月曜日 ヒロタカさん
営業中の看板を確認し、お店の扉に手をかけた。
少し重ためのアンティーク調の茶色い扉を開けると、カランカランとドアベルが店内に響く。
「いらっしゃいせ。何名様でしょうか。」
そう言って素敵に微笑んでくれたのは、40代くらいの端正な顔立ちの男性。
高身長で、やや細めな体型。黒髪短髪で髭はなし。清潔感抜群の爽やかな笑顔と少しハイトーンな声が素敵な店員、ヒロタカさんだ。
「一人です。」
「承知致しました。お好きなお席へどうぞ。」
中へ促され足を進めた。窓側の奥の席に座りたかったが、残念ながら今日は先客がいた。
(今日は壁側の奥にするか…。)
席に座りメニューを手に取る。
表紙には今月のオススメ『春野菜のオリジナルプレートとカボチャタルト』
次のページからはグランドメニュー、ドリンクメニューと続き
最後のページに月曜日担当ヒロタカさんのオススメ‼『鶏つくね茶漬け』『桜色』
と記載してあった。
「桜色ってこの写真的に和菓子?桜餡なのかな。」
「僕のオススメに目を通して頂き有難う御座います。」
「あっ。」
心の声が口から洩れ、しかもちょうどお冷を運んできてくれたヒロタカさんに聞かれていた。
(恥ずかしい…)
「少しメニューの紹介をさせて頂いても宜しいでしょうか。」
「は、はいっ。」
ヒロタカさんの笑顔が眩しすぎて直視できません!!
「有難う御座います。こちら『桜色』というメニューは苺を使ったデザートになります。細かく切られた苺入りの餡を桜餅の皮で花びら状に包みました。苺の酸味と餡の甘味が程よくマッチしていて桜味が苦手という方でも美味しく召し上がれます。」
そう言うとヒロタカさんは少し辺りを見渡す。
「実を言うと僕は桜味が苦手なんですけど、このデザートは大好きなんです。これは桜味だからって敬遠されるのは悲しいなと…オススメしなくちゃって張り切っちゃいました。」
眉毛を下げ、少し照れ笑いをするヒロタカさんに心を鷲掴みにされ、私は迷わずヒロタカさんのオススメを注文した。
***
「読書中失礼致します。もしよろしければあちらのお席へ移られますか?」
「えっ?」
突然声をかけられ間抜けな声が出てしまった。
読んでいた本を閉じ、ヒロタカさんが示している席に目をやると窓側の奥の席が空いていた。
私が本を読んでいる間にお帰りになったらしい。
「い、いいんですか?」
「勿論です。では、お品物はあちらへお運びしますね。」
去っていくヒロタカさんの背中を心の中で拝み、私は荷物を持って窓側の席へと移動した。
(もしかしてヒロタカさんは私のことを覚えてくれているのでは!?)
両手で熱くなった頬を覆うついでににやけた口元も隠した。
頭の中はパンク寸前です。
「お待たせ致しました。鶏つくね茶漬けでございます。お熱いのでお気をつけてお召し上がりください。」
「はい!」
「こちらの大葉はここから見える庭で店長自らが育てたものになります。他にもハーブや野菜、花など色々。ご興味がおありでしたらぜひご覧くださいと店長が仰ってました。」
「えっ?」
「御来店頂けた時はこちらの席から庭を眺めている姿をお見掛けしていたので、もしかしてご興味があるのかなと。」
「…はい。家庭菜園に興味があって、私でもできるのないかな~なんて。本当そんな理由なんですけど…もっとちゃんとした理由があればよかったんですけど、恥ずかしいな。」
ヒロタカさんが私のことを覚えてくれたことがとても嬉しいのと同時に大した理由もない自分がとても恥ずかしかった。
覚えてくれているのだったら今日みたいに読書をして知的女子をアピールしたり、もっとメイクを学んで可愛くなりたかった。
「気分を害されたのなら申し訳御座いませんでした。」
「いやいやいやそんなこと」
「ですが”興味があって始めてみたい””だから庭を見ていた”は恥ずかしくないと僕は思います。庭はなくなりませんので、いつでもご案内いたします。」
***
アンティーク調の茶色い扉が閉められカランカランとドアベルが店内に響いた。
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。」
そう言ってお辞儀をするヒロタカさんがその場から離れる前に私は席を立ちあがり荷物を手に扉へと向かった。
「お会計お願いします。」
「かしこまりました。」
慣れた手つきでタッチパネルを操作するヒロタカさん。レジの時間は60秒だってないのだ。ドクンドクンと鳴り響く心臓に負けないように意気込み
「庭も見たいです!」
と言った。
ヒロタカさんは「かしこまりました。」と少し重ための扉を開けてくれた。
来週か再来週か一か月後か
また月曜日にこのお店に来よう。
『イケオジカフェ 縁』月曜日のヒロタカさんは私の一番の癒しです。
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