第3話 reimy


free ride!

Naomiは、見た目は派手に見えるけれど

慎重なライディング、でもスピードを好む。


レーシングライダーのような走りをする。


乱暴な運転は、レーサーには向かない。


限られた条件の中で、繊細に制御をする者、それがレーサーだ。



生き方にも、それは現れる。


Naomiは堅実だけれども、しかし、能力を最大限に発揮するタイプだから

そういうところが、郵便局のような仕事に向いているのかもしれない。


何を目指しているのかは、未だ分からない。



リサの、路面電車車庫へ向けて。

ふたりは、TR1でスピードに乗って。


エンジンの力が強いので、低い速度でも後輪を滑らせる事が


例えば、Naomiのような繊細なライダーには可能だ。




安全、かつ確実に。




郵便局を出て、最初の交差点に差し掛かる。


フロント・ブレーキ・レバーを握り、リア・ブレーキ・ペダルを軽く踏む。

クラッチ・レバーを握り、トランスミッションを2速に落とす。


クラッチ・レバーを離す時に、リア・ブレーキ・ペダルを離し、後輪を遊ばせる。


と、同時に車体をひらり、と傾ける。


その時、僅かに体を内側にオフセットする。


スロットルを開くと、エンジンの強い力が、リア・タイヤを押し出そうとするので

シートに体を預けると、タイヤがコーナーの外側に逃げ始めるので


エンジンの力と、シートへの荷重を加減して

リア・タイヤを外に送る量を調節して、カーブを切る。



繊細な作業で、ひょっとすると女の子の方が向いているのかもしれない。




めぐは、リアシートで

その神業(w)を眺めていたけれど、ちっとも怖いとは思わなかったのは

安定して、同じ加速度でスライドしているので


「お空を飛んでいる時みたい」と

思っていた。



魔法で空を飛ぶ時も、カーブは内側に傾くのだけれど

足もとは空気なので、ふんわりと外側にスライドする。



ふつうのオートバイだと、足もとは路面にしっかりと掴まれているので

カーブを曲がる時も、内側に傾くだけ。


でも、Naomiのようなスライドをすると

足もとがすぅ、と外に回ってカーブするので



「魔法みたい」とめぐは、面白がっていた。



もちろんそれは、Naomiのライディングがとても上手だから。





「怖い?」と、Naomiはめぐに言うけれど


「面白いよ。Naomiってスキーも得意だよね。」とめぐ。



「うん、どして?と、Naomi。」



Naomiはスキー・レーサーのような滑りをする事を

ハイスクールの頃、ウィンター・スクールで


ウェンゲンに行った時に知った。



なんとなく、バイクの乗り方がスキーの滑り方にそっくりだと

めぐは連想して、そんな事を言った。


「バイクが、スキーみたいだね。」と。




「そっか、はは!」と、Naomiは楽しい。



スキーを外に振り出してスライドさせる感覚は、そういえば

バイクをスライドさせる時と似ている。



空を飛ぶ事が出来るめぐは、鳥のようなその感覚と

それらが似ていて、快い事、を

思い出す。




ひとは、昔鳥だったのかもしれない、なんて思って。



(実際の進化生物学では、空中感覚、3次元的なそれは

水中感覚からの類推だ、と言われている。

つまり、水生からの進化が仮説されているのであるが)。




重力場の中で進化してきた証拠でもある。


それは、3次元的な感覚。



夢は、4次元である。ふつう、重力場のある空間であるが

それは記憶された空間が3次元だから、である。



重力場からの解放を思わせるような飛翔感覚、それが楽しいのは

例えば抑制からの解放が楽しい、それに似ている。





自由はステキなの。


めぐは、そんなふうに思った。




Guzzi

自由が、たとえば社会などで抑制される時


解放されたいと、知性のある人間は思うので


創造的な事をしたり、音楽や映画、文学に

触れたり。



つまり、目前にある変えられない現実ではなくて


別の空間に、心を遊ばせるから



そういうものは、ひとを魅了する。



Naomiが、オートバイを飛ばすのも


どこかに抑圧があるのだろう。



スピードは、そういうものを解放する。




でも、めぐは


光速を超える速度を手に入れ、無限の自由を

手に入れた。



その魔法を使って、親友リサの心の抑圧を

解放するために、走っている。


燻し銀のオートバイ、YAMAHA TR1と共に。




「なんで日本製なの?」と、

駆け抜ける気流の中、めぐはNaomiに尋ねる。




長いストレートを、5速ギアで流しながら

馬がギャロップするような


エンジンの鼓動を楽しみつつ、Naomiは「おじいちゃんの形見なの」と。




「そっか。」めぐもおじいちゃん好きだったから。



その気持ちはよくわかる。




リサもそうだったから、おじいちゃんの気持ちを

傷つけたと思っていて。



それで、電車の免許を取らなくちゃ、って

思い込んでいる。





夜も眠れないくらい。





真面目だもん、リサは。







めぐは、そんなふうに思う。







町外れの電車車庫への道は遠い。


