蒸気空船3

 そのとき、リシテアが口を開いた。


「でも、あのダークエルフは、どうやってカナタの塔にきたの? 北からすごく離れていたのに、誰にも見つからずに来られたってこと?」


 あっ、とカナタは声をあげた。確かにその通りだった。ゴトはリシテアにうなずいた。


「軍の北に対する監視体制はかなり厳重でしたが、それを突破するのを、誰も発見することができなかったのは事実です。ダークエルフを発見したのは、魔法使いギルド長のガーラフでした。彼は塔の起動を察知したあと、我々には知らない魔法を使って、ダークエルフの場所をつきとめたのです。それはすでにかなり内地へ入りこんでいました。そこで私の艦隊が急遽派遣されることになったのです」


「なんだ、あの爺さんも結構役に立ってるんだな」


「ええ……今は牢屋の中ですけどね」


 ゴトはさらりと言った。カナタは一瞬その意味を理解できず、きょとんとした。


「は?」


「予防措置ですよ。塔の管理不行き届きは仕方ないにせよ、軍でも把握できない情報を知っているとなると、敵と内通しているのではないかと思われても仕方ないでしょう?」


「いや……でも、魔法使いギルドの長でしょう?」


「もはや名目でしか存在しないに等しいギルドの長ですよ。そんな地位の人が、なにかしらの野心に突き動かされて敵と内通していたとしても、おかしくありませんからね」


 ――魔法使いはどれだけ信用を失っているのか。


 カナタは改めて魔法使いの置かれている境遇に直面し、背筋が寒くなった。長い間辺境をうろつくにとどめていたのは、まさにこうした騒動に巻き込まれないようにするためだったのに、今こうして渦中に飛びこみつつある。


「てことは、偶然居合わせた俺も、まだ信頼されていないってことになるのか?」


 ゴトは怪しい笑みを浮かべた。が、その声はおだやかであった。


「私はこれでも、かなりの穏健派で通っていましてね。そしてこの艦隊内では私の判断がなによりも優先する。あなたを牢屋でなく船室に入れたのは、私の判断であるということを忘れないでいてもらいたいですね」


 はっきりと明言しないあたり、なにか含みがある感覚が残った。


 ――やはり信頼はされていない、か。


 カナタはそう結論づけた。彼は見た目こそさわやかな好青年だが、その目の奥ではなにを考えているのか得体が知れなかった。ともすれば、次の瞬間殺されてもおかしくない状況なのだ。


(リシテアがほとんど会話に参加してこない)


 カナタが気絶していた五日間、彼女は少なからず船内の様子を観察していたはずだ。その彼女が普段のようなしゃべり続ける蓄音機のような振る舞いをしていないところを見るに、なにかあるに違いなかった。少なくとも、彼女もまた、ゴトのことを信用していないのだ。だから塔のことで起こったことについて、なにひとつ話していない。


 カナタはなるほど、と続けて、できる限り何気なく尋ねた。


「それで、俺を自由にさせているということは、その魔法使いとしての能力を見込んでいるからだと考えているが、あんたは俺になにを期待しているんだ?」


「察しがよくて助かりますね。カナタさん、あなたには、ロマモートの塔を使用できないようにしてもらいたいのです」


「ふむ……」


 ゴトはどうやら、カナタが――というより魔法使いが――塔に対してある程度知っていると考えているらしい。これは大きな誤解で、ガーラフならともかく、カナタは塔に関してほとんど無知に近かった。先程、カナタは塔に対して正直なところを話したが、これは致命的な悪手だったと今ならわかる。もしゴトが彼の言ったことを信じていたならば、そもそもこんな話は出てこないし、信じたならばカナタに価値なしと判断されてもおかしくなかったのだ。


 ならば、カナタの取るべき手は、塔に関して知っている風を装いながら、できる限り軍の持つ塔の情報を収集することにあった。そして塔の機能を停止させる――。


 リシテアが一緒にいることは幸運だった。エルフ語がわかる彼女がいれば、塔の作業はかなり楽になるはずだ。問題はその後。塔を万事無事に停止させることができた暁には、魔法使いの手は必要なくなる。そのときカナタたちがいかに生き延びられるかを考えなければならなかった。


「じゃあ、塔に関する情報を全部教えてくれ」


 ゴトの眉間がわずかにゆがんだのを、カナタは見逃さなかった。


「そんな顔をしないでくれ。俺だって自分の塔についてしか知らなかったんだ。どんな違いがあるのか知っておく必要がある」


 危険なブラフだったが、ゴトの表情こそ曇っていたものの、結論を出すのははやかった。


「……わかりました。情報を開示しましょう。必ず塔を止めてください」


 軍からすれば、旧世代の遺物ともいえる魔法使いに頼るのは嫌だろう。軍を操る中枢的な立場にいる以上、魔法使いという存在は多かれ少なかれ嫌っているのだ。それをおおっぴらにするか、心に秘めているかの違いでしかない。ゴトが心から魔法使いを頼っているのであれば、ガーラフに関しても、違った反応を示したはずなのだ。敵の動きが予想外に早かったがために、仕方なく魔法使いに頼らざるを得なくなったという気持ちがにじみ出ているようだった。


 二人は息苦しい艦橋からようやく解放され、自室へと戻された。蒸気空船の部屋は多いとは言えない。兵士は兵舎よりも狭苦しい面積に算段ベッドで寝かされている中、カナタとリシテアには二人で一部屋という高級将校並の待遇だった。これはひとえに、魔法使いをほかの船員と一緒にさせたくないという思惑があったのだが、カナタにとってはむしろありがたい話であった。


