キラービー 2
キラービー討伐のメンバーは、騎士隊が十名、魔術師が一人に、エルザということらしい。
作戦会議は神殿の敷地の外で行われることになった。
建物に近づくと、キラービーを刺激する可能性があるからだ。
草を刈りとった場所にちいさな机を置き、それを全員で囲む。エルザは、輪から少し離れて立った。
騎士隊の人間は全て重装備なので、少し身動きするたびにガチャガチャと音がする。年齢は、たぶんベンが一番上で、あとは二十代後半の男性が多い。かなり精鋭なのだろうと、エルザは思った。
魔術師はエルザと同じ軽装。年齢は二十代前半の女性でミーナという名のようだ。彼女は、エルザが参加するのをあまり良しと思っていないらしい。挨拶をしたが、うろんなものを見るような目だった。
エリートの彼女にとって、街の錬金術師は得体が知れない人間なのだろう。
「一番大きな巣は、礼拝堂だ。あと確認された巣は、こことここ。もっとも他にないとは言えない。出入り口は、礼拝堂に入る正面入り口と、裏口の二つ。キラービーたちはそこらじゅうの窓から出入りしているがな」
神殿の見取り図を広げ、アレックスが巣の位置を確認していく。
「眠りの煙を使ったあと、礼拝堂に集中攻撃だな」
「隊は分けないのですか?」
ベンが手を挙げ、質問した。
「キラービーとの戦いは空中戦になる。魔術師が上空を守ってくれなければ、きつい」
顎に手を当てているアレックスの顔は険しい。
確かに、魔術師一人の状態で、二隊に分ける編成はきついと思われる。
ただ、キラービーは普通の蜂と違ってかなり大きいから、剣で切ることができる。騎士が魔術師の壁となっているうちに、魔術で倒すのが理想的だろう。
「では、エルザ、眠りの煙の調合をしてくれ」
アレックスが、輪から離れているエルザに声を掛ける。エルザは首を振った。
「できますが、ここではできません」
「どういうことだ?」
アレックスの眉間にしわが寄る。
「神殿に入り、巣の見える場所で調合します。お聞きしたところ、建物内部に何か所もあるとのこと。密閉状態にあるならともかく、一か所だけではなく何か所かにわけて、眠りの煙を発生させた方がよろしいでしょう」
「ちょっと待て。何を言ってるんだ? お前、神殿に入る気か?」
アレックスは驚きの声を上げた。
「あたりまえです。お売りした眠りの煙をお使いになる時、こんな遠くで調合しないですよね?」
エルザは指摘する。もともとそのつもりだったのに、何をそんなに驚かれているのかと思う。
「それはそうだが……」
「キラービーを刺激しなければ、どうということはありません」
もちろん、巣のそばに行くことは危険なことには違いないが、引き受けた仕事は最善を尽くすのがエルザの信条だ。
「皆様のご準備が良ければ、今から行かせていただきます」
エルザは持ってきた背負い袋に手をのばす。
眠りの煙の効果がでるには多少時間がかかる。準備が終わっているなら、すぐに始めるべきだ。
「待て、さすがに一人では行かせられん。俺も行こう。ベン、ここを頼む」
「隊長、私も行きます。いざという時、魔術師は必要だと思います」
「わかった。ミーナ、お前もついてこい。いいな、エルザ」
「どうぞ」
エルザとしては、別段、一人でも構わないのだが、ついて来たいというのを止める必要も感じない。
それに、アレックスがエルザを一人で行かせられないと思う立場もわかる。なんといっても、エルザは外部の人間だ。
「入口まで行って、無理だと思ったら引き返してもいいからな」
「そうします」
下手に強がることはせず、エルザは素直に頷いた。判断のミスが大事故につながることをエルザは理解している。いつでも、自分の能力を過信しないようにしなくてはいけない。
背負い袋を背負い、エルザはアレックスたちを伴って、神殿の敷地内へと入って行く。
門から入り口まで敷かれた石畳は、隙間からたくさんの草がのびて割れていた。
水に浸かって放棄されただけに、木戸や窓は既になかったり、あっても腐って壊れている。
「ここから先は気をつけろ」
門と建物の真ん中くらいの位置で、アレックスがエルザに声を掛けた。どうやら、ここから先は、キラービーのテリトリーになるらしい。
羽音に気づいて、エルザは足を止める。
「いますね」
ちょうど目の前を大きなキラービーが建物の中から出てきた。
「あっ」
思わず大きな声が出たのはミーナだ。実戦経験がないというのは本当なのだろう。多分、キラービーを見たことも初めてに違いない。
「大きな声を出すな」
アレックスが注意をする。
「初めてだったら、仕方ないですよ」
エルザは苦笑した。
「そういう問題じゃない。基本の話だ」
アレックスが険しい顔をする。それはそうだろうとエルザにも理解できるけど。
ミーナの方は、ちょっと口をへの字に曲げて不服そうだ。あまり反省はしていないのかもしれない。とはいえ、ここでエルザが何か言うことでもない。
「そろそろ、行きます」
エルザはゆっくりと足を進めることにした。
正面にある入り口は、両開きの扉だったようだが、片方は既になく、残っている一つの方も蝶番が外れて、戸は朽ちている。
入り口に近づくにつれ、羽音は大きくなってきた。
エルザは用心深く、ゆっくりと戸口に立った。
建物の中は、木の葉が溜まり、床もひび割れている。
ーーあれか。
遠目ではわかりにくい位置に、大きな巣があった。ちょうど礼拝堂の奥に当たる場所だ。エルザの家ほどある、と言ったのは大げさではなかった。礼拝堂の半分くらいはありそうだ。
せわしなくキラービーたちが外へ中へと動いている。
壊れた天窓から光が入っているので、思ったよりは明るかった。
エルザは、ゆっくりと壁を伝い、巣に近づく。キラービーたちは、まだ無警戒のようだが、羽音がかなりうるさい。
巣から数メートル離れた位置にたどり着くと、エルザは床に座り込んだ。
キラービーを刺激せぬように、静かに、ゆっくりとエルザは背負い袋から、薬の瓶を取り出す。
部屋の大きさ、巣の大きさから適量を計算をし、薬さじで計量する。
通常は二種類の薬剤を混ぜるだけなのだが、今回はもう一種類、別の薬剤を混ぜる。薬剤は混ぜるそばから煙を出すので、二つの薬剤が反応する時間を遅らせるのだ。そうしないと、全部混ぜ終わる前に、エルザ自身が眠ってしまうかもしれないからだ。
キラービーの羽音がうるさいが、そんなことを気にしている暇はない。
「エルザ!」
アレックスの低い声に、エルザは顔をあげる。
一匹のキラービーが、エルザの目の前で空中停止していた。
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