第五話 エターナリアンとの遭遇(下)
「ねこねこ拳法奥義・ゴロゴロヒーリング……!」
マリーはそう呟き、その場に伸びている人たちを次々回復し始めた。
猫のゴロゴロという喉の音は、人間を回復させる力があるという。まさにそれだ。
怪我人たちは次々回復し戦線に復帰する。マリーは自分の力を戦うのに向かないとよく言うが、こんな使い道があったとは。古代のヒロイックファンタジーなら白魔道士だ。
「日の出だ……俺たちの勝ちだ! 吸血鬼たちめ!」
と、誰かが叫んだそのとき、UFOの底がぱかりと開いて、ばらばらとなにかが吐き出された。また誰かが、「あいつら吸血鬼じゃないのか?!」と叫ぶ。
「あれは吸血鬼じゃない! チュパカブラだ!」
と、ナッツが叫ぶ。チュパカブラ。よく知らないが、いわゆるUMAというやつだろうか。人間の血を吸うとか吸わないとかいう……。
「ちゅ、チュパカブラ?!」師匠がびっくり声を上げる。ナッツは、
「吸血鬼じゃなくてUMAだから、太陽光じゃ死にません! くそっ、なんでこんな非科学的な生き物が――いや。人間だ! チュパカブラの力に目覚めた人間だ!」
ナッツはUFOの底から降りてきたチュパカブラ人間を恐怖の表情で見た。お前はそういうことを言っていればインテリに見えるのだと教えてやりたかったがそれどころじゃない。
チュパカブラ人間は俺たちに近寄ってきた。みなどうすべきか躊躇している。ハチが、ぐっと拳を握りしめて、チュパカブラ人間の頭を思いきりぶん殴った。
ぼこっ。シンプルに殴る音がして、チュパカブラ人間は倒れた。そこにハチが蹴りをいれて、チュパカブラ人間は動かなくなった。
「うそだろ」ハチはぼそりとそうつぶやいた。
思いのほかシンプルに倒せてしまった。しかしどうぶつの力はどうしても出せない。なら物理的に殴り倒すしかない。
「こいつら殴るとか蹴るとか、そういう技が通るぞ!」
師匠が叫んだ。それはハチの手柄の横取りではないだろうかと思ったが、殴られるので口に出さないでおいた。俺なんか殴ってる場合じゃない、いまはこのチュパカブラ人間を殴らねばならない。
むこうのほうで、有名なカマキリ拳法の使い手のテルユキ師が鎖鎌を構えるのが見えた。
反対のほうでは、猛牛拳法の使い手が、つま先で土を蹴っているのが見えた。
「しょせんチュパカブラ拳法! 物理的に倒せるぞ!」
師匠が大声でそう言うと、その場はわあああーっと歓声に包まれた。
俺は渾身の蹴りを放つ。チュパカブラ人間はぽおんと吹っ飛んで動かなくなった。テルユキ師の鎖鎌がチュパカブラ人間を滅多切りにし、猛牛拳法のひとは体当たりでチュパカブラ人間を吹っ飛ばしている。
ナッツの飛び膝蹴りがチュパカブラ人間に一撃する。チュパカブラ人間、思いのほかもろい。案外余裕なのではなかろうか。そう思っているとUFOの底がまた開いた。
「なんだぁ……?」
UFOの底から、またなにかが現れた。――フライングヒューマノイドというやつだ。まだいるのか。倒しても倒してもきりがない。
というか、UFOの大きさに大して出てくる乗組員が多すぎやしないか?
「レイジ!」
師匠がフライングヒューマノイドのひじを極めながら声をかけてきた。
「ちょっくらあのUFOの中にいって、中身を確認してこい!」
「はぁ?! 死ぬじゃないですか!」
「お前は簡単には死なん! あたしはお前たちを信頼している!」
……仕方がない。俺はシンボルツリーを登り始めた。イツキシティのタイルの道が、ずいぶんと遠ざかっていく。UFOの出口からは簡単に入れそうだ。
中に入ってみる。
中にはよく分からない機械がごちゃごちゃと置かれ、その機械に書かれた文字はどうぶつ文明以前の文字のように見えた。タンクのようなものが並び、その中でぶくぶくと、フライングヒューマノイドが生まれている。
これを全部壊せば、もうこいつらは降りてこないんだな、と認識した俺は、かたっぱしからタンクを壊すことにした。次々と壊していくが、UFOが飛び立つとか警報が鳴るとかそういうこともなく、驚くほどあっさりとタンクを壊し終えた。
さて、これで用なし。そう思って出ようとすると、なにかが俺の脳内にじかに話しかけてきた。
「もし」
女の声だった。振り返ると、ホログラムで女が映し出されていた。
「あなたはどうぶつ文明の人間ですか?」
「え、ええ、そうですけど」
問答無用と言って逃げたかったが、しかしここで逃げていたらなにも理解しないままUMAたちを倒したことになる。理解が必要だと思って、そのホログラムの女に向きなおる。
「私は『エターナリアン文明圏』から来ました」
エターナリアン。百歳以上の人をセンテナリアンというのは知っているが、要するに永遠を生きている、ということなのだろうか。
ホログラムで映し出された女は、白いドレスを着て、黒髪に金色の髪飾りをつけた、女神のような見た目の人間だった。
「私は、エターナリアン文明圏を追放され、ここに不時着しました。コミュニケーションを取ろうにも、外部に出力する手段がなく、こういう手段に出ざるを得なかった形です」
ホログラムの女は、悲しげな顔をした。
「あなたが来てくれてよかった。ただ攻撃するだけでなく、真意を伝えられる。不時着して、それであなたがたを驚かせて、砲撃させてしまった。その結果、私の器のなかの生命創造装置が作動して、こういうことになってしまったのです」
