第五話 エターナリアンとの遭遇(上)
「どういう、ことだよ」
俺は蒼白になりながらテレビを見つめていた。緊急警報で起こされたのだ。テレビに映っているのは、イツキシティのバリアに突き刺さる、奇妙な乗り物だった。それは端的に言ってUFOで、イツキシティの外を飛んでいるヘリからの映像でも分かる変な音を上げていた。位置としてはシンボルツリーの東側の大枝のあたり。俺の家からも見えるはずだ。慌ててカーテンを開ける。
カーテンを開けてそれを視認した瞬間、頭を刺すような痛みが襲った。なんだ――? そのUFOをぎりりと睨むと、虹色の体をしたUFOは、ういんういーんと奇妙な音を立てて回転し、バリアの内側に入りこんできた。
テレビからはアナウンサーのヒステリックな声が聞こえている。これまずいんじゃないのか。いつぞやのフロゥリィトのときみたいなちゃんとした文明であれば、バリアにぶっ刺さる前に何らかの通知をしてくるだろう。それだけでただごとでないのは考えなくても分かる。というか、バリアにぶっささったということは人類滅亡ウイルスがイツキシティの中に流れ込むということではなかろうか。どうぶつの力に目覚めていない子供さんたちが危険だ。
そんなことをどうしようもなく考えていると、端末がメッセージの着信を告げた。開いてみると、師匠が俺たち門下生に集合を呼び掛けていた。急いで家を飛び出す。
師匠の酒場にたどり着くと、師匠はだいぶ酔っぱらった顔をしていて、他の門下生は神妙な顔で集まっていた。師匠は赤い顔で、
「あのUFOがなにものなのかはまだ分かってないが、侵略者なのは確かだ。それも、コンタクトをとることすら放棄するような、一方的な侵略をする侵略者だ。うい……とにかく、あのぐるぐる回るやつを、撃墜しないことにはなんも始まらん」
と、酔っ払いの妄言としか思えない調子で言った。ハチが、
「しかしあれ壊せるんです?」
と訊ねると、師匠はなにやら金属のカップの中身をぐいーっとあおって、
「さっぱりわからん!」とあてにならないにもほどがあるコメントを発した。俺は呆れた。ほかの門下生も同じことを考えているらしく、みなジト目で師匠を見ている。
「なんだその非難がましい目は。これは酒じゃない、エナドリだ」
どのみち頼ったらあかんやつでは。
師匠がこの調子ではどうにもならない。しばらくして師匠の端末が電話の着信を告げた。
「はーいもっぴー……ああ? え? あー……わかった。弟子連れてそっち行く」
師匠は実に雑に電話に出て実に雑に電話を切って、首をこきこきと鳴らすと、
「よし。仮の拠点ができてるらしい。いこう」
と、酒場を出る支度をはじめた。全員酒場を出て、明かりを落とし鍵をかける。時刻は深夜二時。良い子は寝ている時間だ。
拠点になっているのは市民ホールだった。
普段なら演劇や音楽会や映画を観ることのできる大きなホールには、各流派の使い手がたくさん集まっていて、師匠は金属質の瞳でそれを眺めまわすと、
「ろくでもない輩ばっかりよくもまあこんなに集まったもんだ……」とぼやいた。まあ、どうぶつ拳法を学ぼうという輩だ、普通に食べていく気がないのは誰でも分かることである。
どうぶつ拳法を鍛えている人間にはろくなやつがいないと師匠はよく言う。それって要するに俺らがロクデナシだということなんだろうかとも思うのだが、しかしその割に師匠は俺たちを可愛がってくれるのである。
「ザド、きょうは赤ん坊背負ってないんだな」
師匠がザドにそう声をかけた。ザドはため息をついて、
「そりゃUFOの侵入してきたところから人類滅亡ウイルスが入りこんでたら、赤ん坊にはひとたまりもないだろ」と答えた。その通りである。
ザドもいつのまにやら門下生を抱えていて、そいつらもみなしっかりした面構え。ナッツなんぞよりよっぽどちゃんとしていそうだ。
壇上にいるイツキシティの警察本部から来た立派ななりの警官が、みなに着席を促した。俺たちも座席に座る。
「諸君。きょうはこんな時間に集合してくれて感謝する。まずは現状の確認を行いたい」
警官は手元の据え置き端末を操作した。後ろのスクリーンに、UFOの様子が映し出される。ライブ映像のようだ。
「イツキシティ東側の大枝付近に、いまこのUFOはとどまっているわけだが。このUFOは、どこの文明圏から来たものか全くの謎。宇宙由来も考えられる」
つまり異星人の侵略、ということだろうか?
