第60話 クローバーさん

僕は、今日はフラワー・スタンドのアルバイトの日だから・・・と。

朝、すこし早めに目覚めた。


なんとなく。


風もさわやか。

この家は坂道の途中にあるから、風通しがいい。



レースのカーテンからは、きらきらとした陽射し。



遠くに見える、渚の波も、きらきら。



まだ、かすみやふたばは寝てるのかな・・・。


花なのだから、寝てる、と言うのもヘンかな、と

ひとり、微笑みながら部屋から、ひっそりとした廊下に出て。


それから、キッチンへ行ってカフェ・ラ・テを作って。


クロワッサンを温めて。


ダイニングに持って行って、庭に咲いている草花を眺めながら

クロワッサンを少し。


庭の向こうは、林になっていて

時折、小鳥が飛び立っていったり、飛来してきたり。


そのたびに、梢が揺れる。




かすみが来て「きょうは、おでかけ?」と、涼やかな声で。




「うん」と、答えると



かすみは「そう。」とだけ言って、柔らかに微笑む。



ふたばは、たぶん、庭にいるのだろう。



僕は、それからガレージに降りて


「きょう、何に乗っていくかな」と。



少し考えて。


MotoGuzzi V7 sportで行く事にした。



お天気もよさそうだし。



ガレージのオーバー・ドアを開けて、エンジンを掛ける。


スロットルをちょっと開いて、セル・スタータを回すと


電動ねじ回しのような、面白い音がして

エンジンが爆発的に掛かった。


アクセルをかるく捻ると、車体が傾く。

V型の2気筒エンジンが、縦に積まれているから。



ふたばが、ガレージの表にいて


「きゃ、おおきな音」と、にこにこ。



「ごめんね、おどろいちゃった?」



ふたばは「平気」



無論、このふたりは花なので、僕にしか見えてはいない。



そういう事は、割とあるのだろう。




僕は、V7のメイン・スタンドを外した。

バイクが、大きく沈む。




少し、温まったエンジン。


クラッチを静かにつないで、アクセルを開けると


V7 sportは、ぴょん、と

ゴムで弾かれたように飛び出した。




ガレージから、通りに出て

オーバー・ドアを閉じようとしたら

ふたばが、閉じてくれた。


「いってらっしゃーい」と、にこにこ。



かすみは、エントランスで微笑み。手を振っている。



僕も微笑んで、手を振る。



・・・・これも、もし人が居たらヘンな景色だろう(笑)。



僕は、そのまま静かに坂道をMotoGuzziで下った。




フラワー・スタンドの前の舗道にV7 sportを止めて

店のシャッターを開けた。


しばらくして、店長がシトロエン・DS21でやってくる。


宇宙船のようなデザインのこの車、運転は結構難しいはずだが

普通に乗っている。


店の脇のパーキングに止めた。


シトロエンは、猫が足を畳んで落ち着くように

ゆっくりと沈む。


ハイドロ・ニューマティック・サスペンションの油圧が降りたのだ。


店長はにっこり。「おはようございます」



僕も、おはようございます。と、ご挨拶。




きょうも、静かに一日が始まる・・・・。




ミシェルに会ったのは、その日の午後だったか。



古い国産乗用車に乗っている、ピアノ弾きのルグランさんを追って。


この角を駆けて来たのだった。



そこで、僕はミシェルのクラスメート、セシルちゃんが


その、初老のルグランさんに、少し慕情を抱いているようだと

ミシェルの心配を聞いて。



ルグランさんの仕事先のクラブを教えたりした。





「図書館の受付嬢か」と、僕はちょっと気になって。





店のお昼休みに、ちょっと、見てみることにした。





図書館は、このお店のすぐ、そばだから。





舗道を歩いて。


道路と、路面電車の軌道を渡って

赤いれんが積み、みたいな装飾の

図書館のエントランスから、入った。



中は結構広く、体育館くらいに見えるけれど

書架があるので、空間には感じられない。


ただ、吹き抜けが4階までつながっていて

そこに回廊のように、階段が付いている。



明かり天井から、光がさんさんと。


その、1階カウンターに。


穏やかな微笑みの、髪をすこし長めにしたエレガントな人は

中学生には見えない。



元気そうな、まんまるな笑顔の子。


「ああ、あの子か」と、僕は思った。



と・・・・・・・。


その子が、クローバーの花のように見えた。



「・・・・・・・?」


と、不思議に思ったけれども。



クローバーさんは、僕に微笑む。「こんにちは」



僕も、答える。



クローバーさんは「わたしが見えるのね」


僕は頷く。



クローバーさん「どうして?なぜ?」




僕は「わからないけど、見えるんだ」




クローバーさんは「不思議ね」と、快活な笑顔。





僕は「クローバーさんは、セシルちゃんと一緒なんでしょう?」



彼女は頷く。




「セシルちゃんは、ルグランさんやミシェルくんを、どんなふうに思ってるの?」



クローバーさんは「そこまでは・・・・ただ、かわいい仕草をして、可愛がって?って

思ってるんじゃない?お花と一緒」






僕は「それだけ?」




クローバーさんは、にっこり。「そう。そんなに、いろいろ考えて生きてないわ。

14才の女の子だもの」




僕も、なんとなく納得「そうだね」と、にっこり。



ありがと、と、クローバーさんにお礼を言うと


「ヘンなひと」と、彼女は楽しそうに笑った。



ヘンかもしれないね、と、僕も笑った。




楽しいひとときだった。


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