広い、2レーンの道路の向かい側に



ポリスのバイクが、白く輝いていた。


細身のSilhouette。ガール・ライダー。



バイクはイタリアン、Vのエンジン。

斜めに、シリンダがタンクの下からはみ出ている。



その形に合わせたガソリンタンクには


MOTO GUZZIと、書かれている。





「TR1に似てるね」と、めぐは、Naomiに言う。


肩越しに。



「うん、あっちはイタリアンだから、この国で買うならあれの方がいいんだけど。

安いし。でも、TR1は形見だもん。」そんな事を

Naomiは言った。



形見だけど、乗らないと

オートバイってダメになっちゃうから。



そんな事を言いながら。




馬は、走らないと

こころのストレスで病気になってしまうように



オートバイも、走らないとダメなんだ。




めぐは、そんな事を思っていて、ふと

対向車線のMotoGuzzi 1000Policeを見る。



エンジンを掛け、鮮やかにUターンして


めぐたちのTR1を追って来た。




「なんだろう?スピード違反はしてないし」と



Naomiは思う。




警官はマイクで「ナオミー、めぐーぅ」(笑)




Reimy

Moto Guzzi Poice 1000は、

YAMAHA TR1を停めたNaomiの後ろに


静かに停止。



ヘルメットにバイザー。

警官は、にっこり笑って

ヘルメットを取る。



ふつう、警官はヘルメットを取らないけど。




「めぐ!Naomi!、久しぶりーぃ。元気?」と。


「Reimy!」「れーみぃ!」と、めぐとNaomiは

クラスメートの名前を呼ぶ。



れーみぃは、おとなしくて

物静かな小柄な子だったけど。


まさか、ハイウェイパトロールの隊員になってるなんて。




めぐは驚く。




どっちかって言うと、めぐみたいな

文系の感じだった。




ベレー帽子が似合う、長い黒髪を

まっすぐにした、お嬢さんだった。




「びっくりしたー、交通違反?」と


Naomiはにこにこ。



エンジンを停めた。




Moto Guzziのエンジンは、もう止まっていて。


路肩に止まった2台のオートバイを、午後の陽射しが包む。




れーみぃは、どことなくアジアンな風貌で

可愛らしいから、ハードな警官の制服を纏うと

より、フェミニン。



その、ルージュの唇から「ううん、懐かしくって。停めたの。」って

ちょっと可愛らしい口調で言われると

なんとなく許しちゃう(笑)と

思えるめぐだったり。




「どこ行くの?」と

れーみぃは聞くので、Naomiは

「リサのお悩みをね、解決しに行くの」と。




Naomiは、親友リサが

電車の免許試験を受けるので


失敗したくない、って

おじいちゃんへの贖罪の思いを持ってしまって


辛い気持で、夜眠れない。


そんな話を、れーみぃにした。



れーみぃは、ふくよかな顔を綻ばせて。


Lotus Blossomの開花のように。



「わかるなぁ。わたしもそうだったもの。

ハイウェイパトロールの試験のとき」と。



警察官になったのも、なんとなく

正義を守りたかったから。


そういうれーみぃは、柔和に正義に燃える子だ。


声高に議論したりはしないが、法律を学んで


法に外れた人たちの、その、外れたところだけを

元に戻す。


人を憎むわけでもなく。



そういう気持でいる子。



いつかは、司法警察官になるのが夢、だと


れーみぃは言う。




「じゃ、急ごう?わたしも夕方までなの。ハイウェイパトロール。

夜はバイクは走らないから。」と、れーみぃは


Moto Guzzi Police1000に跨る。


すると、ハンドルの所のモトローラの無線機が

鳴った。



「Mary-Seven #3、こちらは本部。」



れーみぃは、無線のマイクを取って「本部、こちらはMary-Seven #3、どうぞ。」



無線の声は部長らしい。「現在地は?」



れーみぃは、楽しげな声で「本部、こちらはMary-Seven #3、これから、

交通誘導を行います。どうぞ。」と、ユーモラスな声で言うと

本部の声は「了解。安全に誘導されたし。あー、れーみぃ?

遅くならないようにな。」と


部長さんは、温かい声で。



みんなが、やさしい。


めぐは、そう思った。




れーみぃは、無線のマイクを戻して


「さー、いこ?」と、MotoGuzziのエンジンを掛けた。


低い、爆発音のような排気音は、独特だけれども

規則的で、スムーズな感じで


TR1とはちょっと違う、とめぐは思う。



れーみぃはヘルメットをかぶって「ついてきて?」と

青い回転灯をつけて、走り出した。



Naomiも、TR1のエンジンを掛けて。


こちらは、すこしラフな感じの排気音。



それが、至って楽しげな感じ。



ギアを1速に入れて、れーみぃの後を追う。



めぐは、友人ふたりの背中を追いながら「免許とろうかなぁ」なんて思う。


オートバイ、楽しいかも。(w)

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