ったとしたら、最初の礼拝堂で調合を終わらせることができなかったかもしれないのだ。

「それに騎士隊の仕事は、これからですよ? 燃えているのはここだけです。燃える物はたいして多くありませんから、広がらずに、まもなく消えてしまうと思います」

 終わったのは、エルザの仕事だ。騎士隊の仕事はキラービーの討伐。神殿のほとんどの巣とキラービーは、まだ、そこにある。

「そうだな」

 アレックスは燃える火に目を向ける。

 火勢は、だいぶ衰えつつある。石造りの建物のため、壁材が燃えることはない。残っている家具もほとんどないから、神殿全体に広がることはなさそうだ。

「隊長!」

 武装した騎士隊の隊員たちが走ってきた。煙が立ち上ったのを見たのだろう。

「大丈夫ですか? 隊長」

 肩で息をしながら、ベンがたずねる。

「なんともない。まあ、見た目、派手だが」

 アレックスは苦笑いを浮かべた。

 集まってきた隊員たちは、流れてくる煙に目をしばたかせる。

「残念ながら、まだ終わっていない。仕事はこれからだ」

 煙が多くなるにつれ、火がどんどん小さくなる。エルザの投げた油瓶の効果が消えつつあるのだろう。

「そろそろ、眠りの煙の効果が出ているかと思います」

 エルザは告げる。

 時を逃しては、全てが無駄だ。

「……と、いうことだ」

「了解です」

 アレックスの命に騎士たちが敬礼を返す。

「エルザ、安全なところにいろよ」

 アレックスの指が、エルザの頬に触れる。見つめる目がとても優しい。

「わかってます」

 愛しいものにするかのようなアレックスの仕草に、エルザはどきりとした。

「よし、突入準備」

 動揺するエルザをよそに、アレックスは背を向ける。

 騎士隊の隊員たちは誰一人、気にも留めていないらしい。ミーナだけが、エルザの方をじっと見ていた。

「みなさん、鼻と口を布でふさいでくださいね。煙が残っているかもしれませんから」

「わかった」

 エルザの注意にアレックスは頷き、片手をあげて、火勢が弱くなった建物へと入って行く。

 アレックスを先頭に、隊列を組んでおり、最後尾は、ミーナだ。

「先ほどはすみませんでした」

 ミーナが建物の脇で見送るエルザに、頭を下げた。

「でも、私、絶対に負けませんから」

「え?」

 何を言われたのかわからず、エルザは首をかしげる。

ーー魔術師と錬金術師で、何を勝負するのかしら?

 エルザの疑問をよそに、ミーナは騎士たちの後を追って、建物の中に消えていった。

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