「つまり、あなたはこのUFOだということですか?」
「そうとも言えますし違うとも言えます。エターナリアンは意識と、それを受け止める器で構成されています。この、あなたがたのいうUFOは、私にとって器にすぎません」
つまり大師匠のように魂魄だけで動いていると思えばいいのだろうか。とにかく、侵略が完全に不本意だったと、その女は説明した。UMAを次々生み出してしまったのも、この器であるUFOが侵略兵器として作られたもので、女は侵略のために利用されるのが嫌でエターナリアン文明圏をあてもなく出ていったのだ、ということも。
でもやってることが基本的に侵略なので、そこはどう責任を取ってくれるのかと訊ねると、
「私は意識をこの器からログアウトして、この器を素材として利用してもらおうと思っています。この器はどうぶつ文明圏では手に入らない、宇宙由来の元素でできていますから」
と、そう答えた。ううむ。それなら最初からそうしてくれればよかったのに。
「でも侵略生命体を創造できる状態でログアウトしたら、永遠に侵略生命体を創造し続けてしまうので、誰かが入ってきて壊してくれることが必要でした。私はもう、飛ぶことができないので」
エターナリアンはそう答えた。なるほど納得。この器は、ログインしているエターナリアンには制御できないものなのだ。もう飛べなくなって、イツキシティに不時着し、完全に不本意な形で侵略することになってしまった。それは確かに情状酌量の余地がある。
「あなたに壊してもらえてよかった。わたしはログアウトしようと思います」
「こちらこそ、なんのコンタクトもとらずに攻撃して申し訳なかった」
「いえ。こんなことをされたら、攻撃されて当然です」
ホログラムは消えた。それと同時に、UFO内部の灯りが消えた。底の出口から降りる。
「おおーい! どうだった!」と、師匠。
「もうなにも出てこないです! 倒しました!」
俺は拳を振り上げた。それを見た人々は、同じく拳を振り上げ、歓声を上げた。
◇◇◇◇
かくして、UFOとの戦いは終わった。UFOは引きずりおろされ、大学で分析にかけられることになった。
俺は結局、エターナリアンとはなんなのか、ということを考えていた。
この地球上に発生した人類滅亡ウイルス後文明のうちの一つ、ということは分かる。しかしながら、それだけで済むほど物事は単純ではない。その文明は、意識と器を別々に存在させられる。その意識というのは、恐らく俺らの知る「魂魄」とは別物だ。
バリアの修復が完了して、明日からでもアオイタウンにいた子供たちやお年寄りたちを呼び戻せるというニュースを、師匠の酒場の小さなテレビで眺めながら、俺は余ったお通しのピリ辛シナチクをぱくついていた。師匠が煮たシナチクはベラボーにうまい。
「――なんちゅーか、えらい騒ぎだった……」
師匠はそうぼやいた。師匠の酒場で俺とハチとマリーの三人はシナチクをつついているわけだが、ナッツは大学の研究であのエターナリアンの器の解析に当たっているらしい。
エターナリアンについては師匠や同門の仲間たちには説明した。うまく通じたか分からないが、侵略は不随意で不本意だったと説明して、ではそのログアウトした意識はどこに行ったのだろうか、ということが議論になりかけたが、師匠が面倒な顔でハイボールを作って飲み始めたのでスルーされてしまった。
力の内側と外側があるということを考えた。それならばエターナリアンの言う意識にも、内側と外側があるのではなかろうか。
意識の内側で、あのエターナリアンの女はなんてひどいことをしているのだろうと思っていたが、しかし意識の外側ではイツキシティを侵略していた。
それは意識の内側と外側に「つなぎ目」がないということではないだろうか。
俺たちには手足があり、それは自分の意志で自由に動かせるものだ。つまりエターナリアンの言うところの「意識」である「力」に、「つなぎ目」があるからではないだろうか。
俺はそう考えて、それを素直に口に出した。師匠はハイボールを飲みつつ、
「そういう面倒なこと考える余裕、やっぱあんたは御師様に似てるよ」
と、そう答えた。褒められているんだろうか。よく分からない。
「エターナリアンだかなんだか知らんが、いい迷惑だっつうの……」
師匠は酔っぱらいながら豚足煮込みの仕込みを始めた。いい匂いがする。
「師匠、料理しながらお酒吞んじゃだめです」と、マリー。
「だめ? なんで?」師匠はアホの顔だ。難しい顔をして、マリーは言う。
「なんていうか、キッチンドリンカーっていって、料理しながらだと余計なお酒吞んじゃうらしいですよ。師匠がアル中になったら困ります」
「だいじょーぶだぁ。あたしゃ酒に強いんじゃ。うぃ」
ぜんぜん強く見えない。とにかく、俺が悶々と考えているのは、どっちかっていうと馬鹿らしいことであることが分かった。
力のつなぎ目の正体が分かった。それだけでも大きな収穫。
俺は力がなんなのか、理解してそのうえでそれを行使したい。
「よっしゃ。あとはもうしばらく煮ときゃいいか。あ、そうだ。あたしの作ったうまい揚げ出し豆腐があるぞ。食うか?」と、のどかに師匠が言う。
イツキシティは平和だ。そう思いながら、俺たちは師匠の作った揚げ出し豆腐を食べた。
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