第50話 crocus

じばらく、来ていなかったのに

昨日も来ていたような、そんな気がする

フラワー・ショップの店先には、いろんな花が

たくさん。


その、ひとつひとつと

今の僕は、ことばを交わす事ができる。

あの夜、ユリの香りの気体で気を失ってから

僕は、そんな風になった。


そして、かすみ草の「かすみ」と

心を交わす事ができたり。


彼女の話だと、心を交わすと言うよりも

時空の歪みを超えて、別次元の彼女たちの

姿が見える、と言う事らしいが

僕にもよくわからない。


それで、店長や、かすみ、ふたば。

彼女たちが、実は花、植物の心だと言う事を

知らされた。


大昔の人々には、それが見えていて

それが普通で

古い樹木や大きな山、岩などの

心、魂を大切に共存してきた、と言うのだ。


その頃の豊かな気持ちを

思い出して貰いたくて、過去や未来から

次元を超えてきたのが、かすみやふたばたち、だと

言う事なのだそうだ。



そういう人が増えれば、自然に

豊かで穏やかな暮らしが、訪れるだろう。



僕は、そう思ったので

また、フラワーショップのアルバイトをする事にした。



色とりどりの花を見ているだけで、心和むな、と

僕は思った。


店長にそういうと、「そうね、それだけでじゅうぶん。」と

グロス・ブラックのエプロン姿の彼女は、静かに

涼やかな声で微笑んだ。


どこから見ても普通の人間に見えるが、実は

花の心が、見える形でこちらの世界、3次元に

来てくれた姿だと、かすみは言った。


見えない人には見えないそうだから、ひょっとすると


路面電車から見ている人には、彼女は見えないのかもしれない。



それは、すこし不思議な映像だと思う(笑)。



店長は、隅にある

見覚えのある鉢植えに水をあげていた。


クロッカスだった。


すこし、憂いを感じるような優美な佇まいは

どことなく、店長に似ているなぁ、そんな風にも思えた。


僕は、店先にある切り花の水を変えながら

そんな事を話す。


あら、わたしはそんなにウェットかしら、と

店長は涼やかに笑った。


「そうね、クロッカスさんは...あなたから見える?」


店長がそういうので、それとなく辺りを伺うと


柔らかなウェイヴの髪、ふんわりとした雰囲気の

すこし大柄なレディ、店長より少し年下かな、

そんな感じの姿に見えた。


「おじゃまで...ないかしら。」



クロッカスさんは、俯き加減に、静かなメゾ・ソプラノで

そう告げた。


僕は、ほほえみながら、いいえ、と告げ

来訪を歓迎した。


よく、来てくれたわね、と

店長もそう言った。


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