 リシテアは部屋に戻るなり、なかなか目の覚めないカナタを一通りなじり倒したあと、ゴトのことをむかつく男だの、同じ部屋で寝るのは嫌だの、今まで決壊しなかったのが不思議なほど文句であふれかえった。


 カナタは差し入れられた塔の資料に集中することでリシテアの文句を受け流そうと試みたが、内容がまったく頭に入ってこず、むしろ頭痛がしてきた。


「あのなあ、お前、どんだけ話せば気が済むんだ?」


 カナタはうんざりして言った。リシテアは二段ベッドを自分の城と決めこみ、遮蔽用に手近にあった布をカーテンのようにこしらえながら、頭を抱えてうなだれるカナタの後頭部に打撃のように言葉を降らせた。


「レディの話を聞くのが男の正しい姿勢でしょ。黙ってうんうん言っていればいいのよ」


「にしても、限度があるだろうよ」


「それはあなたの合いの手が下手だからよ。聞いてるのかどうかもわからないし、タイミングよく返事してくれなきゃ」


「……うんうんだけじゃ済まねぇじゃねぇか……だいたいお前、レディっていうような歳か?」


 リシテアの頬が見たこともないほど膨らむのを見て、カナタはしまった、と思った。カナタは頭をかいて、頭を下げた。


「すまん……」


「お前っていうな! あとちゃんと片づけして! バカ!」


 リシテアはすでに書類が散らばりかけた室内を見回して、取りつけ終わったばかりのカーテンをぴしゃりとしめると、そのまま黙ってしまった。

 カナタは悟られないよう小さくため息をついて、再び資料に目を落とした。


 資料は機密と書かれているものの、重複している部分も散見され、資料としての価値はそれほどでもない気がした。しかし、そんな中で目を引く記述を見つけた。


「ロマモートの動力を、塔が担っている……?」


 ロマモートが王都第二の都市として発展したのは、王国内の誰でも知っている常識である。しかしなぜロマモートがそこまで巨大都市に成長できたのかを気にした者はほとんどいないだろう。地理的には西方の貧しい土地にあるにも関わらず、周囲を圧倒する成長を遂げたのだ。考えてみれば不可解な点も多い。 


(そうだとすると、塔はすでに起動しているということなのか……?)


 起動しているとなると、非常にまずいことになる。ダークエルフはロマモートにわざわざ行く必要がなくなってしまい、ゴトの思惑も破綻する。


(しかし、ならなぜ魔物たちの動きが活発化しているんだ?)


 ダークエルフが塔の起動に気がついていない可能性などあるのだろうか? あるいは、通常とは違うなにか別の方法によって、塔がエネルギーを生み出しているのか――。考えるほど頭が痛くなってきた。

 カナタは細かいことを思考のわきにどけた。情報の足りないことをあれこれ詮索しても仕方がない。まずはある情報を確実に頭に叩きこんでおくことが重要だ。


 ロマモートの動力源が魔法によって維持されてるというのは、軍の最高機密になっていた。これは驚くほどのことではない。旧世代の遺物を、「これは魔法ではない」といって使い続けるケースは今も見られないわけではないからだ。

 ただ、ここまで大規模なものははじめてだった。


 塔の原理がなんであれ、流路となる配管は定期的なメンテナンスも必要だろう。そうすると、現場に関わる相当数がこのことについて知っているはずだ。機密がまだ機密としてあるということは、それだけ人々が結束して魔法外しを推進しているから、ともいえる。


(これはいよいよ、頭から藪に突っこむことになりそうだな……)


 カナタは一人苦笑した。


 軍の持つ資料の多くは、塔から都市にエネルギーを引きこむ装置に関してだった。構造自体は蒸気機関を土台に、技術が進歩するのに合わせて段階的な改造が施されている。しかし肝心の塔自体に関しては、ほとんどなにもないといっても過言ではなかった。

 参考になるところといえば、塔内部の精巧なスケッチだった。カナタの塔と違い、浸食から保護されてきた古代の塔には、様々な文字が規則正しく描かれていた。


 塔の内部はカナタの塔とほぼ同じに思われた。あのときリシテアが教えた停止ボタンも、カナタの塔と同じ位置にボックスがある。構造が同じと言うことは、機能も似ているに違いない。だとすると、カナタの塔を起動すると、ロマモートの塔のように、巨大な都市をまかなえるほど莫大なエネルギーを放出するということになる。


 ――なぜ?


 なんの目的でダークエルフがそんなことをするのかはわからない。その糸口を探るためには、塔がなにをするものなのかをもっと知る必要があった。


「リシテア」


 カナタが上のベットに声をかけると、不機嫌そうなうなり声がかえってきた。


「頼みがあるんだけど……」


 カナタがこわごわ言うと、なによ、とカーテンの奥から声がした。


「塔の目的が知りたい。読めるところだけで構わないから、エルフ語を解読してくれないか」


 カーテンがわずかに開き、リシテアの据わった目が覗きこんできた。カナタはおそるおそるスケッチを掲げて、リシテアが見られるようにしてやった。

 カーテンの向こう側からため息が聞こえてきて、カーテンが開かれた。


「貸して」


 手を伸ばしてきたので、資料をわたしてやった。


「まったく、また散らかして……」


 カナタの見た資料があちこちに広がっているのを見つかってしまった。カナタは首を縮めた。


「……このほうが見やすいんだよ……」


「散らかすのはまだいいわ。でもそのあと、片づけないでしょう? なんで片づけないの? 散らかしたままだと、なにかあったとき大変なことになるわよ?」


「大変なことって――」


 直後、床から突き上げられるような衝撃で、二人は浮き上がった。全身を貫くような爆音が、目の前に星を散らす。


「なんだ!?」


 断続的な横揺れが続く中、廊下から警告音が鳴り響いた。

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