「異星人の侵略、というと漫画とか映画みたいな感じもするのだが、だがしかしこれはまぎれもない現実で、どこかからの侵略者があの乗り物に乗ってイツキシティの安全を脅かしているのは間違いない。なにより人類滅亡ウイルスが市内に拡散する前に、あのUFOを追い返すかぶっ壊すかしなければならない。あのUFOの入り込んだ地点は、バリアの修復が追いついていない」
バリアの修復が追いついていないとは、なかなか恐ろしいことをさらりと言ってのける。つまり、どうぶつの力に目覚める前の子供や、病気などでどうぶつの力が薄れてしまったお年寄りには、このイツキシティは危険地帯だ、ということだ。そう思っていると警官は言った。
「すでに子供や病気のお年寄りたちについてはアオイタウンへの輸送を始めている」
おお。ふだんはモタモタしてなんの役にも立たない警察が珍しく頑張っているようで、みな同じことを考えたのか拍手が起こった。
警官は恥ずかしそうな顔をした。
「諸君の力で、あのUFOを破壊してほしい。警察がすでに砲撃や火炎放射を試みたが、しかしびくともしなかった。普通の力では破壊できないものと――」
警察の偉い人がそう言いかけたとき、ホールのドアから誰かが飛び込んできた。
「UFOから! 何者かが現れましたッ! 手当たり次第に! 人を攻撃していますッ!」
まだ若い警官のようだった。そう叫ぶと、その警官はがくりと膝をついた。よく見ると制服の下のワイシャツに血のシミができて、袖口や裾からぽつりぽつりと血が落ちている。
こりゃただ事じゃないぞ。地震とか火山災害みたいな、天災レベルの災害だ。
「対話は試みたのかっ?」檀上の警官がそう訊ねるも、若い警官はその場にばたりと倒れて気絶してしまった。
これはまずくないか。
その場で決まったのは、まずはアオイタウンに子供やお年寄りを避難させる時を稼ぎ、すべて輸送し終わってから市内をフルに使ってUFOやそれに乗ってきた連中をやっつけることだった。相手は一切対話する気がない。それなら叩きのめすのみだ。
「シズカ一門には、輸送バスの護衛を頼んでいいか」と、その場に集まっていた各流派の師範たちに言われ、俺たちは街の中央バス乗り場から次々と出ているバスを、無事に発車できるように守ることになった。
空には大きな月がぽっかりと浮かんでいて、UFOが出たとは思えない、奇妙な静かさがあたりに満ちていた。
眠たいのと不安なのとでぐずってなかなかバスに乗れない小さな子供を見たマリーが、小さな子供をなだめすかしているのをちらと見て、それから俺たちはUFOを睨みつけた。
俺たちの平和な暮らしをぶち壊したUFO。どこから来たのか知らないが、なんであれぶちのめさなければ気が済まない。現に、このUFOが現れたせいで、小さな子供が親のところを離れてアオイタウンに移動しなければならないのだ。そんな理不尽ってあるか?
バス乗り場は比較的安全な場所のようで、とりあえずUFOから降りてきた化け物――化け物かどうかはよく知らないのだが――と戦うことはなかった。最後のバスが出て、もうイツキシティ中央部には子供やお年寄りがいないと確認がとれたところで、師匠の端末が鳴った。
「はいもしもし! あ? んだってェ? ……まじか」
師匠はぼさぼさ気味の頭をかしゃかしゃしながら通話をし、しばらく話してからそれを切った。
「どうやら、あのUFOから降りてくる連中は、どうぶつの力が効かないらしい」
「どうぶつの力が効かない、とは?」と、ハチ。
「ザドが言うには、UFOから降りてきた有象無象に、トカゲ拳法の再生術を使おうとしたが、どうしても腕がちぎれなかったらしい。無効化されてるんだ」
師匠がそう言い、俺は思わず、
「つまり詰みじゃないですか。人類の敗北だ」
と言ってしまった。師匠に思いきり殴られた。
「バカタレ、なんのために毎日正拳突きやらせてんだ。どうぶつの力を発揮できなくても、我々には基礎というものがある」
「しかし基礎の正拳突きで化け物に勝てるんですか」ナッツがそう言い殴られている。
「基礎を大事にしたのはどうぶつの力だけに頼らなくても戦えるようにだ。お前らは、どうぶつの力だけに頼らなきゃならないほど軟弱じゃない」
「つまり気合いでなんとかしろと」マリーが渋い顔で言う。
「そういうことだ」いや気合いなんですか。思わずそう言いぶん殴られる。師匠は顔をしかめて、
「戦って死ぬのと戦わないで死ぬのは戦って死ぬほうが上等だ。なによりだ、今晩はそこそこ客が入ってたのに閉店ガラガラにしなきゃならんくなった元凶のあのUFOをぶっ壊さないかぎり、安眠できない」
師匠の動機は完全に自己中なのだが、それはともかく戦わないことにはなんにもならないのは確かだ。端末の映像で最後のバスが街の外に出ていくのを確認し、UFOのほうに向かう。
道中、例のベジタリアン食の店の前を通りかかった。リクさんが空を、見えない目で見上げていた。リクさんは、聞き取りづらい声で――おそらく自分にも聞こえていないと思われる――、「シズカ。われわれのかちだ」と、そう俺たちに言った。何を根拠に言った言葉かは分からないが、心を鼓舞するには充分な言葉だった。
UFOの近くに向かうと、歴戦のどうぶつ拳法の使い手がばたばた倒されていた。ザドも倒れている。師匠が声を掛けると、ザドは、
「あいつら――血を吸うぞ」と一言つぶやいた。
血を吸う。俗に言う吸血鬼というやつなんだろうか。吸血鬼だとしたら間もなく夜明けで俺たちの勝ちだ、しかし吸血鬼がUFOでやってくるとは古代のライトノベルか。
「――あれか」
師匠がシンボルツリーを見る。次第に明るくなりつつある東の空に、虹色の円盤が輝いていた。どうぶつ文明ではぜったいに作れない、美しい光沢だと思った。
どんな相手かは正直なところまだよく分からない。しかし戦わねば、この街は守れない。
ふとマリーを見ると、マリーの手がキラキラ輝いていた。
「な、なんだそれ、マリー?!」俺がそう声をかけると、
「わかんない――なんか奥義に目覚めた気がする!」と、マリーはそう声を上げた。マリーがそのキラキラ光る手でザドの怪我に触れると、じわじわとザドの怪我が治っていく。
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