第51話 spring rain

すこし牧歌的にも見えるクロッカスさん、だけど

どことなく憂いを含んだ瞳は、黒水晶の如く

引き込まれるような魅力を放っていた。


元気づけてあげたい、そう思ってしまう。


僕が視ていたのはほんの数秒だったけど

クロッカスさんは、僕の視線に

恥じらうかのように、俯いてしまった。




その時、店に誰かが来た。

僕は応対に。クロッカスさんの気配は消えた。


店長も、いつもの雰囲気に戻り

パーキングのシトロエン・エグザンティアの方へと

花かごを抱えて歩いていった。


ーーーーーーー




その夜、いつものように店長は

僕に後を任せて、どこかに行った。


どこに行くのかは知らない。

でも、不思議に誰も来ないので

別に僕も気にする事もなかった。


それも、いつもの事だ。


この夜がちょっと変わっていたのは

その、クロッカスさんの気配がすることだったので


僕は、彼女とすこしお話をしてみたくなった。



名前を聞いていなかったので、ぼんやりと

クロッカスさん、と呼びかけたら

その、僕の顔が可笑しかったのか



くすくす笑いの向こうに、彼女が見えた。

笑うと、幼気な少女のような愛らしさで

憂っている時との表情の違いに、ちょっとどっきりとし

かすみやふたばのような、ナチュラルな女の子っぽい

(もちろん、花だから女も男もない、のだけど)


子たちとはどこか変わっているな、何かあったのかな、と

その多面性がひどく気になった。



いつも、笑顔でいてほしい。

心からそう思い、その、クロッカスさんの憂いを

解いてあげたいな、と願った。


次元を超えている彼女だから、僕の気持ちは

なんとなく伝わったらしく


「....わたしは。」


と、笑顔を消してしまったことに

僕は後悔。


もう少し、あの笑顔でいてほしかった。




彼女は、語る。


「....恋を、失ったの」


あまりにも直裁な。


僕はそう思ったけど、彼女はお花なんだし

心をたぶん、痛めてるんだな、と

納得した。


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